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向こうにおいてはどもならん!

信貴山緒の故野澤猊下から伺った話

「あんた、本尊をむこうにおいといてどないすんのや」

とある碩学が言われたという。

「密教っちゅうのはな、本尊さんを向こうっかわにおいて拝むもんとちゃうで!」

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そう、密教では本尊と自分は一つ、本尊に差し上げたお供物を自分が味わい、香をかぎ、讃や真言に耳を澄ます。

祈願だともう一つそこに拝む施主も入ってくる。

聖天浴油などするとよくわかる。

浴油も灌ぎながら香油に尊天を洗い、同時に施主を洗い、自らを洗う。

だから油の温度が大事だという。

ああ、気持ちのいいいい湯加減だと自分が思うようでないと、尊天も施主もお供養を受けられませんから。

そこのところを双身毘沙門天法でも尊天を拝むのに苦行などしてはならないというのです。

念仏を誰もができる「易行」というが、密教はいうなれば法を楽しむ「楽行」とでもいうべきか。

 

 




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