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「戒禁取見」それで何が変わった?

同じことを何度断っても諦めの悪い人はいるものだ。

ただただ、しつこく同じことを言って頼み込むのと本当の熱意は違う。

 

本当の熱意は自分が変わるものだ。

 

しつこく言えばそのうち相手が折れるだろうというのは愚かな考えだ。

そんなことで折れる人間は愚かな人間だけだ。

自分は変わることなく相手に折れてもらおうとすること。

それは熱意ではない。

そのために自分が何の真言をどれだけ念誦したとか、何の行をどの位したとかなどで問題ではない。

肝心なのはそれで自分がどう変わったのかだ。

 

何をしても本人が変わらないならそれは無意味だ。

 

昔うちをやめた人で「准胝独部法を100万遍念誦したら再度復籍をお願いしたい」と勝手に決めてきた人がいたが100万でも200万でも問題はそういうことではないのだ。

「そんなことしても無駄だからやめなさい」と言っておいた。

 

こういう人は行を勘違いしている。

やりさえするなら、なんとかなる そういうもんじゃない。

仏教ではそれは五悪見のひとつである方法論に依存する「戒禁取見」というまちがった認識だとされる。

 

 




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