大晦日の遅い時間帯になってしまいましたが、宮武嶺さんの下記記事にお答えします。
宮武さん曰く、
古寺さんの記事の趣旨は、共産党がリベラル・左派の支持を受けたいなら、
『自らの政党が「ブルーオーシャン」の人々から見限られないように党の権力主義的な性格を改めなければならない。』
ということに要約されます。
(中略)
そして、古寺さんが日本共産党の権力的、権威主義的な性格として特に問題にされているのが、民主集中制の制度の中でも「分派」を許さないことで、
『共産党が「ブルーオーシャン」を本気で獲りに行くための必要条件は、まず党の「分派狩り」体質を廃することだ。「分派狩り」以外にも共産党の権威主義的な体質の問題点はいくつもあるが、その中でも2021年秋以降の党勢衰退の最大の原因になっていると私が確信するのは「分派狩り」体質である。話はそれからだ。』
という末尾の結論に集約されるでしょう。
URL: https://raymiyatake09.hatenablog.com/entry/2025/12/29/232356
これはその通りです。
宮武さんのブログからの以下の引用に際しては、引用文の前に「宮武さん:」のみを付してURLは省略します。
宮武さん;
私は、分派を許さないことを含む民主集中制そのものが日本共産党の欠陥だと思っているので、実は古寺さんよりもさらに根本的に日本共産党の内部統制のあり方には問題があるという立場です。
了解。
宮武さん:
だから、「分派」が許されないというのは民主集中制から派生する現象面の問題で、より問題なのは民主集中制そのものだと思うのですが、今、リベラル・左派の良心的な市民の支持を得るために、分派を許さない規定を改定しろとか、まして民主集中制を見つめなおしてからにしろ、といっていたら、とても高市政権と対峙するのになんか間に合いません。
ここなんですが、2023年2月12日に弊ブログは下記記事を公開しました。
上記記事、現在ではともにXの閲覧者を制限していまことんさんおよび黒川滋さんのXを参照して、1964年から1991年まで日本社会党の規約に「民主集中制」の規定があったことを示しました。
続いて、加藤哲郎氏が日本大百科事典(ニッポニカ)の「民主集中制」の項に書いた解説文を引用しました。以下にその一部を孫引きします。
もともと歴史的には、民主集中制は、ロシア社会民主労働党(今日のロシア共産党の前身)が、1905年革命の過程で、党内のメンシェビキ派とボリシェビキ派を統一する原理として形成された。当時の西欧社会主義政党(ドイツ社会民主党など)は、おおむね「民主主義」を組織原理とし、ロシアの革命組織はツァーリ専制下の非合法秘密結社として「集権主義」的特徴をもっていたから、この1905年革命期の民主集中制採用は、ロシアの党組織における西欧風「民主主義」(指導部選挙制、党内公開討論など)導入を意味しており、1906年の両派合同大会で党規約にも明示され、ボリシェビキ派のレーニンはこの内容を「批判の自由と行動の統一」とまとめあげた。12年にメンシェビキとの分裂が決定的になり、17年の二月革命・十月革命のさなかでも、民主集中制は基本的に党内の「批判の自由と行動の統一」として機能した。
しかし、革命勝利後の内戦と干渉戦争のなかで、またソビエト権力における共産党(ボリシェビキ)一党支配の事実上の成立によって、民主集中制は第10回党大会(1921)の「分派の禁止」決議と結び付き、「一枚岩の党」「鉄の規律」「軍隊的規律」「上級の決定の無条件の実行」といった「集権主義」的契機を強調するものとなり、これがコミンテルンの「加入条件21か条」にも明記されて、各国共産党を拘束する組織原理へと国際化された。また、一党制による党と国家の癒着を媒介として、党のみならず労働組合など大衆諸組織の組織原理に、中央政府と地方行政組織など国家機構の組織原理に、また計画経済の運営原理や社会全体の編成原理へと普遍化されていった。1991年に崩壊したソ連では、憲法で民主集中制を国家組織原則として明記していた。
この概念が論争的であるのは、特殊にロシアの革命組織から生まれたものであり、その国際化の過程で「党内民主主義」を制限する集権的原理として機能し、1989年東欧革命で民衆により打倒された「現存社会主義」の国家・社会秩序を正統化する党派的色彩を帯びてきたからである。
[加藤哲郎]
URL: https://kojitaken.hatenablog.com/entry/2023/02/12/134417
私が注目したのは、1917年の二月革命・十月革命の頃には民主集中制は「批判の自由と行動の統一」という、まっとうそのものと思える理念として機能していたのに、1921年の第10回ソ連共産党大会で「分派の禁止」と結びついてしまったために「一枚岩の党」「鉄の規律」「軍隊的精神」「上級の決定の無条件の実行」といった「集権主義」的景気を強調するようになったという加藤さんの指摘でした。
これを読んだ私は、民主集中制そのものというよりは、ソ連共産党やかつてその影響を受けた時期があった日本共産党の「分派禁止」こそ問題の核心部なのではないかと思いました。しかも共産党と同じように民主集中制を規約に規定していた社会党では激しい路線闘争こそあって、1977年にそれに敗れた江田三郎が社会党を離党したことはあっても、江田は分派を作ったことによる民主集中制違反を問われて社会党を除名されたわけではないじゃないか、と思ったのでした。
それで、上記記事を書いた12日後の2023年2月24日に下記記事を公開しました。
上記記事に私は下記のように書きました。
実は当時の社会党は江田三郎ではなく江田の妻を除名するという嫌がらせのような処分を行ったのだが、江田三郎は除名しなかった。以下は私の推測になるが、それは当時の社会党の規約に「民主集中制」は書かれていても「分派の禁止」は書かれていなかったからではなかろうか。念のために1964年の同党の規約に「分派」の文字がないかを調べてみたが、やはり書かれていなかった。なるほど、こういうところに共産党と社会党の性格の違いがあったのかと大いに納得した。
(中略)
民間企業でも会社にダメージを与えるような行為が懲戒免職の対象になることはもちろんだが、党規約に「分派の禁止」を規定することが党運営に良い影響があるとは全く思えない。それどころかスターリンや毛沢東や金一族のような悪例ばかりが思い浮かぶ。
せっかく「宮本路線」でそれらの国とは違う道を選んで100年間生き延びてきた日本共産党なのだから、少しは柔軟な態度で議論していただきたいと思う。少なくとも「分派の禁止」が「民主集中制」の必然の要請かどうかくらいは議論されてしかるべきであろう。
URL: https://kojitaken.hatenablog.com/entry/2023/02/24/072519
この意見は今でも変わっていません。
宮武さん:
だから、「分派」が許されないというのは民主集中制から派生する現象面の問題で、より問題なのは民主集中制そのものだと思うのですが、今、リベラル・左派の良心的な市民の支持を得るために、分派を許さない規定を改定しろとか、まして民主集中制を見つめなおしてからにしろ、といっていたら、とても高市政権と対峙するのになんか間に合いません。
民主集中制はもう100年もやってきた仕組みなんですから、これは熟議しないと変更しえないもので、それこそ5年や10年では変更することは不可能なのだろうと思います。
だから、一刻も早く高市政権をぶっ潰せとおっしゃっている古寺さんが、共産党に分派狩りを止めるのが先決だというのは矛盾していると思うんですね。
前述の立論から、私は
「分派」が許されないというのは民主集中制から派生する現象面の問題
だとは全く思いません。なぜなら加藤哲郎氏が指摘する通り、1917年から1921年までは民主集中制に「分派の禁止」などくっついていなかったし、1964年から1991年までの日本社会党でも同様だったからです。
民主集中制はもう100年もやってきた仕組みなんですから、これは熟議しないと変更しえないもの
などではあり得ません。単に執行部が下から突き上げられる心配がないおいしい権力構造を維持したいだけです。しかも分派の禁止を伴う民主集中制の本家本元であるソ連共産党はとっくに滅亡してしまったじゃないですか。
現実には、そのソ連でKGBの人間だったプーチンの権威主義的独裁が今も続いているわけで、そのプーチンのロシアを厳しく批判する宮武さんが、日本共産党の「分派の禁止」には異常に甘いことは矛盾していると私は思います。「言葉に言葉を返す」みたいな乱暴な論法で申し訳ありませんが、正直な思いです。
続いて公明党論に移ります。
宮武さん:
そして、立憲民主党は公明党と組めとか、共産党は第2の創共協定を結べなどとも古寺さんは書いておられるのですが、公明党は創価学会がむしろ上位にある宗教政党で、その権威主義や反民主主義的性格は日本共産党の比ではありません。
白状すると、私の公明党観は2006年のブログ開設時と現在とで全然違います。かつては今の宮武さんと同様に強度の反公明・反創価学会でした。現在でも、1999年の自自公政権、翌2000年以降今年(もうすぐ去年になってしまいますが)2025年秋まで続いた自公政権で自民党の「下駄の雪」になった公明党の罪は万死に値すると思っています。
しかし江東区に移ってきたから、また特に山本太郎の元号新選組が結成されたあとでも、「本当に困った人のための政党」と一部から喧伝された新選組に東京下町の庶民は全然なびきませんでした。新選組の結党以前と変わらず共産党とともに公明党があてにされているんだなあと実感するようになりました。
公明党論と関連しますが、今回の議論で一番、「そうか!そこの思考パターンが違うのか」と思ったのが下記の論点でした。
宮武さん:
古寺さんはある政党を評価するときに、その構成員の体質や支持者の思想を重く見られる傾向がありますが、私はもっぱら政策で評価します。
この傾向はその通りです。私には社会や政治、歴史などの動きを初等物理学の力学のイメージで捉える癖があり、「土台が上部構造を規定する」の変形版みたく、支持層の志向に反した政策を政党の執行部が打ち出そうとすると、ある程度までは支持層はそれに追随するが、限度を超えた時には政党の分裂などの政局になると考えています。
このあたりの違いは面白いです。法律家と技術系の民間人の思考様式の違いかもしれないと思いました。蛇足ですが、私が弊ブログに「理系の学問に詳しい」などと書いているという誹謗中傷を某権威主義者のエピゴーネンと化したと思われる某人から受けましたが、私はアカデミーの人間でもなく学者はおろか科学評論家だの科学ジャーナリストだのの適性も持っていません。しかし社会や政治、歴史などの動きを初等力学のイメージでとらえると流れが理解しやすいことにブログライフを通じて体感するようになりました。
本当は下部構造のニーズに対応した政治(上部構造)になれば一番良いのですが、自民でも民主党でも執行部は支持層よりも右に偏るのが通例です。それをなんとかして下部構造に適合した政治を実現させたいというのが私の念願です。
支持層の意向と議員たちの動きの乖離が政変で解決したもっともわかりやすい例が2017年の「希望の党」政局です。あの時、民進党右派の国会議員たちが小池百合子と野合して希望の党を結党し、民進党内リベラル派や、保守派であっても「目の上のたんこぶ」に当たる野田佳彦のような政治家を「排除」しようとしましたが、民進支持層は「希望」一派への支持よりも「希望」から排除された政治家たちへの支持の方が厚かったので、「希望の党」に対抗して旧立憲民主党が立ち上がり、衆院選で民進保守系の大物を多く揃えた希望の党の議席数を上回りました。
また石破内閣の支持率もそうで、参院選に自民党が負けて安倍派が「石破下ろし」を始めると、却って石破内閣の支持率が上昇しました。これも、自民党の支持層には今でも高市早苗を支える「新自由主義右翼」よりも「伝統保守」の方が多いことを意味します。しかし彼ら「伝統保守」の自民党支持層は総裁が右翼の安倍晋三、菅義偉、高市早苗らであっても自民党の支持から簡単に離れないという厄介な性質があり、その結果として安倍や菅や現在の高市らは「伝統保守」の支持層を「人質にとる」形で政権を維持します。「伝統保守」が自民支持からなかなか離れないことが、自民党がなかなか分裂しない理由になっています。自民党が分裂するとしたら安倍派が冷飯を食わされ続けて新自由主義右翼が自民党から離反することによって自民党が分裂すること以外にあり得ないから、石破は粘れるだけ粘れと、私はブログ記事にこそ書かなかったものの本音ではそう思っていました。しかし石破が粘り切れず、高市政権が「爆誕」してしまいました。
ところがそれで支持層の志向と党の「連立継続」との方針との間に強いストレス(応力)がかかってしまい、公明党がそれに耐えられなくなったのが10月の「連立離脱」だったと私は考えています。
そうだとしたら、本来政権交代を目指さなければならない立民執行部がすべきことは、公明党を自らの陣営に取り込むことしかないというのが公明党の連立離脱のニュースに接した時に私が直ちに思ったことでした。
つまり公明党の支持層、特にその高年齢層が高市早苗の極右新自由主義政治など全然良いと思わないことが公明党の連立につながったと私は考えています。
ただ公明党には26年間も自民党と連立を続けてきた惰性力も働いていますし、高市内閣の支持率がいつまでも高止まりするようなら、中年齢層以下の支持層から「連立に復帰した方が良いのではないか」との意見が強まりかねないと危惧もしています。
一方、共産党がいくらい立民から票を奪っても、トータルの政権批判票のボリュームは変化しません。内訳が変わるだけです。立民支持層より保守寄りの層からも票を奪わない限りは高市政権打倒にはつながりません。
橋本健二早大教授の調査と分析によれば日本の有権者に「新自由主義右翼」は13.2%しかいないはずですが、現状では前述の通り「伝統保守」が高市に「人質」にとられ、今後の民民の動向によっては労組の一部までもが玉木に「人質」にとられかねない。そのように私はみています。しかし現在は公明が連立から離脱しており、これが不幸中の幸いになっています。
現状では高市政権存亡の死命を制するのは公明支持層の票です。年明け早々に三春充希さんがまた試算を発表するそうですが、高市政権打倒のためには政権批判側がいかに公明党を確実に取り込むかが、政局においては最重要課題だと私は考えます。
ずいぶん長くなりましたが記事も終わりに近づいてきました。
宮武さん:
分派狩りのことでいうと、松竹伸幸氏は除名した後の言動を見れば見るほど、あれは除名すべき人だったと思いますね。
しかし、それ以外のとばっちりを受けたような人については、神奈川県議の大山奈々子氏を筆頭に、日本共産党がやりすぎた面が確かにあると思います。
私は松竹信幸氏には必ずしも共感しませんが、除名すべきだったとは思いません。
ましてや大山奈々子氏を党幹部が名指しで批判した件など論外だと思います。
それに、問題は大山さんの例ばかりではありません。私が一番ひどいと思ったのは三重県の津市選挙区選出の県議と同津市議との件で津市議が離党に追い込まれた件です。あの件で無所属になった津市議に対して、共産党支持層のうち権威主義的な傾向の人たちが浴びせたSNSの発信は全くいただけませんでした。
繰り返しますが、30年以上前に歴史的審判を受けて滅亡したソ連共産党の悪弊を引きずる「分派の禁止」を止めることもできないようでは、共産党が「ブルーオーシャン」の支持を得ることはできないと私は信じて疑いません。それは既に歴史の審判で否定されていることなのですから。
今回の論点からは少し離れますが、宮武さんのブログ記事に寄せられたlavenderkunさんのコメントもいえていると思いました。
故不破哲三氏の「スマイリング・コミュニスト」路線は2010年代半ばまでは社会党(社民党)や民主党系がやらかした時に受け皿になれたことで一定の成功を収めたと思いますが、志位体制、特に2021年衆院選後に「分派狩り」路線を強めたことは大失敗だったと思います。
もっとも公明党が連立を離脱した時には、共産党の幹部級からもそれを評価する声があったと聞きますから、絶望するには至らないとは思いますが。
分派禁止の条項の削除も、そんなに急にできないのならできないでも最悪かまわないのです。現に「分派狩り」とみなされる処分さえ行わなければ良いのですから。
今回書きたかったことはだいたい以上です。
とうとう大晦日の午後11時になってしまいました。21世紀の第1四半期も間も無く終わります。宮武さんには返答が年内ギリギリになってしまって誠に申し訳ありませんが、特に今年は大変お世話になりました。ありがとうございます。2026年もよろしくお願いします。
弊ブログの読者の皆様も、良いお年をお迎え下さい。
ブルーオーシャンというのはマーケット用語で、「競合相手のいない未開拓市場」ということですから、残念ながら今の共産党にそれを勝ち取るスキルがあるのかどうかは疑問です
選挙に於けるブルーオーシャンだと、若者層は割と食い尽くされててすでに「レッドオーシャン化」してるという評価が多いです
投票率は低いのだから「棄権層」はブルーオーシャンと見做せますが、社会経験も見識もあって敢えて投票に行かない中高年・熟年層を共産が惹きつけることができるのか、、、
私としては、もし創価が嫌でも天理教とは関係を拡充するとか、谷口雅宣治下の生長の家(主流派)とはせめて対話できる環境を整備するとか、地道な組織力維持にも努めてほしいです