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調査と改善、考える順番

開発の不具合調査やちょっとした改善を進める時、考えるべき"順番"がある。

タスクの粒度の差はあれど、自分はいまだに順番を間違えては無駄な遠回りをしているので雑にまとめておく。

1. 事実を確認する

  • 誰かからの報告や予想を鵜呑みにしてはいけない
  • 本当に起きている事実を自分で確認しにいくこと

2. 問題を理解する

  • 結局何が問題なのかを理解せずに対応してはいけない
  • なんとなくわかった気になることなく、何が問題かを理解すること

3. 真因を特定する

  • なぜその問題が発生しているのかを特定せずに局所的に解決しようとしてはいけない
  • 仮説を立ててもいいが、全体像を理解し広げて考えた上で、削ぎ落として真因を特定していくこと

4. 解決策を選択する

  • 真因に対してたったひとつだけの思いつき解決策に飛びついてはいけない
  • 最終的に一つに決める前に、決定軸を整理して評価し選択すること

例を一個上げると、たとえばあるジョブがコケやすいみたいな報告が上がったとする。

「1. 事実を確認する」では、本当にコケてるのかを確認する。めちゃくちゃしょうもない話だが、もしかしたらログの出力ミスだけでコケていないみたいなこともありうる。自分でやりとりやデータを見て確認する。

「2. 問題を理解する」では、コケることによる問題を理解する。コケるなんて問題に決まっとるやろみたいに思いがちだが、実は仕様上想定されるもので、想定外の異常終了は問題だが、異常終了自体というよりも異常終了した場合のハンドリングの問題かもしれない。

「3. 真因を特定する」では、なぜその問題が発生しているのかを確認する。ここが一番疎かになりがち。ログやデータを確認して可能性を削ぎ落としてピンポイントな真因を特定しにいく。たとえばメモリ枯渇で落ちていることがわかったとして、なぜメモリ枯渇しているのかをさらに深ぼることなく対応を考えてはいけない。

「4. 解決策を選択する」では、真因に対して何をすればいいかを決める。特定のコードの修正になるかもしれないが、影響範囲の大きさや根本解決を考えた時にはいくつかの選択肢が出てくる。どんなことでも3つくらいは出てくると思うので、広げて考えてからひとつを選ぶようにする。


書くと当たり前の話でしかない。ちゃんと内容確認して、特定してからピンポイントに対応しようねという話である。

けどねぇ、思った以上にこの順番をすっ飛ばしちゃうんだよね。

1 をすっ飛ばして、実は報告内容がぜんぜん違ったとか。2をすっ飛ばして結局何の問題もない話だったとか。3をすっ飛ばして当てずっぽうに調査してめちゃくちゃ時間かかったとか。4をすっ飛ばしてレビューでそもそもの指摘を食らったりとか。それぞれできてると思っても深さが全然足りてなくて実態としてはまるでできていないこともある。

順番どおりに一個一個やらないと結局遠回りになるし、説明責任を全うできない。自分はできてると思ってる時ほどしっかりやろう。

リーダーが "弱みを見せる" とはどういうことか

最近「リーダーが意図的に "弱みを見せる" ことも必要」という記事を何度か読んだ。例) リーダーが弱点を見せるべき理由

自分はこれに対して少し懐疑的というか、本来の狙いと違った解釈になりやすい表現だなあと感じていて、雑に考えを吐き出しておきたい。


この話は、「リーダーが自ら完璧ではない姿を見せることで誠実さが伝わって信頼が増し、チームの発言のハードルも下がって協働が加速する」といった趣旨の内容だと理解している。

これ自体はそうかもなあと思うものの、「だからリーダーは弱みを見せるとよい」と言われると、それは違うやろと思ってしまう。

たとえば「自分はリーダーの役割としてやっているけど全然すごくはない」みたいな話をまわりに伝えるのは、悪いとは言わないけれどチームにそんなにプラスの効果をもたらさないと思う。これは弱いリーダーシップ像を晒しているだけで、リーダー自身の気持ちの整理くらいにしかならないんじゃないかな。

あるいは、「失敗した話を自ら話す」というのはどうか。伝え方によっては、チームメンバーからの相談のハードルが下がったり、新しいことや難しいことにチャレンジしやすくなったりするかもしれない。けれど、あえて「失敗した話を開示していくぞ」みたいなスタンスで行動するのは違う気がする。

自分の考えでは、 "弱みを見せる" というのはそんなに特別なものじゃない。「背伸びしすぎない」、「知ったかぶりしない」、「謙虚でいる」、「裏表なく接する」、「間違ったら謝る」、こういった振る舞いの中で "必ずしも完璧ではない姿" が自然と滲み出て伝わるものだと思う。

その積み重ねによって、リーダー自身が過渡期で学び続けていることや、チームメンバーの意見を尊重し歓迎していることが少しずつ伝わりチームの当たり前になっていくことに価値がある。

一方で、"弱みを見せる" という考え方は、リーダーが "完璧なフリをしない" ように意識づける補助線としては有効かもしれない。リーダーは責任感からか完璧に振る舞おうとしすぎる傾向があるからである。

ただ、リーダーとしての役割を全うするというのが大前提で、これが疎かに見える状態で "できていない自分" を開示しても意味がない。とにかくできない自分をありのままに開示して「あの人は本当にダメだから自分がやってあげないと」と思わせるような稀有な才能を持ったリーダーもいるとは思うが、これは本当に稀。真似してできるものではない。

変に "弱みを見せる" という意識を持たないほうがいいのだと思う。意識してそんなことをせずとも、リーダーとして物事を前に進める意思決定をする際に、その経緯を論理的に整理しつつ葛藤した部分も含めて丁寧に開示し説明していくだけでいい。

結果としてそれが各記事の中で語られている "弱みを見せる" と同じようなよい効果をチームにもたらすんじゃないかと思う。

『DroidKaigi.collect { #26@Kanazawa } 共催 GDGoC KIT』に行ってきた

DroidKaigiが日本各地で行っているイベントに誘ってもらって、金沢工業大学でチーム開発の話をしてきた。

新鮮で刺激も多く楽しかったので雑に感想を残しておく。

広くてきれい

  • 金沢工業大学 扇が丘キャンパス 26号館 チャレンジラボ 1F というところで開催された
  • どんだけ建物あるんや…?と思ったのと、建物がきれいでびっくりした。聞いてみると、この建物が一番新しくてきれいらしい
  • 3DプリンタやArduinoとかがたくさん置いてあって充実してそうだった

参加者多かった

  • 学生がメイン参加者でチーム開発がテーマだとまあ10人くらいかなと思っていたら30人くらい来ていてマジかと思った
  • 土曜に参加する学生の方々がすごいのはもちろんだが、主催のDroidKaigi, GDGoC KITの皆さんがうまくお声がけしてくれたのだと思う。ありがとうございます

チーム開発で最初にやっておくとよさそうなことを話した

  • 学生が多い場でチーム開発についてどこまで広く深く話せばいいかわからなかったので、わりと全般的なふわっとした内容にした
  • もう少し深く具体的な話を盛り込んでもよかったかもしれない

ひつじさんと久しぶりにゆっくり話せた

  • DroidKaigiオーガナイザーのひつじさんとパネルディスカッションで話した
  • それ自体もよかったのだが、開催までの間にも「最近3Dプリンタ買ったんですよ」、「ムードメーカーって評価できるんですかね」みたいなとりとめもない話をゆったりできてよかった
  • ちなみにひつじさんは21時から技術書典の生配信があるということで17時半くらいに東京に戻っていった。"本物"の3人分になるというのはああいうことなのだろう

学生と話している感覚はなかった

  • 参加者は1年生から4年生、卒業して就職している方までいたが、正直学生と話している感覚はあまりなかった
  • 20歳前後ってこんなにちゃんと相手の話を聞いて対話できるものだったっけ?自分にとってはもう15年くらい前のことなのであまり覚えてないけど、普段仕事やコミュニティで話している感覚と全然変わらずに話していた
  • 最近の就活の話も聞いたが、かなり早期化しているらしい。2年生は当然のように皆インターンをしているとのこと。すごい
  • 「ロボコンのコントローラーの実装をKotlinにしたんだけど、次に入ってくる1年生のKotlinに関するオンボーディングをどうするとよいか」、「有志で何度かゲーム開発をしているが完成させられずに断念してしまうが、どうマネージしていけばよいか」、「チームの中で温度感が揃わない時、どのようにモチベーションを高めていけるか」みたいな話をしていて、普通に勉強になった。すごすぎる

日帰りなのが残念だった

  • 家事の都合で日帰りになったのが残念だった
  • 打ち上げのお店の料理は美味しく、運営やLT登壇者の方々の話ももう少し聞きたかった
  • コミュニティを立ち上げて熱量高く運営している源泉とかもっと聞いてみたい
  • 4年生の方々は4月には東京で働くとのことなので、またどこかでお会いできるのが楽しみである


誘っていただいたDroidKaigiの皆さん、GDGoC KITの皆さん、参加者の皆さん、ありがとうございました!

実写『秒速5センチメートル』を見てきた

劇場用実写映画『秒速5センチメートル』 を見てきた。

信用しているトモダチから「お前にも見てみてほしい」的なことと言われたのがきっかけ。雑に感想を吐き出しておく。

丁寧でよかった

  • 総じてよかった。全体として素晴らしく丁寧に作られていた
  • カット割り、映像、音楽など、もう新海誠監督へのリスペクトがひしひしと伝わる内容だった
  • 完全に好き嫌いの話だが、最後が米津玄師さんの曲ってのはよいのだけれど好みではなかった。かといって『One more time, one more chance』がいいかというと違う気もしていて、これは正解がなくてむずかしい
  • このクオリティで再構成してくれるなら、言の葉の庭もやってほしいとすら思えた。イタリアから帰ってきたタカオとユキノが再会するエピローグまで頼む

救いがある

  • アニメで心をズタズタにされた人は、小説を読んで一定救われたかもしれない。実写版はさらに救いがある
  • 明里の描写が多く、当時どう感じていて、今をどう生きているかが描かれているからだと思う
  • 人によっては「野暮なことするんじゃねぇ、何がなんだかわからない"虚無の余白" が秒速の価値なんだよ」という人もいるかもしれない
  • まあわからなくはないが、ひとつの解釈として救いがあっていいなと思った。シナリオもちょうどよいくらいのご都合主義な展開が盛り込まれていて、自分は楽しめた

雰囲気の再現がすごい

  • 小学生の明里のあの独特の空気感を再現できているのすごい
  • 全体的に登場人物の "語り" が少ないのもよかった。あれは実写でそのまま映像に乗せて語らせてしまうと違和感がすごいと思う。脳内で貴樹の語りの台詞が常に流れていたのは自分だけじゃないはずだ
  • 同様に、澄田の「お願いだから、優しくしないで」も台詞にはなってなかったのがよかった。実写で再構成するにあたってどうするべきかがよく練られていて、愛を感じた

もりななーーーー!!!

  • 個人的には森七菜さんがよかった
  • 何なんだろうか、松村北斗さんもそうだが一度新海誠監督の作品に浸かると、伝えたいニュアンスが細かいところまで染み込んでいくのかもしれない
  • ちなみに「貴樹おまえ何やねん」という感情はアニメのときから変わらなかった。澄田と付き合っておけばよかったんだよお前は

終始胸がキュッとなる

  • 自分がオッサンだからというのもでかいが、心理も風景もすべての描写が胸に来る。自分は終始笑っているのか泣きそうになっているのかわからない何とも言えない表情でスクリーンを見ていたと思う
  • 1000通もメールをやりとりして1cmくらいしか近づけなかった描写も詳しすぎた
  • 自分がオッサンだからこそフルに楽しめたと断言できる。これ今の中高生の方々が見たらどう思うんだろうか。「何やこれ?何も始まっていないし何も終わってないやんけ」って思うんじゃないかな。わかるぞ

出会わなくてよかった

  • 結構再構成された内容だったし序盤からニアミスが激しかったので、「もしかしてこれ出会わせるんちゃうか...?」と少し不安になったが、最終的に出会うことなく終わってよかった
  • いや見てる時は若干出会ってくれんかなと期待してしまったりもしていた。しかし、実際に出会うシナリオになっていたら台無しで、最悪な気持ちになっていたと思う
  • このワンチャンを期待する願いは、たぶん『君の名は。』によるものだと思う。あれは出会っちゃってるからね

大丈夫

  • 「貴樹くんは大丈夫」、「明里って明るいよね」といったちょっとした台詞を覚えていて、今の自分を形作っているという感じの解釈がよかった
  • 時を経て見ると、『天気の子』のラストで「大丈夫だ」という言葉を噛みしめたのも想起された
  • ふとした言葉をたまに反芻しながら生きていくってのはいいよなあ。無意識に誰かを救っていることがあるってのは、『容疑者Xの献身』の石神を思い出したりした

Androidアプリ書いてた

  • たぶん貴樹 Eclipse で Android アプリ書いてるわ。2008年だから Android Studio が出るより前だもんな
  • BaseなんとかActivity 的な class が見えて、たしかにそういう Activity を継承する感じで書いてた時代なんだろうなと思いつつ、未来を生きる自分は「それはやめとけ」という気持ちになった
  • 貴樹の書いたコードを一瞥しただけで「無駄のないコードだ」的なことを言っていた管理職っぽい方は何者なんや
  • PCを見る貴樹の目に光が入っていない感じもよかったよね。日々失われていった心の弾力が絶妙に表現されていたと思う

こういう思い出を作ってほしい

  • 小学生時代に遊ぶ描写、高校生時代にバイクで田舎道を走る描写、すべてがいい思い出だなあと浸ってしまった
  • この感覚は、昔『もやしもん』を一気読みした時にも感じたことがある
  • 恋愛に限らず、自分の息子にはさまざまな "感情" を経験してほしいなと思うなどした。これもまたやはりオッサンの感想である

ちょっとした称賛や感謝を伝えやすくする仕組み

過度な馴れ合いになるのはよくないが、ほんのちょっとしたことでも褒め合い称え合っていくチームというのは非常に居心地がいい。

一方で、こうしたちょっとした "褒め" を伝えるのは意外と難しい。なんとなく伝えるタイミングがなかったり気恥ずかしかったりする。

これはいわゆる "組織文化" の話かもしれない。文化というのは、個々人の行動によって形成されていく。一定規模以上の組織において何かしらの行動を促すには、仕組みがあったほうがいい。

自分の経験から、ちょっとした称賛や感謝を伝えやすくする仕組みを雑に書きだしてみる。

1. 褒める場所を作る

  • チャットツールで #homeru みたいなチャネルなど、「ここではちょっとした "褒め" を雑に書き込んでいいんですよ」というハードルを下げた場所を作る
  • 「◯◯さんが◯◯してくれてよかった!」、「あの時のアレ、めちゃありがたかった!」、といったことを誰もが雑につぶやけるようにしておく
  • 特定の褒める系 emoji がついたらそのチャネルに流れるようにしておくのもよい

2. emoji をつける

  • チャットコミュニケーション特有かもしれないが、何かの発信に対して emoji をつけるだけでも感謝や称賛の気持ちは伝えられる
  • 誰でも気軽にできるので、個人的には皆が少し過剰に emoji をつけるくらいがちょうどよいしガンガンやるべきだと思っている
  • 一方で、emoji だけで済ますことに対してネガティブな意見を持つ人もいると思う。できるのであれば、称賛や感謝の内容をコメントで書いて伝えたほうがたしかによいとは思う

3. 何かを送る

  • Unipos など、感謝の気持ちを何らかのインセンティブとセットで送るのもとてもよい
  • 「サンキューカード」という手書きのカードを送るという取り組みをしていたところもあった。こういうのは送られると結構嬉しい
  • 何かの節目に手紙を渡すなどもそう。電子的であれ物理的であれ、何かを送るというのは称賛や感謝を明確に伝える手段のひとつである

4. 定期的にフィードバックをする

  • 四半期ごとの評価など、お互いにフィードバックするタイミングを作ってそこでよかったことを伝えるのもよい
  • 組織全体で360度フィードバックのような取り組みをやっていなくても、自分が所属しているチームだけで「ちょっとやってみませんか?」と提案してやってみることもできる
  • そこまで改まってやらなくても、チームごとの毎週の振り返りにおいてKPTのKeepのようなパートの中で少し意識的に称賛や感謝を伝えるだけでもよいかもしれない

5. 表彰する

  • "表彰" という仕組みは、わかりやすく称賛や感謝を伝えられる
  • 一方で表彰は両刃の剣でもある。表彰されなかった人も出るし全員が納得できないこともある。セレモニー的な雰囲気が苦手な人や、逆に白けてしまう人もいるかもしれない
  • 全体で見ればわりと盛り上がる取り組みで、継続していくことで文化にもなっていくので選択肢としては悪くはないと思う

こんな仕組みがなくても心の赴くままに称賛も感謝も伝えていけばええやろと思うかもしれない。それはそう。それが理想だと思う。

6歳の息子氏はまさにそんな感じで、嬉しい時は「ありがとう!」と言うし、すごいと思ったら「すごい!」と言う。こういう純粋な気持ちを思い出すのが大事なのかもしれない。

ただ、現実的に大人になってからそういう気持ちを思い出すには、しばらく "演じて" みるしかないと思う。演じているうちにだんだん自然とできるようになり、いつのまにか人格になっていくのである。

よい環境、よいチームを作っていくのは個々人の小さなふるまいから。組織の仕組みがあるならそれに乗っかって、気持ち多めに称賛や感謝を伝えよう。称賛や感謝なんて、なんぼ伝えてもいいですからね。

いちばん優秀な "お手本" メンバーを育成担当者にする

人の "育成" をするなら その組織の中でとびきり優秀で "お手本" になってほしい人が担うべきだと思っていて、そのあたりの考えを雑にまとめておきたい。


育成は1年後の組織全体のケイパビリティを大きく変えうる非常に重要な取り組みである。特に新卒など真綿のように吸収力の高いメンバーにとっては、いかによい "水" に触れてもらうかが重要になる。

雛の刷り込みみたいなもので、「このくらいを目指さなければいけないんだ」という当たり前レベルをできるかぎり高くするべき。そのためには、組織の中でとびきり優秀で "お手本" となってほしい人のエッセンスを吸収してもらうのがよい。

育成担当者というと、なんとなく「教えるのが上手い人」や「面倒見がいい人」を最初に想起するかもしれない。そういう人はたいてい人当たりもよく頼みやすいが、そういった適正らしきものを最初の判断軸にして育成担当者を決めてはいけない。

最初の判断軸はあくまで優秀でお手本になるレベルの人かどうか、その次に育成のテクニック面の適性があるかという順番で考えること。自分の経験で言えば、優秀な方は 仮に自身が育成に不向きという自己評価をしていても一定以上の質で育成タスクを全うできる。

ここでいう "お手本" というのは、全方位で完璧な一人の超人である必要はない。たとえば システム設計の考え方についてはこの人、データベースまわりならこの人、といった具合に領域を決めて選出してもよい。選ぶのが難しいけれど、会社のカルチャーを体現している人 とかもよいと思う。

「それはそうかもしれんが理想論やろ」と感じてしまうのは、そういう人はすでに育成以外の業務でだいぶ忙しいという事実があるからだと思う。それはそう。間違いない。

なので、長期目線で組織全体のケイパビリティを引き上げるために、そういう優秀な人にこそ育成に時間を当ててもらうことをトップダウンで決めなければならない。これは経営やマネジメントがするべき意思決定である。当然ながら、育成における貢献も適切に評価できるように整備も必要。グレードごとの評価軸のひとつにしてしまうのもいいかもしれない。

こういう長期目線での方針を意思決定するのはとても難しい。最終的にはエイヤと決定して細かく軌道修正しながら正解にしていくしかない。がんばろう。

なんかこういう話を書いていると、優秀とかお手本とか何様なんじゃ という気持ちにもなってくる。うまく気持ちを説明できないけれど、そもそも "育成" という言葉にも少し傲慢さを感じることもある。

まあそういう気持ちはありつつも、やはりある程度の規模の組織でスケールさせていくのであれば "育成" の観点は大事だし考えていく必要はあると思っていて、半ばわり切って考えるようにしている。

「教えるのが上手い」、「面倒見がよい」かどうかで育成担当者を決めてはいけない。いちばん優秀な "お手本" となる人が担当すべき。そういう人は、育成もひとつのタスクと捉えて、必要な能力もキャッチアップしつつやりきってくれると思う。

閉じたコミュニケーションの使いどころ

プライベートチャネルやDMでのやりとりは避け、ドキュメントの公開範囲もできるかぎり広くオープンな状態にするほうが一般的にはよいとされることが多い。

自分もそのほうが好みだし働きやすいと感じる。一方で、オープンではなくクローズドな "閉じたコミュニケーション" を選択するべきこともあるとは思う。

どういう時に閉じたコミュニケーションを使うのか、使いどころを雑に書き出してみる。

1. センシティブな情報を扱う時

  • 当然ながら広く公開されるべきではないことは特定の人のみでやりとりされるべき
  • 具体的には、人事情報、個人情報、家庭や身体などのプライベートな事情あたり
  • これはルールにできることなので、社のコミュニケーションガイドラインなどを作って明記するといいかもしれない

2. 個人へのフィードバックをする時

  • 相手に率直なフィードバックをする時には、一対一や少人数での閉じた場所で行うほうがよい
  • あえてオープンな場所でやりとりすることもなくはないが、初手でオープンな場所を選ぶのは避けたほうがいい
  • オープンにするなら、閉じたコミュニケーションで相手の反応を見て、合意の上でオープンに記録を残すやり方がよい
  • 逆に褒めたり称賛したりする時はオープンなところでやるべき。相手やチームによってはオープンにやりにくいと感じることもあるかもしれないが、基本的にはポジティブフィードバックはオープンに

3. 相手との関係性ができていない時

  • 入社したばかりの新メンバーでまだ文化にも馴染んでいない時などは、DMでのやりとりを完全に禁止しないほうがよいこともある
  • オープンコミュニケーションを過度に強制することで、何かを聞いたり発言したりするハードルが上がってしまうのもよくない
  • 関係性ができていない状況でオープンにコミュニケーションを取るのはコストが高くスキルも要求されるので、一定の閉じたコミュニケーションを許容したほうがよいこともある
  • なし崩し的にずっと閉じたコミュニケーションを取り続けることにならないよう、期間を明確に決めたり振り返りをしたりするとよい

4. 個別のメッセージングを重視したい時

  • チームやメンバーによって丁寧に伝えていきたい内容がある時、いきなりフルオープンにするよりもまずは個別にコミュニケーションを取ったほうがよいこともある
  • たとえば事業の現状や目標など。テキストベースで全員が見れるようにすることはできるが、ただ見れるようにするだけでは個々人がどう受け取るかわからないようなケース
  • 情報はメッセージングとセットで考えなければならないことも多い。メッセージング抜きで情報を見た時に、"テキスト以上のことを思慮しつつテキスト以上のことを邪推しない" というスキルを誰もが持っているわけではない

皆が同じレベルの情報を同じタイミングで持っているほうが、意思決定の質とスピードは上がる。そのためにオープンなコミュニケーションを取れるほうが望ましいが、皆が情報にアクセスできることと 皆が情報を同じように理解できることはイコールではない。

オープンなコミュニケーションがうまく機能するには、一定の想像力が要求される。過度な "オープン警察" にならず、「オープンにコミュニケーションを取っていないのは何らかの理由があるかもしれない」といった具合に想像できるスキルと余裕が必要。

あるいは、閉じたコミュニケーションを取る理由を明確に説明するのもいいかもしれない。コミュニケーションは双方向なので、話す側/聞く側お互いに想像力を働かせ、オープン一辺倒にならずに使い分けられるといいね。そして、次の曲が始まるのです。




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