これは面白いですね。
大森先生ならではの観察眼です。
そこに生きた仏の働きがあるということだと思います。
祈願の基本はよほどでないなら息災でよいというのはそういうことでしょう。
山門で拝む加行中の護摩も勿論「息災護摩」ですが、発願文には作障難者悉皆降伏とあります。つまり息災のうちに降魔の働きもあるのです。
積極的に調伏などかけますと、理由は正しくとも、負の想念に感応してどうしても魔の類が集まりますからよいことはないです。
実害もなく腹が立ったから程度ですることでは決してすることではありません。
事態の悪化を防いだり、相手の悪い働きを制する金縛法は形は調伏でも実は息災なので魔の障礙はありません。