また余計な悪口から始めるが、レバ子氏によるとbogusが政治に興味を持つようになった時にかどうか、社民党より共産党を選んだのは1998年のことだったという。
bogus-simotukareさんはソフトな日本共産党支持者で日本共産党を支持した理由がちょうど共産党旋風が一時的にあった98年ごろ社民党より共産党の方が強かったからと仰いました。その結果代々木の外注で他人を断罪し、代々木以上に人権を無視する権威主義者になった。ネットベリヤと言うべきか。
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年3月20日
あの頃の空気は私も覚えている。社民党と共産党が候補としてあった場合に共産党を選んだというのはごく自然だったと思う。しかしそこから「ネットベリヤ」(笑)になってしまうとは・・・(呆)
当時私は横浜市北部の市民で、住所の近くには文教堂書店とノジマがあった。後者は近年東京にも進出しており、去年は木場のイトーヨーカドー堂3階の店舗でベイスターズ日本一を祝っていた。さすがは神奈川発祥の家電量販店だなあと思った。
文教堂書店で不破哲三が書いた丹沢山塊北麓に建てた山荘と山登りに関する本をよく立ち読みしたものだった。労働者の党の指導者があんなところに山荘を持っているとは、と右翼がよく悪口を言っていたが、それはそんなものだろう。向坂逸郎も豪邸に住んでいたとの話だし、何よりエンゲルス自身がブルジョワだった。マルクスでさえ「俺をプロレタリアと一緒にしてくれるな」という意識を持っていたという。このあたりは労農派などには冷静に指摘する人がいる。共産党系の講座派だとマルクス、エンゲルスばかりかレーニンまで「神聖ニシテ侵スヘカラス」にしてしまっているから彼らに対する批判は「タブーに抵触」してしまうけれども。余談だが松尾匡で買えるのは彼が積極的なレーニン批判を行なっているところだ。このあたりが日本共産党とは一線を画している。しかし大病を患う前の彼の野心の強さは全くいただけなかった。山本太郎と強く結びついたのは松尾匡と山本太郎両者の権勢欲から出たもの以外の何物でもないと私はみている。現在の「日本版MMT」は私にとっては打倒の対象だからこちらとしても早く勉強を始めなければならないのだがなかなか思うに任せない。少し時間があるので本屋を当たってみようと思ってはいるが。
だから残念ながらbogusとやり合う時間は私にはない。もう歳だし。そのくせ悪口だけは書くが、それは向こうが散々絡んでくるからである。迷惑この上ない。何しろ、bogus以外の「はてな」のユーザーの方が私が運営するはてなブログ(共用ブログを合わせて3つある)にリンクを張って言及してくれても、bogusから大量に送りつけられるリンクだのidコールだのに埋もれて見逃してしまう恐れが非常に強い。bogusと私とは交点を持たないのだから止めてくれといっても、この種の人たちは常にそうなのだが止めてくれない。それならこちらからも悪口を一方的に垂れ流すが、それに対して向こうが「タイトルにもない俺の悪口を書いている」と怒り狂うのは理不尽千万としか言いようがない。bogusは先日私がやったのと同じようなことを年がら年中やっているくせに何を考えているのか。自分が見えていない人間の典型例だろう。記事のタイトルに"kojitaken"と書けば良いというものではない。他人に厳しく自分に甘い人間ほど醜いものはない。
正体見たり、枯れ尾花。自分はそういう主張したわけはない。自分はそういう事を言っていない。いつ言ったんだ!というと反論し、だけど自分は誰かの発言を切り取り、その部分を持ってバッシングする。キーボードで闘うためには、せめてもっと何が私と違うのか勝負するべきでは?是非お待ちしております
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年3月20日
これがいつものbogusの手口で、過去には宮武嶺さんが私淑する澤藤統一郎弁護士を激怒させたことがあった。それは澤藤弁護士が東京都知事選に立候補した宇都宮健児弁護士を批判したことがbogusの怒りを買ったからだった。弊ブログは当時澤藤弁護士の側に立って宇都宮氏を批判し、2014年の東京都知事選では白票を投じた。その後共産党自体が都知事選での宇都宮氏外しに加担し(2016年)、宇都宮氏は小池百合子と山本太郎らを相手に2020年都知事選に立候補したが、2016年には鼻をつまんで鳥越俊太郎に、2020年には鼻をつままずに宇都宮氏に投票した。もちろん宇都宮氏が澤藤弁護士に批判された件を忘れたわけではないが、「より少なく悪い」候補を選ぶのが選挙だから、2020年には宇都宮氏一択だった。私にとっては小池百合子も山本太郎も論外である。2023年以降の江東区の選挙(衆院東京15区を含む)での宇都宮氏の動きは大いに肯定的に評価している。昨年秋の衆院本選も、おそらく無理と知りながら最後まで一本化を目指されたものだろう。
なお最近bogusにターゲットにされた人としては広原盛明氏もいる。2004年の京都市長選に共産党推薦で立候補した氏は、近年は日本共産党に対する批判を京都から発信されている。
麻生太郎といえども全文掲載してから批判すべきですよ。全文を吟味した結果、もっと酷い失言だったというパターンは麻生太郎には多いですが貴方の場合は外注先にも信奉者にも気を使いながらブログを更新するために言論を歪めるのですね。是非お待ちしています。お望みならコメント欄に議論しに行きます
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年3月20日
麻生太郎の件が私のブログと関係するかどうかは知らないが、私はかつてメインにしていたFC2ブログで麻生太郎の「積極財政」を評価したことがある。2008年のことだ。当時はリーマンショックの影響で日本でも大不況だったから、積極財政を掲げる政治家を評価したのは私の立場から言って当然のことだ。このため、2008年に麻生政権が成立した時には私が麻生支持を表明するのではないかと一部では言われていたらしいが、そうはしなかった。政治は経済政策だけではないから当然である。なお麻生はのち財務大臣になった時に、財務省に最も簡単に言いくるめられた。2008年当時の麻生の「積極財政」は麻生が政局に利用したものにすぎないことが既に歴史的に示されているといえる。2008年は今とは比較にならないほど新自由主義に対する批判が強まった時期だった。竹中平蔵が2009年新春のテレビ番組に出た時「そんなに私は悪いのか」と銘打たれていた。そんな竹中が今では「増税派」つまり減税が足りない、イコール「万人の万人に対する闘い」の世を目指しているはずの新自由主義者としては物足りない、と経済軸上の極右から批判されるありさまだ。
こんな経済極右の暴風が吹き荒れている今現在に早期の解散総選挙なんかやってくれるなと私は強く思っている。今は石破自公政権にとっても野田立民にとっても共産党にとってもきわめて強い逆風の時期だ。呉越同舟を余儀なくされる。このことを反自公政権の真面目な方々にはよくご理解いただきたいと思う。選挙をやって当面得をするのは高市早苗であり、玉木雄一郎であり、山本太郎であろうが、果たしてそれで良いのだろうか。
話を戻して不破哲三の山の本の話で締めるが、本当に面白かった。ネット検索で少し調べたが、たぶん1993年に山と渓谷社から出版された『回想の山道』ではなかっただろうか。下記『読書メーター』の感想文を読んで思い当たる節がある。
この本にはレビューが2件しかついていないが、そのうちの1件はつい最近、今年の3月3日に登録されたものだった。
不破哲三は、確か体重が西暦の下二桁と同じになる、つまり年1kgのペースで増えてきているから、それを止めるためにも山行を再開したとかそういうことを書いていたように記憶する。別の本かもしれないけれども。
私が最初にヤビツ峠から塔ノ岳に登ってバカ尾根を降りるコースを歩いたのは1999年5月。それを歩けたら日本アルプスにも行けるというので初めて南アルプスに行ったのが同年夏。秋には八ヶ岳にも行った。そうそう、あの年の日本シリーズ第1戦、ダイエー対中日戦のラジオ中継を丹沢最高峰の蛭ヶ岳の山小屋で布団に潜って聴いていたが眠気に襲われて寝てしまって結果はわからなかった(下山後、工藤公康が完封してダイエーが勝ったことを知った)。あの当時は山の本で不破氏にはずいぶんお世話になったものだった。