疑問を感じた米山隆一のXがやっと出てきた。あやうく埋もれて見つからなくなるところだった。Xというのは刹那的だからどうしても好きになれない。だから私はブログに固執している。でもブログにもリスクはある。
宮武嶺さんが開設しているgooブログが終わるらしいが、ブログサービスには運営者がサービスを辞めてしまうというリスクがあるのだ。
ただ、gooブログの案内を読むと、他のブログサービスに過去の記事を移すサービスを行うとことで、移行するブログサービスの対象としてアメーバブログとはてなブログが挙げられている。
私は過去にFC2ブログを使っていたが、FC2もホームページのサービスを止めるという。しかしFC2はブログサービスを止めるとは言っていない。FC2はかつて "blog63" のサーバーが大きなトラブルを起こして私もその被害に遭った。同様の被害を『世に倦む日日』も受けたようだが、あのトラブルは本当にひどくて、結局最後まで完全には復旧されなかった。それと、トラブル以前からFC2と併用してサブブログにしていた「はてなダイアリー」の方がFC2ブログよりもずっと使い易かったから、徐々にはてなダイアリーの比重を増していた。そんなところへの大トラブルだったが、なにしろFC2の方がメインだったので、併用を続けながらはてなダイアリーの使用頻度を増やしていった。2012年以降ははてなダイアリーの方がメインになった。
しかし、はてなは2013年に「はてなブログ」という、はてなダイアリーとは仕様の異なるブログサービスを始めた。結局それが成功してはてなブログは生き延びたのだろうが、2019年までに「はてなダイアリー」のユーザーは「はてなブログ」への移行を迫られることになった。弊ブログは最後の最後まで移行のタイミングを遅らせたが、2019年1月27日付記事からはてなブログへ移行した。
はてなブログには簡易アクセス解析がついているが、それを見るとはてなブログに移行したばかりの頃は、移行以前のはてなダイアリーの記事ばかりGoogle検索に引っかかっていた。それもあって、これは更新頻度を上げなければ廃れてしまうぞと思った。はてなダイアリー末期の2018年には、ちょうど今の「減税勢力」(玉木雄一郎がその筆頭で、次いで山本太郎。でも玉木が突出している)と同じように、何を言っても安倍にフォローの風が吹く状態だったのでさすがにブログを運営する気力が大きく削がれて更新頻度も減っていた。しかし「はてなブログ」に移行したら急激に萎んでしまってはならないと少しばかり奮起して、衰えたりとはいえども一定のアクセス数をキープしたのだった。特に安倍晋三が再びの政権投げ出しをやった2020年は「はてなブログ」時代に入ってからはもっともアクセス数が多かった。安倍晋三が生きていた頃は、確かに安倍をめぐるプロとコントラの対立構図で論争が行われることが多かった。
何が言いたいかというと、ブログの移行を余儀なくされた時には、移行直後が大切だということだ。昔、他のブログサービスに移った途端に一気に衰退したブログを見て驚いたことがある。累積ビュー数6千万超の宮武嶺さんのブログがまさかそうなるとは全く思わないけれども、ブログのアクセス数の世界は指数対数の世界だから*1それだけは留意された方が良いと生意気にも書く次第。
私の宮武さんへのおすすめはもちろん「はてなブログ」への移行である。しかしながら移行サービスの対象のオプションがアメーバブログとはてなブログしか示されていないことには驚いた。以前運営を止めた他のブログサービスはもっと多くのオプションを提示していたのではなかったか。運営会社はアメーバがサイバーエージェント、はてなブログが株式会社はてな。どちらをより信頼するかの選択になる。私はアメーバブログはPC(mac)の画面で見ると美しくないなあと思うので、自らがユーザーであることもあって断固はてなをおすすめします。はてなの場合、どこやらからidコールとかが飛んでくる恐れはありますが、減税自体に反対したり、なにより民主集中制の分派禁止条項を批判したりしない限りは大丈夫でしょう。そういえばあれを差し止められないかを「はてな」に問い合わせることは、事情があって見合わせている。立花孝志の脅威などとは全く違うので、ま、仕方ないかといったところ。
やっと本題に入って米山隆一のXの件だが、私が疑問を感じたXは下記。疑問といっても「減税派」の人たちとは反対方向からの疑問ではないかと思う。
我が党の議論で「給付付き税額控除だって財源がいる!」という主張がありました。しかし、給付付き税額控除はその額を財政状況に応じて調整できます。一方消費減税を一度したら、財政状況に応じて元に戻す事は極めて困難で、危機に対応できません。一定の税収の確保は国家運営に必須のリアリズムです。
— 米山 隆一 (@RyuichiYoneyama) 2025年4月12日
「給付付き税額控除の額を財政状況に応じて調整する」のでは、税収が多い時には増額して、税収が少ない時には減額することになってしまわないか。
しかし、一般人向けの財政の本にも必ず書かれている「直接税のスタビライザー機能」は下記の通りだ。
以下引用する。
ビルトインスタビライザー
Built-in stabilizers
ビルトインスタビライザー(built-in stabilizers)とは、財政が結果的に経済(景気)変動を緩和する様に作用する(自動的に調整する機能を果たす)という意味の言葉。
例えば、累進課税制度は、経済が過熱気味の時には税金が増えることで景気を抑制し、不況のときには税金が減るので結果的に有効需要の減少を抑える働きをする。逆に社会保障制度(生活保護費の給付など)は富の再配分によって、不況のときには有効需要の減少を抑える働きをする一方で、経済が過熱気味の時には失業者の数が減っているので再配分は少なくなるので余分に景気を激することはない。
このような自動調整機能は、市場経済においても存在する。イギリスの経済学者、アダム・スミスが「国富論」の中で、市場経済の下では個々が己の利益を追求したとしても、市場の需要と供給のバランスが自然に調整されていき、最終的には社会全体にとって望ましい状況になる、と唱える。アダム・スミスの経済社会思想を表す言葉として、「神の見えざる手」とも呼ばれている。(ただし、アダム・スミス自身は「見えざる手(Invisible Hand)」という言葉しか使っていない。「神の」は後世の人間が付加したもの)
URL: https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-19711.html
上記に従えば、不況の時には税収が減る。対偶をとれば、税収が減っていなければ不況ではないことになる。そんな時に税収が増えているからといって給付額を増やしたりしたら、それは結局玉木雄一郎や榛葉賀津也らがいう「税収が増えているのだから減税しろ」という主張とたいして変わらないのではないか。もちろんその場合でも、給付の方が逆進性解消の機能がある分だけ減税よりはマシなのだけれども。
以上が私の素朴な疑問だ。
税制に関しては、普段あまり意見の合わないこたつぬこ(木下ちがや)氏に同意する。
税の仕組みってほんとうに複雑怪奇で、僕は門外漢だから昔からなにかあると財政学の人にいちいち聞いてついていけるかどうかという世界。昔金子勝先生に、「自治体財政を勉強すると、水道の配管からなにから行政の仕組みがわかるんだよね」と言われたが、行政の仕組みをわかった上でさらに金融やらなん…
— こたつぬこ🌾ネオ構改派 (@sangituyama) 2025年4月16日
全体像がなかなか把握できないのが税の仕組みではある。
だから、「私はこのように考えるかどうか」という素朴な疑問を書き記す次第。
なお、税の議論に限らず「肌感覚」は全くあてにならないことも書いておきたい。
たとえばバブル期においても人気のある職業が「狭き門」だったりはしただろう。
だから、人間の自然な心情だけで経済政策を決めてしまうとろくなことにはならない。その格好の例がバブル期の経済政策であって、何度も書くけれどもあの頃には「増えた税収は使わなければならない」式の強迫観念からバラマキ財政に走ってその後の不況期に使うことができたはずの税収を空費してしまったのではないかというのが弊ブログがずっとやってきた問題提起だ。
だが、私から見てそのような考え方をしているXの発信者は、くろかわしげる氏を筆頭としてほんのわずかしかいないように思われる。
そんなことで良いのだろうか。