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曽野綾子死亡

 曽野綾子が死んだらしい。享年93。老衰死だという。

 曽野については弊ブログでも、2011年までメインブログにしていた『きまぐれな日々』でも数えるほどしか言及していない。最後に言及したのは2017年3月だった。つまり完全に「過去の人」になっていた。2006年にブログを始める前には曽野が「嫌いな文化人」の筆頭格だったほど激しく嫌っていたが、19年前の時点で既に存在感を失い始めていた。2015年に公開した下記記事でも、当時既に曽野をまともに取り上げる気力が失せていたことを書いていた。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 記事の最初の方を再掲する。

 

 曽野綾子産経新聞コラム「アパルトヘイト肯定」問題については何も書いてこなかったが、これは私がこの人を「言及するするのも汚らわしい」ほど激しく嫌っているからである。だから、過去に引用文以外で曽野についてこの日記で取り上げたことは下記の一度しかない*1

 

上坂冬子死去 - kojitakenの日記

 

 今朝の新聞に、上坂冬子の訃報が出ていた。

 

 右翼文化人だったが、3年前に『文藝春秋』で靖国問題加藤紘一と討論して、ぐうの音も出ないほど一方的に論破されたことや(あれを記事にした文春も、右派メディアらしからぬことをするなあと感心した)、昨年の福田康夫辞任後の自民党総裁選選騒ぎが起きる前に『Voice』で三宅久之と対談し、三宅が自民党の人気回復策として総裁選で騒ぐことを持ち出した時に、「そんな低俗な方法しか残ってないんですか」と反応したことが思い出される(本当に福田康夫が辞意を表明して自民党が総裁選騒ぎを始めた時に雑誌が発売されて、政治評論家が言っていた三文芝居を本当にやらかした自民党には呆れ返ったものだ)。本人は大真面目なのだけれども、小説はともかくとして彼女の政治批評は底が浅かっただけに、どこか憎めない「愛すべきキャラ」の側面もあった。可愛げの全くない、冷酷非情な曽野綾子とは大違いだった。合掌。

 

 赤字ボールドの部分に、曽野に対する嫌悪感を表している。上坂冬子にはいくぶんかの許せるところはあったけれども、曽野綾子に対しては、はるかな昔からずっと、全的な拒絶の感情しか持っていないのである。

 

 だから、曽野の「アパルトヘイト肯定」のコラムも、曽野なら書きそうなことだし、産経なら平然とそれを載せてもなんの不思議もないし、それは汚らわしいことではあるけれども、あんなやつに言及する記事を書いておいた方が良いかと思う瞬間があっても、すぐに気力が減退して書く機を失い、今に至るのだった。

 

URL: https://kojitaken.hatenablog.com/entry/20150219/1424301302

 

 上坂冬子には無邪気さがあったが(彼女はある時期から今でいうネトウヨの類になってしまった人なのだろう)、曽野綾子には邪気があった。あれとキリスト教信仰とがどう両立できるのか、今に至るも不思議でならない。

 そういえば曽野の小説は一つも読んだことがないのだった。




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