結構スピリチュアルな人で霊的治療家とか、ヒーラーとか言っていました。
「先生、密教で四度加行とかやるけど、宗教的などうこうは別にしてあれってどういう意味があるんですかね。だってあんなのやってもご祈祷とかできないとか、しても効かない人はきかないでしょう。」
おっしゃるとおり。
「護摩とかあんな煩雑なこと憶えても病気治らないとか大勢いるじゃないですか?」
そこもそうかもしれませんね。
「だけどやる人がやれば印も真言も効く。私は○○の秘印知りたいので教えてもらっちゃダメですか?」
「ダメですね」
「なぜですか?」
「四度加もしてないのに無理です。」
「だって!それはさっきいったように儀礼的なもんではないんですか?」
「違いますね。四度加行は祈祷法ではなく、自行用ですからそのままで祈祷というのは無理なことが多いというだけです。」
「じゃあ四度自体は祈祷にはなおさら関係ないのでは?」
「私どもではそれができてないのは祈祷以前ができていないと考えるのです。つまり基礎がない。加行とは基礎行という意味です。」
するとややカチンときたのか。
「でも私は人を治したりできますよ。現にそれで生活しています。」
「ではどうしても四度加行しないとダメですか?」
「してもその必要性を理解しないならダメです。」
「わかりました・・・」と言って電話をきられました。
多分彼の中には密教は治療法の一つなんでしょうね。