今度は読売の「一人勝ち」か。ついに最悪の日を迎えてしまった。とんだ罰ゲームだ。ヤクルトの交流戦最下位はほぼ確定的といえる。昨夜は嫌な予感がしたから報ステを見ないで寝たのだが、予想を超える凶報が待ち受けていたorz
『邪悪の星』でいうガク、ズシってやつかもしれない。
sumita-mさんのブログ記事より。
あきれてしまった。でも「父のキゲンは、巨人が決めている」ってことはかつてはあったし、現在もジャイアンツはそう思っているのか。思い出したのだけど、大学の先生が統計学かなんかの授業で、山谷で暴動が起きるのは巨人が負けた夜が多いといった。これが本当のことかどうかは現在まで確かめたことはないけど、もし本当なら、
東京の治安は巨人が決めている。
というコピーを使った方が、より巨人スゴイ感がでるんじゃないか。
でも、さらに「キゲン」を根本的に左右する問題として、夜8時50分過ぎになると否応なく野球中継が終ってしまうということがあった。だから、『太陽を盗んだ男』*1の沢田研二も、野球を最後まで中継しろと要求したのだった。まあそれ以前に(巨人以外の球団のファンにとっては)巨人戦に外の試合は(NHKを除いては)TV中継がなかったということが、根本的に「キゲン」を左右していたのでは?
URL: https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2025/06/20/164321
ああ、『太陽を盗んだ男』はそうでしたね。読売の相手は大洋ホエールズ。横浜スタジアムに本拠地を移籍したばかりの頃で、ホームのユニフォームも格好良かったけど、映画でテレビ中継に映っていたビジターのユニフォームも良かったです。「大洋」を選んだのが「太陽」との掛け言葉だったかどうかは知りません。
あの映画が公開された頃には神戸市に住んでましたが、兵庫大阪ではサンテレビの阪神戦中継もありました。横浜スタジアムの阪神戦もTVK(テレビ神奈川)からネットを受けた放送が流れてました。ハマスタでの最初の阪神戦も見ましたが、その試合は大洋が8点差を阪神に大逆転されて負け、阪神も打線は強いなあと思いました。しかし阪神はその月(1978年5月)のうちに9連敗するなどして球団史上初の最下位に落ちました。その1978年には読売がラジオ中継の権利をラジオ関東に独占させました。関西でもラジオ中継権の関係で、読売戦でも阪神戦でもない試合のラジオ中継が時々行われるようになり、ラジオ大阪などはバファローズ戦中継をメインにするようになりました(こちらはやや後年のことだったと思います)。あの頃からようやく読売(や関西では阪神も)以外に目を向ける人たちが増えたように思います。その年に日本一になったのがスワローズでした。日本シリーズの西宮球場で迎えた第5戦で、山田久志と梶間健一の先発でヤクルトが完勝して王手をかけるなんて誰も想像しなかったに違いありません。その前の日のヒルトンの逆転2ランは白黒テレビで見ました。そして舞台を後楽園球場に戻して大敗した第6戦も、阪急の上田利治監督が延々と抗議を続けた第7戦も同じテレビで見ました。
あの1978年が私にとっての本当の「プロ野球元年」でした。それ以前は紀元前みたいなものです。王貞治の756号は紀元前1年の出来事で、長嶋茂雄の引退は紀元前4年の出来事でした。
父の紀元じゃなくて機嫌はキョジンが決めるなんて、それこそ紀元前の話です。
そうそう、その1978年に読売があの「江川事件」を引き起こしたのでした。