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「高市政権支持率見たら、めちゃくちゃ左翼の支持あると思うのですが」(歌猫いろは氏のX)

 近年の弊ブログは1月3日から平常運転に戻るのが常だった。今年は1日にも2日にも記事を公開したが、これは21世紀第2四半期の幕開けだったための特別な例外だ。

 Xアカの「駅前は朝の七時」を弊ブログが目の敵にしているのは、2年前の衆院補選東京15区に関して許し難いデマXを発信し、それを今に至るまで削除等をしてないことが最大の理由だ。思想的にもこのアカの人間は右翼と認定される。とはいえ極右ではない。かつての民社党程度の右翼だ。そのアカが下記Xをリポストしていた。

 

 

 これはその通りだ。もちろん「めちゃくちゃある」。特に「ハンキン」すなわち「反緊縮」界隈からの支持が厚い。それは高市が右傾した「日本版MMT」に強く惹かれているからだ。たとえば昨年初めに亡くなった森永卓郎は、2024年の自民党総裁選への小林鷹之の立候補を「財務省による高市早苗さん潰し」だと評した。小林は高市と同じ極右だが、日本型MMTのシンパではないからだ。

 ここで日本版MMTに対する弊ブログのスタンスを書いておくと、これに対して強く批判的である。もともとのMMTアメリカの左派がデフレ期の日本の分析に基づいて立てた理論だが、富の再分配という観点もそれなりに持っていた。インフレになったら増税で対処するという処方箋がある。しかしMMTの日本への紹介者は藤井聡三橋貴明といった右翼が中心だったから、富の再分配の視点がほぼ失われた。それでいつの間にか「税は財源ではない」という戯言が彼らのスローガンになった。これはマーガレット・サッチャーを信奉すると自称する「偽サッチャー高市早苗にとっては非常に都合が良かった。高市自民党内反主流派だった頃に岸田文雄の「直接税(所得税及び法人税)の増税を財源とる大胆な防衛費(軍事費)の増額」に反対し、安倍晋三の総理大臣退任後の主張に倣って「防衛国債」で賄うべきだと主張した。「積極財政」はどういう分野に対して政府支出を行うかが肝のはずなのに、リベラルや左派の中にもそれがわかっていない人たちが山ほどいるのだろう。そういう人たちの多くは参政党や国民民主党(民民)を支持しているだろうが、山本元号新選組の支持者にもそういう傾向が強い。立憲民主党(立民)支持層にもその手の人たちがいるだろうが、立民支持層の場合はデフレ下でも緊縮財政を支持しがちな傾向の方が強く、その方が大きな問題だ。しかし今は日本政府こそ認めていないが明らかなインフレ期なので、現時点においてはその欠点の悪弊は(デフレ期に比べれば)小さい。デフレ期には積極財政を、インフレ期には緊縮財政を、というのが基本だが、インフレ期でも積極的な財政支出が必要な分野はある。それが社会保障や福祉に加えて「気候変動」への対応だというのが弊ブログの主張であって、その反面やるべきではないというよりやってはいけないのが、岸田が始めて高市が加速させている軍事費のドラスティックな増額だと考える。

 長くなった。このようにリベラル・左派のうち「ハンキン」界隈に高市への支持がそれなりにある。それよりもさらにボリュームの大きい無党派層になると「日本初の女性首相」に対する期待が大きいであろうことは疑いない。ただそれが選挙での自民党候補の得票につながるかどうかは不明だ。今のところ選挙では民民は猫を被って立民と選挙協力を行なって議席を増やして衆院選で50議席を狙い、それが獲れたところで高市自民と連立しようという腹だと伝えられる。これは朝日新聞の今野忍という政治記者が「選挙ドットコム」でしゃべったことらしい。朝日にも去年退社した曽我豪のような保守系の幹部級記者がいたが、曽我の方が今野と比較するとはるかに骨があった。今野など「劣化版曽我豪」の域にも遠く及ばないだろう。曽我は2008年に麻生太郎が総理大臣になった時の『文藝春秋』に載った麻生の「論文」のゴーストライターだったとの噂があるが、あれは本当だったのだろうか。仮に本当だったとして、今野に同じようなことができるだろうか。そもそも今野がどんな記事を書いたのかも私は知らない。

 やっと「駅前は朝の七時」のXに戻る。

 

 

 15年前の2011年に総理大臣になった頃の野田佳彦は54歳だった。鳩山由紀夫菅直人の後を受けて、初めて保守系民主党政治家が総理大臣になった。鳩山由紀夫ももともとは保守政治家だったが、2009〜10年の総理大臣時代には、「よくわからない何か」になっていた。

 下記Xのリポストは「駅前は朝の七時」にしてはまともだ。

 「減税は新自由主義の政策だ」というのが弊ブログの基本的なテーゼの一つだ。これも年初なので明記しておく。

 そういえばピケティは自著で「新財産主義」という言葉を使っている。「ピケティ 新財産主義」でググったらAIが下記の答を返してきた。

 

 

 「駅前は朝の七時」のこのあとのリポストがいただけない。

 

 

 上記Xに「駅前は朝の七時」は下記のXで反応した。

 

 

 高市、64歳なんだけどね。再来月には「前期高齢者」になる。2011年に54歳で総理大臣になった野田佳彦の3学年下でしかない。

 高市はいつ始めたのかはわからないが、明らかに(そしておそらくはサッチャーの真似をして)大ダイエットをやったし、「笑顔が怖い」と評されたかつての高市とは別人のような、目を三日月にした笑顔を連発している。明らかな作り笑顔なのだが、あれを「かわいい」と思う人がそれなりにいるらしい。高市の「イメージ戦略」にまんまとはまっているわけだ。

 安倍晋三が初めて総理大臣になったのは52歳になったばかりの頃だった。1979年のサッチャーは54歳で首相になった。「本家偽サッチャー」のリズ・トラスは2022年に47歳で総理大臣になった。

 高市といえばバブル絶頂期あたりからテレビによく出るようになって憎たらしい右派論客だった。その頃から私は高市が大嫌いだったわけだが、テレビに出る前には松下政経塾に5年間在籍していた高市はバブル世代よりもわずかながら上の年齢層の人間だ。民間企業での会社勤めの経験などはない。

 かなり早くからテレビに露出し、国会議員になったのも1993年(日本新党)と早かった割には40代で伸び悩んだのは、変節することが多い上、2002年にテレビ番組で田原総一朗に「無知で下品」と酷評されて悔し涙を流したエピソードに象徴されるように、嫌われ者のキャラクターだったことが大きい。高市の世渡り術は私の見るところプロ野球星野仙一によく似ていて、衆人環視の場(星野仙一ならマウンド上、高市早苗ならテレビ番組)で大向こうをうならせる一方、「ジジイ殺し」の手練手管で権力者(星野の場合や川上哲治ら、高市の場合は先輩の政治家たち)に取り入ってのし上がって行った。しかし選手としても監督としてもずっと上昇が続いた星野とは違って高市には1990年代後半から2000年代に試練があった。1996年の衆院選新進党から奈良1区に出馬して当選するも、新進党が負けると先頭を切って自民党に「一本釣り」され、これが公明党の激しい怒りを買った。高市は移籍に際して自民党との密約でもあったのか、次の2000年衆院選では楽な近畿比例ブロック名簿1位登載だったので労せずして当選したが、このようなインチキな当選の仕方が公明党の怒りに火を注いだのか、次の2003年衆院選ではコスタリカ方式によって奈良1区から出馬したものの、公明党の推薦を受けることができず、高市と同じ極右の民主党馬淵澄夫に完敗して比例復活もできなかった。この結果を知った私が祝杯を挙げたことはブログに何度も書いた。しかし高市は2005年衆院選(郵政総選挙)では奈良2区に「刺客」として立った。刺客を当選させることは小泉純一郎にとっては大事なことだったから、公明党高市の推薦に追い込まれた。この選挙は公明の推薦がなくても小泉側にいた高市が負けるはずはなかったと思うが、以後の選挙では高市公明党からの推薦を受けている。しかしそれにもかかわらず2009年には選挙区で負けて比例復活した。このあたりまでが高市にとっての試練の時代だった。なお、2009年衆院選の開票を速報を見ていた私は下記の記事を公開した。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

2003年の衆院選で落選した高市早苗までもが比例復活してしまったのは、高市の落選を計算に入れていた私にはショックだった。

 

 このように、一度は比例復活もできずに負け、さらにもう一度、比例復活はできたものの選挙区では負けた。そんな政治家よりも、加藤紘一の実家が焼けたことを笑いものにしたり、自らも映像に出てくる靖国神社の映画を検閲して公開を阻止しようとした当時の極悪にして極右の政治家だった稲田朋美の方が安倍晋三に可愛がられたのも当然だった。しかし稲田はその後少しスタンスを変えて極右人士たちの怒りを買った。それを看て取って晩年の安倍に取り入ったのが高市だったというわけだ。

 Xを見ていると、「高市さんは2021年の総裁選に出るまでは無名だった」などと書いた高市支持系の人間がいた。若い人たちの中には、高市の過去を全然知らない人が多いのだろう。

 この記事を書くために「高市早苗」でブログ内検索をかけたら、もののみごとに高市について好意的なことを書いた記事は一件もなかった。しかし、高市に言及しなかった時期が長かったことならあった。それが2017年のある時期から2021年の途中までだった。高市はその間無役だったわけではなく、2019年9月発足の第4次安倍改造内閣総務大臣を務めていたが、あまり目立たなかったようだ。それが2021年の総裁選に出馬した頃から再び目立つようになった。つまり今の若い人が「2021年までは無名だった」という感想を持つことにも一理あるわけだ。その頃の高市は「終わった人」扱いだったといえるかもしれない。高市が56〜60歳の頃だ。同じ総務大臣をやっていた2016年には「停波」発言で高市は散々に批判され、天敵の田原総一朗にもこき下ろされていたが、第4次安倍改造内閣時代には猫を被っていたようだ。だがその頃に高市は安倍に対して「ジジイ殺し」の本領を発揮していたらしく、2021年の総裁選では安倍派の応援を受けた。しかし高市自身は一時町村派(現在の安倍派)に属していたものの無派閥だった。高市は上昇志向だけは強いが、立民の泉健太のように地道な権力工作を続けて組織内を固めていく手法で代表にまでのし上がったやり方とは異なって、前述の星野仙一のように権力者に媚を売るやり方でのし上がって行った。スタンドプレーが目立つ人であるために、同輩たちが高市に心服しているとは全く思われない。こういう人の政権は崩れ始めたら脆いのではないだろうか。この間高市にコケにされた城内実なども、高市をどう思っているかなどわかったものではない。

 しかしその反面、高市政権支持率が高止まりしたら、立民、公明両党が「大政翼賛会」的な流れに流されてしまう恐れがある。

 ことに鍵を握るのは公明党の動きだ。これに関しても「駅前は朝の七時」はどうしようもないXをポストしている。

 

 

 それは共産と関係ないだろうと思ったら、お仲間にもそう言われていた。私の立場とはかなり違うけれど。

 

 

 自公連携が地方レベルでなかなか切れないことは地方選見てればよくわかる。たとえば東京でも昨年11月の葛飾区議選と同じタイミングで行われた葛飾区長選がそうで、自公が推した現職が勝ったはずだ。また伊東市長選でも自公は元職を推してたよな。

 しかし元職が負けた次の選挙になれば話は変わる可能性がある。何より自民党政治はもう賞味期限などとっくに過ぎていて自民党は崩壊過程にあり、公明党の連立離脱は高市が総理大臣にならなければもっと遅いというより自民党崩壊の最終段階にならなけれな起きないと私は思っていた。しかしその大きな歴史の流れに逆らって、麻生太郎を中心とした自民党の極右勢力が高市を無理やり総理大臣にしたことによって自民党崩壊の時期は早まるとともに、その崩壊の際のハードランディングによって日本社会が受けるであろうダメージを大きくしてしまったと私は考える。できるだけ社会に与えるダメージを小さくするには、昨年の自民党総裁選をフルスペックなんかにしないでもっと石破茂が主導して林芳正政権を誕生させなければならなかった。しかし年も明けてまでそんな泣き言を言っても仕方がない。

 It's no use crying over spilt milk.

 中学か高校で習う英語の諺「覆水盆に返らず」だ。その現状を受け入れた上で、最善の道を模索しなければならない。

 なにしろ高市政権はあまりにも危険度が強すぎるので、公明、共産の両党は「高市政権打倒」の一点で妥協する必要があると思う。昨年末の記事で「創共協定の再現」と書いたが、あれは松本清張(1909-1992)へのオマージュであって、今だったら創価学会など介さずに公明と共産党が妥協しなければならないことはいうまでもない。そしてその接着剤となるべきは立民しか考えられない。

 「そんなことできるわけない」と考えるのは凡人である。清張は熱烈な共産党支持者だったが、「そんなことはできない」とは考えなかった。だから「創共協定」のブリッジになれたのである。文春の編集者だった保守の半藤一利はおろか、あの極右の渡部昇一でさえ清張を愛読していた。

 

bookmeter.com

 

 今こそ清張に学ぶべき時だ。




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