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信仰の病気

「お金」は大事なものですよね。

でも、福神信仰、聖はじめ、大黒天、毘沙門天、弁才天と言った信仰で陥りやすいのは

調子がいい時はそれはないのだが、調子崩すとあくまで「お金」そのものを求めるようになること。

お金、お金、お金では執着になる。こころが固くなる。

 

ドンドン執着になる。餓鬼みたいになる。天尊と繋がらなくなる。

餓鬼は食べ物が火炎となって消える。

こういう境涯だとお金も手に入ってきてもすぐに燃えるようになくなる。

いつもお金に欠乏して餓えている。

今まであったひらめきもなくなる。

酷い場合は不正なことまで考える。

そうやって実際、だめになってしまう。これは信仰の病気だ。

心はもはや天界から餓鬼の世界にシフトする。

 

これは仏道と逆方向。

そうでなくそのお金からえられるであろうもの、得たいものを祈ろう。

安心、豊かさなどに心を寄せよう。

例えば月末まで1000万円ないと会社がダメになる時でも、より強く思うべきは1000万円という金額そのものではなく。まず会社が無事に心を寄せるほうが良い。

1000万、1000万!というだけの心は欠乏の心につながる。

 

会社の無事を祈る心は安心の心。その心で金策する。

会社の「安心」を想う時「安心」という言葉がまず来るので餓鬼界から離れる。

 

 

 




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