高市が昨年秋の首班指名直後についた大嘘が明らかになった今日この頃。
働いて働いて働いてまいります? pic.twitter.com/si6YEosD4D
— マット|暮らし目線で政治を読む (@gmatt0648) 2026年3月7日
自分は働かずに「働かせて働かせて働かせて働かせて働かせて参ります」だったのが高市の正体だ。自分に厳しい質問をする岡田克也や予算委員会で自分にばかり答えを指名する枝野幸男を衆院選で「斬首作戦」の対象にして、三重3区や埼玉5区の有権者がそれに応えてくれることに賭けた。
前回衆院選で選ばれた衆院議員たちの任期はわずか1年3か月だった。過去にはこれより短い任期が2回あったそうで、私が覚えているのは1979年10月の衆院選に当選した議員たちの任期が7か月だったことだが、これは大平正芳内閣不信任案が可決されたための解散だった。それよりさらに短かったのが第2次吉田茂内閣の不信任案で解散になった1949年2月で、前年10月の衆院選に当選した議員たちの任期は4か月だった。
しかしその過去2回はいずれも内閣不信任案可決に伴う解散だ。今回の高市のような7条解散に限れば、史上最短の任期だった。
これが高市の暴挙であることは当然だが、それにはとどまらない要因もあった。
それは2024年の衆院選の議席が確定した時に、「次は衆参同日選挙だ」という声がネットと一部「オールドメディア」の双方から一斉に上がったことだ。
それに至る流れは2通りが想定されていた。1つは立民が内閣不信任案を出してそれが可決される流れで、もう1つが自民党内で「石破下ろし」をやって、石破に代わる自民党の新総裁にして新総理が7条解散をやる流れだった。弊ブログがもっとも警戒し、かつネットや一部「オールドメディア」が熱望したのが後者の流れだった。もしそれが実現していたら、前回衆院選の当選議員たちは戦後2番目の短い任期で終わるところだった。
幸いその最悪の事態は石破茂が阻止してくれて昨年の参院選は自民党の惨敗だったが、参院選後に石破が耐えきれずに辞任した後に行われた自民党総裁選で高市の選出が決まった瞬間に「選挙ドットコム」キャスターの「山本期日前」と名乗る人間が発した言葉が忘れられない。山本は「解散総選挙だ! 今なら参政党も国民民主党も準備ができてないぞ」と叫んだ。なるほど、こいつは自民党極右派の応援団なのかと悟った私は、以後「選挙ドットコム」の動画を見る気が起きなくなった。
政治家は支持者の意向に反することはやれない。高市は山本が望んだような内閣発足直後の解散こそやらなかったものの、衆議院に質疑で岡田克也や枝野幸男に「いじめられる」や解散に打って出て、涙ながらに「野党に邪魔されてやりたいことができない」と嘘泣きしながら訴えるや、それが有権者の「同情」と野田佳彦の「博打には博打を」の応酬を誘って衆院選に歴史的圧勝を収めた。野田については下記Xを。
というか、率いた選挙を全て惨敗させた野田がすごい😂政党にとっての死神レベルw https://t.co/3SfIXrqplA
— kazukazu (@kazukazu881) 2026年3月9日
あの2012年が霞む「大大大ドボン」だった。しかし野田は未だに「立公合同は間違っていなかった」と強弁しているらしい。何の反省も見られない。どうしようもない無能さである。
一方、高市内閣の支持率はようやく少し落ちてきたようだが、多くのメディアの値を総合した三春充希氏のXはまだ出ていないし、時間になったのでここまで。