この御住職の選択を支持します。
わたしは理想的には寺は家庭と別別に営まれるべきものだと思う。
即ち同じ場所にあるべきではない。
営業用の会社のビルに一家で住んでいるような話だ。
家族はマンションなどに住み、住職は寺に住み込む。
原則、病気の家族や高齢者など常時世話のいるものを除いて、寺院に一切関係ない健常者は寺を単なる住居として住まない。
妻あるいは夫が僧侶もしくは寺の職員で寺務につくなら話は別だ。
そうでないなら基本、通い婚。それでいい。
法滅尽経では滅自時代には寺に赤ん坊の声がするという。
だとすれば今が滅尽時代かも、
そもそも仏教や寺院にに無理解な人と結婚するのか否かが大きな別れめだ。
昔は寺の坊さんと結婚して寺をやめろなどと言う女性もいないし、やめる僧侶もいなかった。
基本的には私は結婚するなら持配偶者が寺に入る覚悟が必要だし、それがないというのならその時点でその結婚はやめるべきだと考えている。
宗教者としての僧侶は修行や法務を優先すべきだ。
結婚して寺を出るとか二の次など本当の僧侶ならありえない。責める気はないがならもう僧侶自体やめて還俗したらいい。
一般に結婚する者は減っているのだ。
そろそろ僧侶は本来の結婚しない形式を選ぶ人間が出てきていいだろう。
私などは「あんたの後はそうするんだ?子どももなくて・・」といわれてきたが子供がいなくて実に幸いだ。
そもそもうちは宗教法人じゃないし、一代でたたむまでのことだ。
子供に無理矢理寺を押し付けるような理不尽な努力や争いはしないで済む。
世俗でも結婚しない人が多いのに僧侶になってまで結婚する必要があるのか?と思う。
住職ともなればたとえ結婚してもより重きは寺でなくてはいけない。
税制も優遇されているのに手前勝手なことを言っては甘えすぎだ。
子供だからと言って寺を継ぐとは限らないのだ。今は寺は継がないという子供が多いと思う。
寺は弟子である法嗣が継ぐべきだ。
自分の家庭というものを持たぬ甲斐性のないものの戯言といわれるかもしれぬが生まれ変わったとしても同じ生き方をしたい。