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修養は比べぬ道

自分がされた嫌なことを人にもしようとするのが小人。

逆にしてはならないと自戒するのが大人。

誰しもそれはそうだろうと思うとところだが・・・

意外なことに「平等」だの「差別」などと連発する人のなかには往々にして前者が多い。

そういう人は常に人と比べることでものを考えるからだ。

自分も痛い目に合うなら人にもと思うのもある種の平等かもしれない。

 

悪く傾けばひがみ根性の塊にもなる。

修養や修行の道とは自分と人とを比べて歩む道ではない。

 

「道」というからには。人はどうあれ、自分の行く道は変わらないのが修養というものだ。

 

「公平」ということは大切な徳目ではある。

もちろん、社会にそれは必要であるが、人生そのものにはそんなものはない。

みな違う。

人生の不平等をだれに文句を言えようか。

勘ちがいしている。

 

だが口を開けば「平等だ」「差別だ」と敏感に反応し、やたら不平を口にする人とは付き合わない。

おそらく道が違う人種だからだ。

 

「悪事を己に向え 好事を他に与え 己を忘れて 他を利するは 慈悲の極みなり」

伝教大師が説かれた菩薩道の心。君子の心。

ここには修行者の在りかたのみが説かれる。

差別の平等のと騒ぐ心はみられない。

 




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