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「心配があるなら自分から」は当たり前のことです

最近「何故、そちらから全然、連絡くれないのですか?」などと言う人が末寺の信徒さんや祈願者さんにいるという話をほうぼうで聞きました。ヘ~多いのかもそういう人。

連絡すべき内容のことははしているのに、こちらから逐一「どうですか?」というのが欲しいらしい。

ようは心配して欲しい。

 

なかには行をしたいのいうので今はここは準備ができないから無理ですというと、「では準備ができたら連絡して欲しい」という驚くようなものもあったという。

これってお客様感覚ならそうだろう。注文だよね。「入ったら連絡してね~」ですかね。

そんなので行なんかできるものか。大笑いだ。

 

大体宗教は微妙だ。頼まれもしないのに下手に後から連絡したら、なんか勧誘かと思われるのが関の山だ。

だから一切こちらからはコンタクトしない。

「先生は私のことは気にならないんですか?」などとクッダラナイことを言う前に、なぜ、こんな困り事が起きました!是非相談にに乗ってください・自ら膝詰めて相談しないのだろう?

私の武術の師は治療家だったがそうだった。

「先生是非直して下さい」と正面からいえば「おう」と大まじめにやる。

「ここが最近、少し変なのですけどね・・・なんなのかしら。」というだけなら

「そうかい。じゃ早く医者に行けよ」でおわり。

「なぐさめ」だの「寄り添い」自体を求めるたいならよそへどうぞ。

うちはそんなとこじゃない。お門違いです。

戦場の野戦病院のように必要な対応な対応しかできません。

そんな事してる暇はない。

治療が済んだ患者が医者とおしゃべりして長尻だとほかの患者が迷惑だ。




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