ここで大森先生が言われている仏像にお経をあげるのは内在の仏にあげるということは実に大事である。
修行も内在の仏を磨きだすためのものだ。
仏の世界の入り口は外にあるのではない。「本覚讃」に「三十七尊住心城」というが三十七尊に限らず、何佛であれ同じ。
弥陀の浄土もおのれのうちにある。
そこにたどり着けば往生だ。
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ここで大森先生が言われている仏像にお経をあげるのは内在の仏にあげるということは実に大事である。
修行も内在の仏を磨きだすためのものだ。
仏の世界の入り口は外にあるのではない。「本覚讃」に「三十七尊住心城」というが三十七尊に限らず、何佛であれ同じ。
弥陀の浄土もおのれのうちにある。
そこにたどり着けば往生だ。
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