雑談の中で子供たちに将来の夢を尋ねた。すると、13歳の少年がこう答えた。「僕は爆弾の開発者になって、イスラエル軍の兵士を殺したい」
少年は4歳の時、おばをイスラエルの兵士に突然、目の前で撃ち殺されたという。悲しみと憤りを拭えぬまま少年は育ち、イスラエルへの報復を誓った。「そんなやり方では、平和は来ない」。そう語りかけたが、少年が考えを改めることはなかった。「憎しみの連鎖が続けば、イスラエル、パレスチナ双方が傷つくことになる」。関根代表は、大勢の民間人を巻き添えにして続く今回の戦闘の行く末を憂う。「親を失い、孤児になった子供たちがどんな大人に育つだろうか。即時停戦すべきだ」 ガザ側の死者は日々増え続け、ガザの保健当局によると、この半年あまりで約3万4000人に上る。イスラエルのネタニヤフ首相は、避難民が集まるガザ地区最南部ラファへの侵攻についても「必ず実行する」としており、事態の収束は見えない。ガザでは食料不足も深刻で、戦闘による犠牲だけでなく、飢餓の危機も迫る。関根代表は「『天井のない監獄』と呼ばれてきたが、今は『底なしの地獄』だ」と表現する。「ガザでは『もう死んだ方がましだ』とさえ思っている人も多いだろう。これまでとは次元の違う苦しみを味わっている。そんな状況に心を寄せてほしい」と話す。
この少年の発言に日本人の多くは驚きあきれるだろうが、私はまったく驚かない。
驚いてはならないと思っている。それが現実だからだ。
イスラエルに弾圧され続ける囲いの中の囚われ人の国「パレスチナ」では極めて自然な感情の発露だと思う。
少年は4歳の時、おばをイスラエルの兵士に突然、目の前で撃ち殺されたという。悲しみと憤りを拭えぬまま少年は育ち、イスラエルへの報復を誓った。「そんなやり方では、平和は来ない」。そう語りかけたが、少年が考えを改めることはなかった。という。
「そんなやり方では、平和は来ない」勿論、そのとおりだろう。
もう戦争は嫌だ。誰もがそう思い、だれもがそんなところはとうに通り越して絶望している。
少年もそんなやり方で平和が来るなどとは全く思っていないだろう。
それこそ「平和」な日本人は驚くだろうが、家族同胞が殺され続ける地獄の環境では「殺さなければ殺される」人間としてそれが自然な感情だろう。人間も生き物だ。殺戮と死の恐怖にさらされ続けて「平和」などの概念は思えなくなる。人間の前にあるのは常に現実の光景だ。
実際は日本のように国防さえ悪だというような人のいる国の方がほとんどの世界では驚かれると思っている。
そして私もそれは理性や知性の産物ではなく、「平和ボケのおめでたさ」ゆえでしかないと思う。
少なくとも私には偉そうに「その考えを改めろ」などとは到底言えない。
いいたくもない。
私がもしこの少年ならそう思うかもしれないからだ。
だから、どうして私がこの少年を諫められようか。それは彼にとっては「君は黙って死んだらいいのだ」といわれているのと同じだ。
八難所というものはある。パレスチナはこの世の地獄だ。
世界の責任は重い!特に米国だ。
彼らにしてみればイスラエル兵は彼らを地獄に火の海に追い込む牛頭 馬頭の鬼のような存在にしか見えないだろう。殺したいのは当然だろう。
今、その思いは平和な日本にいる私などはわかっていないのだということしかわからない。
平和や不戦は口先だけで実現できない。
是非見たい映画だ。