昨日は青年会のお参りで幸い弘明寺様の聖天堂も特別にご案内頂き、お参りさせていただいた。
聖天様のお堂はどこも独特の雰囲気がある。
あまり大きな天堂というのはないが、それぞれに異空間を感じる。
そこはやはり秘められた聖天尊の曼荼羅世界なのだろう。
すごいなあ・・・
ああ、ここも鶏羅山浄土につながっているのだなあと思う。
いつまでもいたい感じがある。
意識しないでも行者はそれに浸って身の入った修法ができるのだと思う。
逆に全然、拝んでいない天堂はそのお浄土への扉も閉じられている感じ。
でもどこも例外なく拝むようになるにしたがって開くのだろう。
したがって、この感じが強くあるところはよく拝まれているように思う。
天尊それぞれに別な世界がある。
毘沙門天のお堂等はよく拝まれていれば賑やかだなあと感じることが多い。
信貴山などは空中に管弦の鳴り物が飛んでいるようなにぎやかさを感じる。
「参ること」が大事だというのはこの空気に触れる触れないで格段の違いがあるからでもあろう。やはり真の御利益は参ることが基本だと思う。