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金剛心易

最近は亦「易経」の勉強しています。
今学んでいるのは飯田吉宏先生で武村亜希子先生のお弟子さんです。
飯田先生も武村先生も占い師ではなく、従って今回は占いではなく哲学として学んでいるのですがなかなか面白い。
易と云えば私は初代総代を務めてくださった林天朗居士から「金剛心易」の本を頂きました。師匠の濱地天松居士は金剛経の大家で、門下からは高階籠仙禅師(曹洞宗管長)が出るくらいの御方。勿論、居士というからには在家なのですがそれだけスゴイのですね。
昔の居士には凄い人がいた。澤木興道禅師も晩年まではずっと居士であられた方です。
その濱地先生が土御門流の心易というのを知っていた。
元来、易の解釈は新井伯蛾流だったそうですけど、くわえて土御門流も伝承された。
天松居士は、その方からこれはもう最後だから伝承を残さないで消してしまっていいと言われたそうです、でも勿体ないからご自分でそこに金剛経を心を盛り込んで「金剛心易」とした。

易を知らない方はちんぷんかんぷんなので簡単に言うと新井伯蛾は江戸時代の易の大家です。
代表的な書物として「易学小筌」があります。
私はこの本には昔より大変お世話になっています。
新井先生はどちらかというと仏教には批判的な方でしたけど。
仏教者でも易などというと眉をしかめる人がいるけど、わが伝教大師様は「道心ある人を西には菩薩と云い、東には君子という。」といわれています。
君子とは易経によく出てくる「志のある人」の謂いです。
大乗仏教では志のある人は菩薩。スケールがでかくても「絶対に俺は大金持ちになって世間を睥睨してやる」なんてのは志とは言わない。人の在り方を求める心を背景にもっと大乗的な公益の心があって初めて志です。
志は本来万人が持つべきものです。志について何も教えない現代の教育は一番大事なものが失われていると思います。
偉い人になる。立派な人になるというのが現代の教育では判らない。政治家や金持ちのことじゃない。志ある人のことです。
だから書店に行っても偉人伝というのは置いていない。「歴史人物伝」というのはある。
さみしいですね。「偉い人」というのが判らない。厳密に言えば全部褒められる歴史人物はいないでしょう。とりわけ昔の為政者や武将なんていいいかえれば概ね人を多く殺していますし、・・・・ただその志に学ぶものはある。此処を分けて考えないと意味なさない。
最も日教組の先生は日本赤化の志はあるのかも。
沢山の過去の人たちが血を流して今日の民主主義社会がある。それなのに過去の人達は皆間違っているのだというのがマルクス主義唯物史観です。よく学生の頃「○○主義の矛盾」とか言って教え込まれました。どっこいこっちはその手にはのりません。
こんな考え方ではどこの国でも国や民族に誇りある人間なんて出てくるわけない。胡坐かいて偉そうに歴史を批判できるのは誰のおかげでそうなったのでしょう。先人の努力があったから今日があるのじゃないのですか。
それを措いて批判ばかりするのはおかしいでしょう。
歴史を批判するそれ自体が意味がないわけではないし、必ずしもいけないわけはないのだけど、これでは歴史の否定です。
飯田先生は「命をかけて惜しくないもの」そのくらいじゃないと志とは言わないと教えてくれました。
さて濱地先生の易は筮竹など使わない。いわゆる「梅花心易」という類で、その場にある目に入るもので即座にたてる。
だから立てているように見えない。まあ「君子は占わず」に近い。
全ては自分を周囲に現れているのです。濱地先生はそっちに近い。

建物の窓の数などでサッと立てたそうです。
「君子は占わず」とは立派な人物は占いみたいなものは手にしないという意味じゃないのです。
占いの方法論無くにわかるということ。でもこれは超能力ではなく易学に熟達していれば物事の推測がおのずからつくという意味です。
そうなればたいしたものです。
周易が上手くたてられないという占い師は多いようで結局解釈が難しい周易ではなく五行易(断易)に行く人が多い。
私はどうも断易は苦手です。かといって周易ができるかというと・・・・なさけないことにそうではない。だから勉強です。
易に熟達しなければ東洋占術の真義は判りません。
一説に台湾では紫微斗数をやる人は周易が多く、四柱推命に堪能な方は断易が多いと聞きました。
好みから言えば私は後者ですね。

座禅など熱心にする人はどちらかというと上座部的で大乗的な「信仰」は好まない人が多いけど、そういう人は白隠禅師の「延命十句観音経霊験記」を読むといいですね。
白隠さんはしっかり観音経の信仰があった。いまの禅の流れは諸流とも概ね白隠さんの流れをくむそうですがそういう点はなおざりのようです。
その点、濱地先生は宇賀神信仰をしっかり持っていた方です。
禅者にありがちな「仏は成るもので拝むものじゃない」というような考えに凝り固まった禅者じゃない。
上野の弁天堂では浴酒が始まると参詣して金光明最勝王経全巻を読破して法楽にしたくらいの方です。
私はそういうバランスのとれたところが実にすばらしいと思うのです。
私の師匠寺の大福生寺にも昔よく出入りされていたといいます。
内陣正面の「我有未微妙法」の使咒法経の偈を描いた額は濱地先生の揮毫です。



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