大森先生が紹介しているお稲荷様の御歌
われたのむ 人のねがひを 照らすとて うき世にのこる 三つのともしび
我とは明神様のこと、その我を頼む人の願い
昔から知っているがどういう意味なのかなと思っていたら・・・
霊狐さんは「その願いがいかなるものなのか、真に望むものなのか、
望まないといけないと思うだけのものか。
自分で願いながら人はまことのおのが願いを知らぬ。
ゆえに明神の照らすところとなる。
それが照らす意なり。
稲荷に願い寄せるものよ。
願いの行く末を見ておのずから是非を悟るがいい。
自らの無知や不徳を恥じる身濯ぎ(みそぎ)からこそ惟神の道は始まる。
仏道に懺悔を先とするに同じ。
懺悔無くして始覚も本覚もない。
本有の如来もまたない。自性心壇の内護摩道場もない。
惟神のみちもまたこれに異ならず。
ゆえに明神は常にこの世の欲願と共にあってそれを嫌わず、それを照らす灯なり。
三つの灯は稲荷の三つの峰の神の灯なるぞ。」といわれました。