自然言語を用いた意思の疎通というのはなかなか難しいものだ。
今回の衆院選の極端な結果で、人々の意見も非常に混乱をきたしている。
このあたりで私がどういう社会観、世界観を持っていて、議会のどういう勢力分布が好ましいと考えているかについて少し書いておく。
それは、民意を正しく反映した政党の議席分布が好ましいということだ。弊ブログがずっと以前から、選挙制度は比例代表制をベースとすることが好ましいと主張し続けてきたのはその反映だ。
また、私は「再分配を重視」し、富の分布が平準化された社会が望ましいと考えている。
ただ、最近は政治も社会も不安定で、民意のブレが激しい。現在はその極端な時期で、少なからぬ割合の人たちが高市早苗という人間に魅了された状態になっている。その比率は人口の半分にも満たず、たとえば2割とかその程度だろう。今回の選挙で自民党が得た得票は2割よりもっと多いが、その何割かは高市は特に支持しないが自民党を支持する人たちだ。しかし2割もの人たちが高市に魅了されてしまうと、小選挙区という制度の特性上、選挙結果が極端になってしまう。過去の日本における国政選挙の歴史では、2005年、2009年、2012年および2014年などに似たような結果になった例があったが、今回はそのいずれの選挙よりも極端な結果になった。
私が「危ないな」と思ったのは、ここは名指しで非難するけれども、堀新氏が「高市は生かさず殺さず」と書いたり、「駅前は朝の七時」が財政危機の対処は高市政権に対処させるべきで、政権交代なんかしたらこれまでの自民党政権の執政の後始末を新政権がやらされる、という意味のことを書き、それに少なからぬネットの論者たちがなびいていたことだった。
小選挙区制の特性上、与党の議席が野党の議席をわずかに上回るか、あるいは選挙前のように下回った状態が続くような結果はなかなか起こりにくい。2024年の衆院選の結果実現された少数与党の状態や、あるいは過去に遡れば2003年のような与野党伯仲に近い(あの時は伯仲よりはやや自民党の議席が多かったが)選挙結果が出る方が珍しいのである。2005年や2009年や今回のような結果が出るのが小選挙区制というものだ。それなのにネットで人々の意見を動かそうとする人間が腰を引けていたのではどうしようもなかった。そういえば枝野幸男の立民代表辞任につながった2021年の衆院選の時にも「腹八分目の結果が望ましい」とXに書いた立民支持者がいたが、そのような野党支持者の気の緩みが同年の立民の敗北につながった。
2005年も今回も、一部の人たちの熱狂に後押しされて極端な選挙結果が出たが、これはもっと民意の振れを除いた、時系列的に見て平均的な民意から相当に逸脱した結果だといえる。
最近私が念頭に置いているのは、何度も書いた通り、橋本健二早稲田大学教授らの分析結果である。最近もPHPのWEB Voiceに下記記事が再掲されたので、詳しくは下記リンク先を参照されたい。
橋本教授はもともとマルクス主義系の学者だ。それなのに「頭と性格の悪いkojitaken」が喜ぶような論考を書きやがって、と憤懣やるかたないらしいのが某暴犬、もとい某権威主義者(自称共産党支持者)のブロガーだが(私は当該御仁の記事自体は読んでいない。読まずに批判している。あんな駄文を読む時間的余裕などないからである)、実は私が社会の動きを古典力学になぞらえることが多いのは、ある程度はマルクス的な発想からきている。私自身はマルキストではなく社会民主主義者になったのだけれども、それはともかく、マルクス系の橋本教授がなぜ「自民党が生き残る唯一の道は『伝統保守』への回帰」というタイトルの論考を書くのかという理由を、弊ブログの読者の方々にも真剣に考えていただきたい。
今回の衆院選で、共産党の獲得議席は4議席、社民党はゼロになった。れいわ新選組*1はこれまでにも弊ブログに書いた通り左派政党とは決していえないが、1議席になった。従って左派政党の合計議席は共産党の4議席のみであり、衆議院の定数の1%を切った。このような情勢下で、いかに共産党の正しさを力説しても望ましい政府を実現させることはできない。しかも現在の共産党は、2021年の衆院選敗北の総括を志位和夫が拒否して以降権威主義の体質をますます強め、以後選挙のたびに得票率と議席を落とし続けている。このあたりについては、2004年の京都市長選に共産党推薦で出馬された広原盛明さんのブログ記事が出たばかりなので、広原さんの当該記事をご覧いただければ幸いである。
以下に最近の共産党の国政選挙での結果について書かれた箇所のみ引用する。
この5年間に5回の国政選挙があったが、共産党の比例得票数・得票率は、2021年衆院選416万6千票(7.2%)、2022年参院選361万8千票(6.8%)、2024年衆院選336万8千票(6.1%)、2025年参院選286万4千票(4.8%)、2026年衆院選251万9千票(4.4%)と縮小し続けている。その根本原因である「民主集中制」など党の構造的な閉鎖的・権威主義的体質にメスを入れないで、四半世紀にもわたって党指導部トップに居座っている人物が、「国会議員の数を増やす」「強く大きな党をつくる」と言っても通用しない。
URL: https://hiroharablog.hatenablog.com/entry/20260212/1770844085
上記の引用文に書かれている「人物」とは志位和夫のことだ。私は上記の文章に強く共感し、この分析に全面的に同意する。
また今回の選挙前に社民党の福島瑞穂も沖縄2区の候補者選定をめぐって独裁権力を行使した結果、同区の社民党候補は惨敗して社民党は衆院での議席を失った。私は今回の衆院選比例東京ブロックで社民党に投票したが、同党の議席獲得など最初から全く期待していなかった。その比例東京ブロック名簿には大椿裕子副党首が登載されていたが、大椿氏は最近福島を強く批判するようになった。私は大椿氏の意見と異なる部分も少なくないが、大椿氏と福島との比較であれば、断固として大椿氏をとる。なお社民党の党首選が3月に行われるらしいが、福島瑞穂の対抗候補が出馬することはあるのだろうか。
れいわ新選組も独裁党首の山本太郎が健康不安もあって政党運営の意欲がやや減退気味になったせいもあってか、得票率を半減させて獲得議席は実質ゼロになった(1議席は自民党のミスに起因するおこぼれである)。
そして今回の選挙で特に目立ったのは、中道改革連合の壊滅的な惨敗である。獲得議席は49議席だが、うち公明党系が28議席を占め、立民系は21議席になった。立民系は選挙前の議席の実に7分の1になった。これまた、斉藤鉄夫と野田佳彦がトップダウンで急造新党を作ったことが命取りになった。
結局上記4党は、すべて「権威主義」の組織運営が裏目に出て惨敗したといえる。反政権系の野党はすべて実質的に根絶され、焼け野原になった。
それならもう、一から、そして今度は本当の「ボトムアップ」で出直すしかないというのが弊ブログの今後の大きな柱となる考えである。
このボトムアップは、立民江東区議の高野勇斗氏が示唆した通り、地方議会から起こさなければならない。
共産党や公明党は昔から地方議会を重視していて、最近は減ってきたとはいえそれなりの議席を持っているが、民主党系の諸政党は地方議会を軽視してきた。江東区では定数48議席のうち2023年の区議選で3人が当選したが、うち1人が立民系新会派結成時に離脱し、もう1人が区長選出馬のために離脱した。後者が酒井菜摘前衆院議員である。現在は高野区議ただ1人しかいない。そんな地方議会から立ち上げていかなければならない。
地方議会にはその地域ごとにそれまでの経緯が異なる。たまたま江東区の場合は前回の区長選で落下傘候補(大久保朋果)がやってきて公明党の支援も受けて当選したが、今や公明党区議たちからそっぽを向かれているらしい。そういう地域では、本当に少数の立民系が公明と連携することもできるだろう。しかし多選の区長を公明が支えてきた議会ではそうはいかない。国政で公明が連立を離脱したのちに行われた葛飾区長選で、公明が今まで通り自民党系の現職を支えた例がある(当該現職候補が当選した)。
それを考えると、中改連が立民と公明の合同を地方議会にまで拡張できないことは当然だ。
でもこうしたことを書いていると、たとえば下記のコメントをいただいてしまう。
ほかならぬご指摘のことを書いてるつもりなんだけどなあ、と思ってしまう。
どの記事だったか忘れたが、中改連のことを書いたあと、「それとは別に」という言葉を使って、ボトムアップの社会民主主義政党を立ち上げる必要を感じるようになったという意味の文章を書いた。
その際に切断処理されるのは、何も中改連だけではない。中改連と同様の権威主義的性格を持つ共産党、社民党、そして佐藤周一さんには申し訳ないがれいわ新選組も「被切断」の対象だ。
そしてその動きは、派手な中央の政局的な話ではなく、地域から始まっていかなければならないだろう。そうなると、これまで主に中央の政局から政治と社会の流れを読みとり、それを望ましい方向に向けるためにはどうすれば良いかを主に考えてきた弊ブログも、根本的な方向転換を図らなければならないかもしれないと思う。
そうそう、書き落としたが、弊ブログが望ましいと思う議会の構成は、前記橋本健二氏が2022年の三大都市圏の有権者を分析した結果得られた、26.4%の「リベラル」と21.0%の「伝統保守」が二大政党を構成し、それに他の野党がからむという構成だ。
ところが昨年の自民党総裁選で、上記の表の「クラスター5」にあたる「新自由主義右翼」を代表する高市早苗が自民党総裁になってしまい、今回の衆院選でその高市自民が独裁権力を行使できる議会構成になってしまった。
その議会構成は、上記の表に示された民意の分布との乖離が著しく大きいため、今後の日本ではそれに起因する歪みが解放される現象があちこちで起きるに違いない。というかそうしたエネルギーの解放が小出しで起きた方が良い。
そのエネルギーの解放が起きないように人々を抑圧してしまうと、いずれ巨大なエネルギーが爆発して国と社会がとんでもない荒廃に見舞われる。
それがいっぺんに起きたのが1945年の日本だった。
でも、今度は同じようなエネルギーの解放にはならないのではないかとも思う。どちらかといえば「緩慢な死」のような現象になるのではないだろうか。長期にわたって中量のエネルギーが解放され続け、人々が真綿で首を絞められるような苦しみを経験するというイメージだ。
2005年の郵政総選挙が「派手な熱狂」だったのに対し、今回の「高市独裁選挙」が「静かな熱狂」の産物だったことと同じように。
しかし、そんな暗い見通しの中からでも立ち上がっていかなければならない。
*1:本記事では例外的にこの政党の正式名称を書く。

「中改連」には何も期待していません。
皆さんには悪いけど、「保守穏健層」を狙うなど、幻覚でした。
新しい代表はさっさと解党して、立民出身の議員がマトモな再編へ動けるようにして欲しいです。
焼け野が原から立ち上がるためには、今から新しい社会民主主義政党の芽を育てるべきと思います。