一つの家で色々な問題が並んで起きてくるとき、
これが共業(グウゴウ)というもの。共業なんてあるの?
故人のカルマならわかるけど・・・という人もあるが
そもそも家族自体が共業でなりたっているのだ。
国や地域、民族あらゆる複合体は共業の現れである。
だから当然そうした複合体の業もある。
抑々空論に立つ仏教では究極的に誰の業という切れ目はないのだ。
故に維摩吉は「衆生病む故我もまた病む」と語った。
大乗で個の悟りや解脱はないと考えるのも同じだ。
このカルマもまたあらゆる共業に属する。
ともあれ家庭をあげての問題が頻発、連鎖的に起きてくるようなとき。
こういう時は個々のご祈祷だけでなく共業を処理する祈願、つまり家庭の背後の因縁を浄化する祈りがなされないといけないと思う。
それを心に置かねばそれは木を見て森を見ない祈願だ。