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左派に対しては減税派主要打撃論を主張したいですね。自民党よりもタチが悪いのが減税派です。まず減税派と戦いましょう。(北守さんのX)

 今日は北守さん(藤崎剛人氏)の下記Xから始める。

 

 

 社民主義的観点からいえば、減税派と財政規律派の二正面をとるべきところ、現在の景気は緩やかな回復局面にあり、かつ欧米ほど激しくはないにせよ物価上昇が無視できなくなっている現状に鑑みれば、北守さんのいう「減税派主要打撃論」を取るのが妥当だろう。

 弊ブログも既に昨年12月13日の下記記事冒頭で「玉木・立花主要打撃論」を唱えた。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 「現時点では」とちゃんと限定をつけている。これが本当の不況期であれば、財政規律派主要打撃論になることもあり得るが、現在はその時期ではない。

 上記北守さんのXに、Dr.ナイフの下記Xをリンクしただけのコメントをつけた人間がいた。おかげでナイフのくだらないXを知った。

 

 

 「財政支出も見直せば良い」とか軽々しく言うなよ。だからナイフはネオリベだっていうんだよ。

 少し前(1月3日)の北守さんのXに遡る。

 

 

 

 

 私は本来機会平等論者だが、その機会平等のためにはかなりの程度の結果平等が必要だとの立場をとる。家に金がなくて十分な教育が受けられない人は、その人が本来発揮できたかもしれない能力を発揮できない一方、自民党(特に安倍派)のような無能な世襲貴族がでかい顔をしているようでは、気候変動や原発のリスクのような困難な課題を解決することなどできるはずもない。数年前に読んだ本に当てはめれば、現在のように処方箋を書くこと自体が難しい時代においては、スコットよりもアムンセンの南極探検隊のような「権力格差の小さい」組織が適している。そして私は、それを社会全体に拡張して考えている。権力格差云々については、読書ブログに公開した下記記事を参照されたい。

 

kj-books-and-music.hatenablog.com

 

 やるべきことがはっきりしていれば、日本共産党のような民主集中制や、かつての日本の企業のような上意下達のシステムが有効かもしれないが、現在はもうそういう時代ではないというのが私の意見だ。集合知が必要な時代に「分派狩り」に明け暮れる政党に未来はない。また民民の玉木雄一郎にせよ新選組山本太郎にせよ、党首の限界がそのまま政党の限界になっている政党もダメだ。その民民や立民の源流に当たる民主党は、当時の時流を鋭敏に反映した新自由主義政党だったが、それこそ野田Gのグループ名になっている「百花斉放、百家争鳴」の気風だけはあった。しかし今や軍師が「野田代表を後ろから撃っている。許せない!」と号令をかけただけで当選2期目の議員を一斉射撃するような気風になってしまった。こういう姿はいただけない。

 アムンセン隊にように全員が生き延びるためには、一人でも多くの人のポテンシャルを引き出す必要があるというのが私の思想信条であり、信念だ。その考えはもう19年近くもブログを書き続けてきて、ますます強固になった。そんな私をネトウヨごときが折伏(しゃくぶく)することなど不可能なのだから、承認されもしないコメントを、またしても別のリモホID経由で寄越してくるような無駄な抵抗は止めていただきたい。

 脱線しまくった。北守さんのXの紹介に戻る。

 

 

 「各人が出せる分を出し、各人が必要な分だけ取る」という文章を見た時、私もマルクスを連想した。「分派禁止」はレーニン1921年に言い出したことであってマルクス由来ではないと認識している。1903年に遡ることができる民主集中制そのものまでは、前から何度も書いている通り私は否定しない。しかし「分派禁止」条項は有害無益であって、レバ子氏が社会主義の分派である共産主義のさらなる一分派でしかないと書くマルクス・レーニン主義*1の政党がそれを党規約に規定していて、かつ2015年以後は「野党共闘」を提唱している。共産党はそれは党運営にのみ適用されるというが、かつての「社民主要打撃論」を思えば全く信用ならない。以上の理由によって、弊ブログは2015年以降共産党批判に舵を切った。現在、共産党を除名・除籍された人や、共産党内で執行部から名指しで批判された人たちだけではなく、一部の共産党員や支持者からも、分派禁止条項や分派狩りに対する懐疑ないし批判が強まってきたことを非常に心強く思う。私は野党共闘を否定しないが、それは小選挙区制の縛りがあるから必要に迫られて行うことだと位置づけている。つまり野党共闘ありきではない。それよりも、そもそもまともな社民主義政党が、党名に「社民」を掲げる社民党を含めて一つも存在しないことが切実な問題だ。

 それはともかく、「各人が出せる分を出し、各人が必要な分だけ取る」のが社会の理想的な姿であって、「減税」など「エリート・富裕層に寄り添った危険思想」だという北守さんの意見には私も賛同する。

 

 

 「給料袋の厚さこそ男の象徴」なんてマッチョイズムそのものだろう。私が新入社員だった1986年には既に給料袋なんかなかったけどね。例外的に最初の給与だけは袋入りでもらった。社員教育の意味があったんだろう。

 

 

 埋め込みリンクだと最後の文章が途切れている。Xは

持てる者たちによる世論ハックが成功している。

と結ばれている。

 この流れで、某軍師のリポストで知った下記Xが発信されたんだろうか。やっと合点がいった。

 

 

 民民の玉木分派。ありゃ「極中道」なんかじゃない。れっきとした「経済極右」だよ。

 そんな「経済極右」分派がさらなる大躍進を遂げかねない内閣不信任案なんか、野田佳彦は3月に出してはならない。昨日も書いた通り、不信任案が可決されたら石破茂がおめおめと総辞職なんかするはずがなくて、必ず解散総選挙になるから、今度は民民が小選挙区の壁さえ易々と乗り越えかねないのではないか。




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