少し前に、怪しい治療家の話をしたが、かくいう私も若い頃に危うく怪しい治療家?になりかけたことがある。
私の武術の師だったN師は手技療法の達人だった。
それは中国得拳法の台湾のお師匠が清朝の宮廷に仕えた治療家の家系だったからだそうだ。
蒋介石の軍とともに台湾に逃げてきたらしい。
「武術と医術は一つ。医術を学ばないなら武術も教えない。」と言われたそうだ。
そんな風だったので手技療法の伝授を受けておられた。
ある時「おめえに技を教えてやろう。信者増えるよ。」と言われた。
それは実際に素晴らしい技をお持ちであった。
癌などもちいさくなった。
だが、一回考えた末に「それはいけません。」とお断りした。
「なぜだ?」とおっしゃるので
「先生、私のところに来る人は神仏の加持力を求めてきます。そこに手技療法を入れてはなんだ。ここは祈祷ではなく、もみ療治じゃないか?と不審になるでしょう。
逆に手技を求めてうちに来たら祭壇がある。祈祷もしている。なんだ。まじないじゃないか?宗教じゃないか?ここはとこうなります。
それでは祈祷にも手技療法にも泥を塗る相すまぬこととなります。ですのでありがたいお言葉ですがお断りいたします。」
と申し上げたことがある。
それで今もってよかったと思っている。
無論、神官や僧侶で手技をされる方も全国に多いだろう。そういうひとをどうこういうつもりは全くないが、えてして神秘的な場所での治療はそれなりの配慮が必要だ。
特に効能がずば抜けてあったりすればこちらではなく顧客が一方的に神秘化して考えることも多い。
神秘の力があるなどと褒められて、そういうものではないというのも治療家としてなかなか難しいものだ。
治療家が顔ならそこはいえねばならないと思うが、
治療は説明が必要だからだ、治療の効果は信じる信じないというようなことでは困る。
信じている神仏によてっ治療ができないなどと言うの大嘘つきだ。関係ないだろう。
だが、私にはその区切りをハッキリつける方法がわからなかった、
今やってもわからんと思う。だいいち、そんなにいくつもできない。