以下の内容はhttps://kojikint70.hatenablog.com/より取得しました。


生涯二度目の参拝です~出雲大社~体力の衰えを自覚

 生涯二度目の参拝です。とはいっても、前回がいつだったか明確には覚えていませんが、ご本殿の修復工事の直前でしたのでもう20年近いのではないでしょうか。半年ぐらい前に思いつき、JALのチケットを購入していました。まだまだ先だと思っていましたがまぁ、年を取ると月日の流れは早いものであっというまでしたね。あと、飛行機に乗るのも、これまた、いつ以来か分からないくらい久しぶりでした。サプライズは後程。

 場所とか、ご祭神とかはご存じの方も多いと思いますので、爺さんが改めて書くことはやめて、HPを添付しておきます。詳しくはWEBで!

 

 

1.撮ってきた写真を添付します。詳しい説明は省略しています。


①勢溜の鳥居 大祭礼の日で、骨董市などが開かれていました。


 鳥居の脇から見える裏山、「弥山」。 登ることができるそうです。爺さんには無理。


②祓社


③野見宿弥神社(摂社)


④下り参道(行きはよいよい、帰りの上りが爺さんには辛かった)


⑤松の参道


⑥御慈愛の御神像


⑦水舎


⑧むすびの御神像

 

⑨銅鳥居


⑩拝殿(当社では二礼四拍手一礼です)


⑪八足門(やつあしもん)中に入れるツアーもあるそうです、知らんけど!


⑫東十九社


⑬釜社


⑭天前社(手前)、御向社(奥)


素鵞社((そがのやしろ)


⑯御本殿(正面はもちろん見られませんが、真裏は素鵞社の対面なので見られます)


⑰神楽殿(超ビッグな注連縄が有名ですね)

2.稲佐の浜

 せっかくなので、稲佐の浜まで行き、「国譲り」「国引き神話」ゆかりの弁天島を参拝しました。静かな波が打ち寄せる砂浜になんでこんな大岩があるん?

3.ご朱印

4.余談もろもろ

①体力の衰え
 前述の通り、下り参道の帰りの上りはちょっとキツかった。前回来たときはこんなことは感じなかったはず。1時間もあれば余裕で境内を回れると思ったが、途中で休憩を取りながらだったので、2時間弱かかった。ふーっ、しんど!

②保安検査所通過にあたふた
 何十年ぶりに飛行機を利用したが、羽田空港であたふた。事前に搭乗用二次元バーコードがメールで送られてきて、荷物預けがなければ保安検査所に直行し、バーコードを端末に読ませればOKとルンルンで、その場でバーコードを初めて開いてみたら「航空券番号を入力してください」というコメントが・・・。ひぇ~、えーと、えーと、あわてて自作のファイルを開いてなんとか入力し、無事通過。

 夜、ホテルであらためて確認したら、メールを受け取ったら事前に開いて認証コードなるものを入力し、バーコードをスクショしておくんだって!爺さんはそんなこと知るか!世の中に着いていくのも大変じゃ!

5.おまけ

 帰りの飛行機から撮った富士山です。

6.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただきありがとうございました。

特に内容のあるものでもなく、爺さん、まだ生きてたか、ぐらいに軽く流していただければ幸いです。

 次回はいつになるか全く分かりません。スミマセン。よろしく。

 

 

お伊勢参りに行って来ました~伊勢神宮~ついに行ったどーっ!(2)

 お伊勢参り2日目です。今日は、内宮を参拝し、おはらい町で美味しい昼食をいただき、別宮2社(月読宮、倭姫宮)に参拝する予定です。ただ、天気予報によると北風が強く、木枯らし一号が吹くかもとか。ひぇ~、アマテラスさま、どうぞお守りを!

 

 

1.内宮

①場所

 ここです。ご祭神は皇祖神であり、日本人の総氏神と言われる天照大御神です。


 伊勢市駅前から朝7時半ごろに路線バスで出発。8時を少し回ったころに内宮前に到着しました。バス停からすぐ目の前に大鳥居が見えます。逆光になっていますが、皆さん熱心に写真を撮っていました。

②参拝


 内宮の玄関ともいえる木造の鳥居の先は宇治橋、下を流れる五十鈴川の清流、ここに立つだけで煩悩まみれの爺さんの心身が洗われる気がしました。橋の両端に鳥居が建ってますね。


 案内表示にそって右手に行くと火除橋、その先右手に手水舎、さらに一の鳥居が見えてきます。ここから先はより神聖な領域になります。背筋を伸ばしてくぐります。

 まもなく右手に五十鈴川御手洗場があります。現在は手水舎で口や手を清めますが、昔は神社近くの川や湧水を使ったようです。石畳から川の水がすくえるので、ここで手水をすることもできます。


 さらに進むと、二の鳥居、その先に授与所、とても立派な神楽殿があります。


 さらに進んでいきますが、大きな樹々が素晴らしいです。まさに神宛ですね。


 そして、ついに正宮の前に着きました。テレビや写真で伊勢神宮と言えばこの風景が出ますよね。それが、眼前にあります!感動です!写真撮影は階段下までです。


 旅行誌〇〇ぶによれば、この社殿は2013年の式年遷宮で造営されたもので、一般の参拝は外玉垣南御門でおこなわれます。御垣内は何重もの玉垣が施され、中央に正殿が建っているようです。たしかに、参拝後、御門脇から垣内の一部を覗き見ることができるのですが、奥の方に鰹木の屋根がほんの一部だけ見えました。多分、あそこに天照大御神がいらっしゃるのかも・・・。

 階段の左手に巨石(籾だね石)や見事な石垣が見られます。こんな大きな石をどうやって運んだんだろうか。考えたら夜寝られなくなりそう。


④別宮

 〇荒祭宮

 天照大御神の荒御魂を祀るお宮です。でも、近くまで行けない見たい。


 〇風日祈宮

  風と雨を司る神で、元寇の際に神風を吹かせて国難を救ったと言われているそうで
 す。唯一、神明造の屋根からも格式の高さがうかがえます。


 参集殿で休憩の後、帰路に。神宮御料酒の展示があります。私は全くの下戸で、お酒は一滴も飲めません。他人に言わせれば、人生半分損をしているとか・・・。
それにしても三重県清酒でもこんなに種類があるとは。


 再び宇治橋を渡ります。まだ昼頃なので、参拝の方がぞくぞくお見えですね。
飛行機が飛んでいたので橋の上からパシャリ。いいなぁ~、どこへいくんだべか。


ご朱印


④おはらい町
 内宮参拝を終え、まだ10時ごろなのですが(内宮には2時間ほどいました)、せっかく伊勢に来たのでなにかうまいものでも食べようと、大鳥居から近くのおはらい町通りに行きました。

https://ise-kanko.jp/cms/wp-content/uploads/2022/07/MAP_Iseoharaimachi-okage_202206.jpg

 結局、牛肉系のお店で松阪牛の牛丼、伊勢うどんを食べ、腹いっぱいじゃぁ、余は満足じゃと思いながら通りの中頃(おかげ横丁との交差点)に行くと、なななんと伊勢名物の赤福、その本店があるじゃないですか。甘いものは別腹じゃと思いながら、つくりたての赤福をいただきました。つくりたてはあんこも一段とうまいし、おもちも柔らかい。あくまで個人の感想ですが、うまかいどーっ!!

 あっ、食い意地が張ってしまって、牛丼も伊勢うどん赤福も写真を撮っていません
でした。てへっ!


ついでですが、この銀行も渋いですね~。

2.次は別宮と思ったのですが・・・

    さて、内宮参拝も終え、腹ごしらえもできたので、次は月読宮と倭姫宮へ行こうと思ったのですが、実は赤福からの帰りごろから足が重たく感じていました。内宮で2時間ほど歩いたのが影響したのでしょう。別宮二社へ行くには内宮前からバスを何度か乗り降りし、距離もトータルすると結構歩きます。ちょと無理はできないなと思い、結局、内宮前からバスに乗り、いったんホテルに帰りました。

 2時間ほどホテルで休憩したのですが、まだ15時前で中途半端な時間です。やむなく明日予定していた月夜見宮つきよみのみや)へ行くことにしました。ここはホテルから片道徒歩10分弱で行けます。

3.月夜見宮

①場所

 ここです。

 こちらは外宮の別宮になります。ご祭神は月読宮のご祭神月読尊と同じ神様で、漢字が異なる月夜見尊です。一つの社殿で月夜見尊とその荒御魂を祀っているのが特徴ですね。

②参拝


 巨大な楠がそびえています。〇〇ぶによれば幹まわりが8m。凄い!


 和御魂と荒御魂の両方を祀る社殿です。


ご朱印

4.まとめ

 最終日は、新幹線の乗車券の関係もあるのでホテルでチェックアウト時間まで体を休めていました。そして、実は最後にもう一つ目的があったのです。それは、名古屋駅新幹線ホームで住よしのきしめんを食べること。知る人ぞ知る有名なきしめんのお店です。やっぱり並んでる! 再びのうまかいどーっ!!

 

 というわけで、一部予定通りいかなかった部分もありましたが、2泊3日の伊勢旅ができました。いつまで一人旅ができるか分かりませんが、またぜひ行きたいと思っています。伏見稲荷も行きたいし、太宰府天満宮も行きたいし、出雲大社もね。

 またいつになるか分かりませんが一つの旅ができたら記事を書きます。

 

 

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お伊勢参りに行って来ました~伊勢神宮~ついに行ったどーっ!(1)

  前回以来、10か月ぶりの記事を書きます。おぉ、爺さん、生きてたか?と思われた方もいらっしゃるかもしれませんね。はい、生きてますよ!
 しかしながら、この10月でついに後期高齢者の仲間入りとなってしまいました。この呼び方、好きじゃないですが事実だからね~。
 今年は、運転免許証の更新のために認知機能検査を受けたり、去年に続いて大腸ポリープの摘出手術を受けたり、健康保険証が後期高齢者医療保険被保険者証とベタな名称になったりで、こうやってだんだん世の中の片隅に追いやられていくんだなぁと実感しています。(意見には個人差があります)
 こんなことを、チコちゃんに叱られるほどボーッと考えていたら、思いついたんです。そうだ、お伊勢参りに行こう! 体力、資金力とも年々落ちていくのは明白だし、一生に一度はお伊勢参りと言うし。というわけで、11月6~8日で行って来ました。

 

 

1.参拝順序(予定)

 市販の案内誌によると、宿泊するならお伊勢様の前に二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)を参拝すると良いと書いてあったので、とても素直な性格の爺さんはその通りにしようと思いました。

 6日 二見興玉神社、外宮
 7日 内宮、おはらい町、別宮(月読宮、倭姫宮
 8日 別宮(月夜見宮

2.二見興玉神社

①場所

 ここです。
 宿泊が伊勢市駅前のホテルでしたので、駅前からの路線バスで約50分でした。

 昔から、伊勢神宮参拝の前に二見浦で沐浴をし身を清める習慣があったようで、
今でも伊勢神宮の前にここを訪れる方が多いそうです。ご祭神は猿田彦大神です。

 詳しくはHPで。

②参拝

 夫婦岩が有名ですね。この日はとても風が強く、波も結構高かったです。

3.外宮

①場所

 ここです。ご祭神は天照大御神の食事を司る豊受大御神です。

 伊勢市駅前から外宮参道を徒歩10分ほどで表参道入口に着きます。私は二見興玉神社からの帰りのバスの外宮前バス停で下車しました。参道入口のすぐ前です。逆光なので少々写真が見づらいですね。


②参拝


 表参道火除橋手前にご由緒板、橋の左先に手水舎、奥には鳥居(一の鳥居といっていいのかは分かりませんが・・・)です。


 最初の鳥居の先、ほどなく二の鳥居が見えてきます。そしてその先が神楽殿で、こちらでお札、お守り、ご朱印などをいただきます。神楽殿の先には令和15年式年遷宮敷地があります。遷宮は20年に一度行われます。


 そしていよいよご正宮です。写真撮影は鳥居の前までです。御垣内は一切撮影禁止です。案内誌によれば、外玉垣南御門(一般の参拝所)の奥にさらに二重の玉垣があり、豊受大御神のいらっしゃる正殿はその一番奥のようです。とても拝謁することはできませんね。

 火除橋近くのせんぐう館では模型などの資料を見ることができ、その見事さに圧倒されます。こちらも内部は撮影禁止なので写真はありません。


③別宮
 風宮、土宮、多賀宮の三社があります。多賀宮は長い石段を上るので石段手前で失礼させていただきました。


 順番が変になりましたが、念のため伊勢神宮のHPも貼っておきます。

ご朱印

 いたってシンプルなご朱印です。

4.まとめ

 最初の日はここまでとし、2日目以降は次回とします。ていうか、久しぶりと年齢のせいか、記事を書くスピードが格段に落ちてしまいました。最終日まで一気に書くエネルギーがありません。

 長年の念願だったお伊勢参りを果たしたのですが、いざ文字にするとその感動を表す語彙を持ち合わせていなかったことを痛感しています。ん~、もっと本を読んでおくべきだったかも・・・。

 

 

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古事記の神様と神社・ご近所編Part4(1)~穴八幡宮~一陽来復御守

 皆様、ご無沙汰しております。前回の記事更新以降、行動範囲がほぼ柏市内でしたが先日(1月12日)、ひさしぶりに電車に乗り東京へ出かけてきました。そうだ、早稲田に行こう、と瞬間的に思いつき八幡宮に参拝してきました。
 ご存じの方も多いと思いますが、同神社では毎年冬至から節分までの期間中、「一陽来復御守」というお守りが頒布されます。

 私も過去3度ほど参拝し記事も書いていますので、今回はいたってシンプルにしました。

 

▼ 東京メトロ東西線早稲田駅から地上に出て、神社までは一本道です。
 正面参道鳥居、鳥居の柱を支える特徴的な亀石、すぐ後ろ脇に流鏑馬像があります。


▼鳥居をくぐり、階段を上ると隋神門、そして境内に出ます。境内の奥がお守りの授与所になります。平日の昼頃なのですが隋神門を囲むようにまで行列ができていました。みんな、ほかに行くとこないんかぁーい。お前もな!


▼ 黒塗りの拝殿はシックで重厚感がありますね。


▼今回いただいた一陽来復御守です。


▼当社HPと過去記事です。

 

 

▼稚拙な記事ですが、Part4としてあらたにスタートします。頻度は全く分かりませんが

ご覧いただけると幸いです。

 

 

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古事記の神様と神社・ご近所編Part3(100)~柏神社~神社巡り200社達成!

 今回をもって、神社巡り200社(厳密には、参拝200回)を達成しました。200回目をどこに行こうか考えましたが、結局、地元の柏神社になりました。当神社の参拝は、2018年10月に神社巡りを始めて以来、今回で9回目となります。2021年以降は年間2回(年始と年末)、必ず参拝に行ってました。
 今回は写真や記事も最小限にしてあります。

 

 

1.場所

 ここです。

2.過去記事

 直近3回分を貼っておきます。

 

 

3.参拝

 今回の参拝で撮った写真です。

▼鳥居


▼手水舎


▼拝殿


社務所


▼ご神木

4.ご朱印

 数種類あるなか、迷った末に結局ド定番。

5.参拝記録

 冒頭申し上げた通り、2018年10月から神社巡りを始めて以来、今回が参拝200社になりました。下記リストでは同一神社を複数回参拝した場合でも複数社としてカウントしています。この意味では、厳密には参拝200回になります。

 ▼2018年~2020年

▼2021年~2023年

6.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございます。
 
 神社巡りを始めて以来、ひとつの目標であった参拝200社を達成しました。これもひとえに、たいして面白くもないであろう記事を毎回読んでいただいた多くの皆様のおかげと感謝申し上げます。<m(__)m>

 さて、今後ですが神社巡りは続けたいと思っていますが、参拝回数の目標は定めません。ブログの更新ペースも今までよりダウンすると思います。来年には後期高齢者の仲間入りとなりますので体力を考慮しながらになるでしょう。(もちろん、資金もね!)数か月に1~2回ぐらいになるかも知れませんが、引き続きよろしくお願いします。

 

 

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古事記の神様と神社・ご近所編Part3(99)~朝日稲荷神社~本殿はビルの屋上!

 宝童稲荷神社の参拝を終え、再び参道案内のお猿さんがいた道に戻り、松屋通りに出ます。そこから銀座三丁目交差点方面へ進み、朝日稲荷神社を目指します。

 

 

1.場所

 ここです。

2.ご由緒とご祭神

 創建不詳。古くから当地に鎮座し崇敬を集めてきたが、1855年(安政2年)の安政の大地震で三十間堀に埋没し、1917年(大正6年)の高潮災害による御神体の露呈・発見と奉安、1923年(大正12年関東大震災に伴う転地を経て、銀座3丁目町会が奉斎するところとなった。戦災を経て再建した後、1983年昭和58年)に隣地の「大広ビル」改築に伴い、共同ビルを建築するに至った。(ウィキペディアより)
 ご祭神は稲荷神の倉稲魂命です。

 
    当社HPはこちら。

3.参拝

 銀座三丁目交差点の先に朱色の幟が見えてきます。ビルの屋上にも幟の先端が見えてますね。

4.拝殿

 歩道に面して拝殿が建っているので眼前すぎて見えない箇所が、道路を挟んだ向かい側から見ると良く分かります。拝殿の前のテントは八丁巡りの準備でしょうか。
 1階、2階は吹き抜けになっており、なぜか、外壁にパイプが設けられています。

5.本殿

 本殿は当ビルの屋上にあります。拝殿は1階本殿は屋上、そして拝殿と本殿をつないでいるのがなが~いパイプ、ということのようです。1階の拝殿での参拝の際の音がパイプを通じて屋上の本殿にまで届く仕組みとのこと。なかなかシャレオツですね。
 本殿へは拝殿左側にある当ビル入口のエレベーターを使います。


▼8階に着きました。右手に本殿への案内、左手が社務所になっています。


▼外階段で屋上へ上がります。銀座のビルの屋上に上がるなんて初めてや~。おぉ!本殿の脇に出ましたよ。


▼水盤もあります。稲荷神社なのに社紋が三つ巴とはWHY?


▼逆光になってしまいましたが、本殿です。


▼壁にスピーカーが。なるほど、ここから拝殿の音が聞こえてくるわけね。


▼屋上から見た銀座の景色。ビルだらけや~。

6.ご朱印

 先ほどの8階に戻ってご朱印をいただきました。

7.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 冒頭申し上げた通り、私は銀座へは4年に1度ぐらいしか行っていません(オリンピックかっ!)。私にとっては4年に1度でも用事があるのは凄い、とも言える・・・。
そんな銀座の珍しい神社をお参りできたことはとてもうれしいことでした。八丁神社めぐりができるかどうかは別として、またいくつか巡れたらいいかな。
 それにしても、ご存じの方はお分かりと思いますが、地下鉄銀座駅の複雑なことにはびっくりポンでした。まるで迷路や!トイレを探すのも一苦労。これじゃ年寄りは間に合いません!それでも皆さんスイスイ歩いてる、東京の人は凄いねぇ~。

 

 

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古事記の神様と神社・ご近所編Part3(98)~宝童稲荷神社~日本一狭い参道?

 東京のど真ん中と言っていいでしょうか。「銀座」という一帯がありますね。多分、私は生涯で10回まで行っていないと思います。なぜなら、理由は簡単です。私にとっては特に用事がない街だからです。そんな銀座で、「銀座八丁神社めぐり」というイベント?があることを知りました。詳細は後述しますが、今回はその対象となっている神社二社に行ってきました。まず、一社目は銀座四丁目にある宝童稲荷神社(ほうどういなりじんじゃ)です。

 

 

1.場所

 ここです。

2.ご由緒とご祭神

 後述する、おみくじクリアファイルに入っていた縁起です。

 江戸時代初期が創建のようですね。
 ご祭神は稲荷神こと、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)です。古事記では宇迦之御魂と書かれています。

3.参拝

 東京メトロ日比谷線銀座駅B2出口から地上に出ました。ひぇ~、ここが銀座かーっ、左を見たら三越が、右を見たらグッチが。すでにここでお上りさん状態。


 グッチの角を右折するとまもなく、左側歩道脇に猿の彫刻?が。どうやら宝童稲荷の参道の案内のようです。


▼案内された方向を見るとビルの谷間の狭い路地が。えーっ、これが参道?!
確かに、先には朱色の鳥居らしきものが見える。


▼参道出口には金属製の鳥居でしょうか、そしてその足元にまたまたお猿さんです。

4.拝殿

 狭い参道を抜けると目の前に社殿というか、拝殿ですね。

5.ご朱印

 社殿前にてセルフ方式です。紙幣ケース「ふくろのきつね」に書置きのご朱印が入っています。

6.おみくじクリアファイル

 珍しいのでついいただいてしまいました。中には上述の縁起が書かれている紙が入っています。

7.銀座八丁神社めぐり

 毎年11月1日から3日に開催されるスタンプラリーだそうです。私は初めて知ったのですが、人混みが苦手な爺さんなので、少しばかり先取りして二社をめぐりました。

 詳細はこちらです。

8.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 ところで、どうして銀座にはこんなに多くの稲荷神社があるのでしょうか?
ご存じの方も多いと思いますが、「稲荷」とは稲のイがナルからきており、ウカノミタマのウカとは食物の「ウケ」の古形で、特に稲霊を表すと言われています。つまり、ウカノミタマとは、稲に宿る霊ということになります。
 当初は農業の神様として信仰されていた稲荷神が、江戸時代になると商売繁盛の守り神とされるようになり、商業の町として栄えた銀座に多く祀られたということのようです。ちなみに、キツネは神様ではなく、神様のお使い、つまり眷属です。

 次回はもう一社の話です。

 

 

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古事記の神様と神社・ご近所編Part3(97)~氷川女體神社~武蔵国一宮

 律令国で最も格式の高いとされた「一宮、または一之宮、一の宮」と言われる神社がありますね。原則は一国一社なんでしょうが、現在の行政区分と合わせてみると、当然の話ですが複数の一宮が存在する都道府県があります。例えば、私の住む千葉県では4社(香取神宮玉前神社安房神社洲崎神社)あります。(香取、玉前は参拝済)
 今回訪れたのは、埼玉県(武蔵国)に2社ある一宮のうちの1社の氷川女體神社(ひかわにょたいじんじゃ)です。

 

 

1.場所

 ここです。

2.ご由緒とご祭神

 創建は第十代崇神天皇の御代(在位BC97年~BC29年)と言われています。いやはや、2000年以上も前ですね。実際は奈良時代に建立されたという説もあるようです。いずれにしろ中世以降は武士の崇敬が篤く、北条氏や徳川氏からの多くの奉納品や歴史資料を所蔵していることから、現代でも「武蔵野の正倉院」と称されているとのこと。但し、所蔵品は一般公開されていません。見たいのに残念ですよね!見せてよ!
 ご祭神は奇稲田姫命です。
 さいたま市大宮区にある一宮氷川神社と当社は対をなしているもので、前者が男体神社で、当社が女体神社ということです。

 当社のHPは見当たりません。一宮なのにないの? 作った方がいいんじゃない?

 
 一宮氷川神社の過去記事はこちら。

3.参拝

 今回は、当社が最寄駅からも少しばかり離れていることもあり、マイカー(自称ベンツ、実はアクア)で行きました。隣接する見沼公園からは氷川女體橋という朱色の橋を渡るとすぐ目の前が当社になります。


 階段があり、上に鳥居が見えます。


▼鳥居をくぐると右手に手水舎です。ちょっと珍しい形をしてますね。


▼正面に拝殿ですが、ん~、狛犬が見当たりませんでした。いないのかな?

4.拝殿

 現在の社殿は寛文7年(1667年)に、4代将軍家綱の命により建築されたと言われています。埼玉県の指定有形文化財になっています。

5.本殿

 拝殿脇から本殿が見えます。落ち着いた朱色がいいですね~。

6.境内社

▼社殿裏に多くの境内社があります。


▼石上神社


▼坂東神社


住吉明神


▼天神松尾合社


▼今宮神社


神明社



竜神

 

7.その他境内

▼ご神木 大きなコブがクマの顔に見えるとか、見えないとか。あなた次第です。


▼道標


▼力石



▼石灯籠 文化十年かな?



▼神楽殿


▼参集殿


社務所

8.ご朱印

9.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 大宮の氷川神社と対になる一宮ということでしたが、規模が全く違うし、正直、比較にならないのではと感じました。(比較する必要がないとも言える)大宮は参道が2キロもあったり、境内は途方もなく広かったりします。
 確かに歴史的には崇神天皇御代はともかく、古いことは確かなようですが、せっかく正倉院並みに所蔵している品々があるのであれば、ぜひ公開していただきたいと思った次第です。(意見には個人差があります)

 

 

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古事記の神様と神社・ご近所編Part3(96)~駒込天祖神社~頼朝が祀ったのが始まり

 さぁ、富士神社を出て、さらに信号一つ分南下し、次は駒込天祖神社に向かいます。ここもとても歴史ある神社で、なにしろ、あの大泉洋、じゃなくて源頼朝が祀ったのが始まりだとか。地元の皆さんの信仰も厚いようです。

 

 

1.場所

 ここです。

2.ご由緒とご祭神

 江戸時代には駒込神明宮と称され駒込の総鎮守として信仰を集めた社である。社伝によれば、文治五年(1189年)源頼朝が奥州藤原泰衝追討の途次、霊夢に感じ家臣籐九郎盛長に仰せ其所を探させたところ、老松に大麻がかかっており、此を見て神霊の効験を喜び、その松の辺りに神明宮を建立したのが神社の起源と言われる。その後、中絶して宮守もなく神木の老松の下に小祠のみありしを、慶安年中(1648~1659)堀丹後守利直再興ありし、と伝えられている。(当社HPより)
 ご祭神は天照皇大神天照大御神:あまてらすおおみかみ)です。


   当社HPはこちら。

 

 アマテラス関連の過去記事は多くありますが、今回はこちら。

3.参拝

 では、参拝しましょう。富士神社入口交差点から、ひとつ南の文京九中入口交差点に行くと左折する道の入口に案内板が立っています。


▼そのまま真っすぐ進むと前方に神社らしき風景が見えてきます。


▼大鳥居が見えてきました。社号碑が石柱ではなく、岩そのものです。これは珍しい。


▼やや長い参道の終点右手に手水舎があり、ちょっとばかりキモかわいい狛犬が迎えてくれます。奉納年月が確認できませんでしたが、この型は江戸時代?知らんけど!

4.拝殿

 正面に拝殿です。幾度かの再建を経て、現社殿は昭和20年(1945年)戦災で焼失したものを昭和29年(1954年)に再建したものだということです。

5.本殿

 拝殿脇から裏へ回れます。

6.境内社

▼三社合祭社

▼鎮火稲荷神社

7.その他境内

▼亀石


▼ご神木


▼神楽殿


社務所

8.ご朱印

9.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございます。
創建は、頼朝の奥州藤原氏追討の時代まで遡るとは、いやぁ~凄いですね。文京区という都心にありながら多くの緑に囲まれ、ここだけ空気感が違う気がしました。

 駒込駅周辺4社を紹介してきましたがいかがでしたでしょうか。まだまだ都内にもいろいろな神社がありますね。

 

 

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古事記の神様と神社・ご近所編Part3(95)~駒込富士神社~江戸期富士信仰拠点

 さて、次は来た道を駅方向へ逆戻りして駒込富士神社(こまごめふじじんじゃ)を目指します。

 

 

1.場所

 ここです。

2.ご由緒とご祭神

 本郷村の名主が天正元年1573)、現在の東京大学の地に駿河の富士浅間社を勧請したことにはじまる。寛永5年(1628)加賀前田家が上屋敷をその地に賜るにあたり、浅間社を現在地に移した。拝殿は富士山に見立てた山の上にあり、江戸期の富士信仰の拠点の一つとなった。(文京区観光案内より)
 ご祭神は木花咲耶姫(このはなのさくやひめ)です。

 当社HPは見当たりませんでしたので、文京区観光案内をご覧ください。


 天孫降臨したニニギとコノハナの出会いはこちら。

3.参拝

 妙義神社から駒込駅方面に戻り、駅を通り過ぎて10分強ぐらい歩くと、富士神社入口という交差点に着きます。ここを左折するとすぐ、鳥居の前に出ます。


 鳥居をくぐると真っすぐな参道です。奥に階段が見えますね。
階段の手前に手水舎があります。残念ながら水盤に書かれた文字が読めませんでした。


▼階段の前には、上らずとも参拝できるように参拝所が設けられています。上って分かったのですが、拝殿前に賽銭箱はありません。ということは、ここで賽銭を上げてから上るということみたいです。私は、帰りにお賽銭を上げました。


▼ 階段の周囲を見渡すと、いろいろな石碑等があります。富士の溶岩で作った富士塚だという話や、そもそもここは古墳だったという話まであるそうですが、いずれにしろ当時の人たちの信仰の厚さの表れなんでしょうね。いや、凄いです!


▼階段を上り切ったところに二の鳥居です。裏から撮っています。

4.社殿

 白いコンクリート造りの社殿がひっそり建っています。


▼後ろに回ると本殿が見えます。

5.境内社

 社殿脇の広場に二社ありましたが、詳細は不明です。

▼小御嶽社


▼曽我御霊社

6.ご朱印

 当社は普段は無人のため、ご朱印は次に訪れた駒込天祖神社でいただきました。
「奉拝」ではなく、「登拝」になっていますね。なるほど。

7.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

江戸期の富士信仰は、現代人が考える以上に厚かったことが形で残っている貴重な神社だと思いました。例祭など、定期的に行われる催事があるようですが、普段は無人であることがちょっと残念でした。

 

 

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古事記の神様と神社・ご近所編Part3(94)~妙義神社~戦勝の宮

 大國神社を出て今度は妙義神社(みょうぎじんじゃ)に向かいます。駅前の通りを道なりに北方面に進むだけですので、とても分かりやすいです。

 

 

1.場所

 ここです。

2.ご由緒とご祭神

 伝承によれば、日本古代史における伝承上の英雄日本武尊ヤマトタケルノミコト)が、当時東国にいた民族である蝦夷を討つために東征した際、この妙義神社がある場所に陣営を構えたと伝えられています。人々は、御威徳慕い尊びまつりこの地に社が建てられました。日本武尊が白鳥に生まれ変わり飛び立ったという伝説から、白雉(はくち)2年(651)5月12日、白鳥社と号しました。豊島区内では最古の神社として伝えられています。(当社HPより)
 その後、室町時代の武将である太田道灌(最初に江戸城を築いたことで有名ですね)が、幾度かの戦いに赴く際に当社で戦勝を祈願し、それぞれすべて勝利を収めたことから当社は当時から「勝負の神様」「戦勝の宮」と呼ばれ、人々から信仰を集めたと言われています。
 ご祭神は日本武尊古事記では倭建命)です。

 
 当社HPはこちら。


 ヤマトタケルの東征の始まりはこちら。

 

3.参拝

 では、参拝しましょう。駅前の通りを5分ほど北上すると、神社近道案内の旗が立っています。こりゃ有難い。そこの路地を進むと鳥居の前に出ました。


 鳥居をくぐり階段を上がると左手に手水舎があり、右手奥に社殿が見えます。令和二年に境内整備が行われたということで、目にするものすべてが新しいですね。

4.拝殿

 令和2年に竣工した社殿で、扁額には「勝軍宮」とあります。そして、左右の昇り龍、下り龍の彫り物は見事ですね。

5.本殿

 拝殿脇からよく見ることができます。

6.境内社

▼道灌霊社 狛猫とは珍しい!

7.その他境内

▼銭洗弁財天


▼厄辰石


社務所

8.ご朱印

9.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 社殿をはじめとして境内がすっかり奇麗に整備されていました。これはこれで素晴らしいことなのですが、個人的にはヤマトタケルを感じさせるような何かが欲しかったなと感じながら帰ってきました。(意見には個人差があります。)

 

 

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古事記の神様と神社・ご近所編Part3(93)~大國神社~徳川家斉も参拝した!

 東京都の神社情報をいろいろ見ていたら、JR駒込駅から徒歩圏内に数社の神社があることが分かり、天気が良い日を見計らって行ってきました。全部で4社巡りましたので、順次記事を書いていきます。
 まず、今回は大國神社(だいこくじんじゃ)です。

 

 

1.場所

 ここです。

2.ご由緒とご祭神

 天明3年(1783年)、宮司さんのご先祖が現在地にお祀りしたもので、明治12年(1879年)、神社としての形を整え現在に至る。氏神様をお祀りする神社ではなく、個人的な信仰対象として大国主命大己貴命)をお祀りする崇敬神社だとのこと。
 HPによれば、江戸時代には11代将軍家斉公や、幕末には新門辰五郎なども参拝しているとのことです。
 
 当社HPはこちら。

3.参拝

 JR駒込駅北口を出ると通りを挟んで対面に鳥居が見えますので、迷うことなく行けます。いや、迷いようがない。
 この石鳥居は昭和26年(1951年)建立です。


▼門扉には打ち出の小槌の標章が。これが社紋なんですね、なんか、カワユイ!


▼鳥居をくぐると左手に手水舎、すぐ目の前が拝殿、そして拝殿前には狛犬


昭和15年(1940年)奉納の狛犬です。戦前のものが奇麗に保存されていますね。
台座にも打ち出の小槌が刻んであります。



4.拝殿

 社殿は、平成23年に(2011年)に再建されたコンクリート製です。

5.本殿

 一旦、境内の外に出るとよく見ることができます。

6.その他境内

▼キノエネ献燈
 当社では60日に一度の「甲子の日(きのえねのひ)」に甲子祭が行われるそうです。


▼10円のおみくじ販売機


▼絵馬  このうさぎは因幡の白兎か?


社務所

7.ご朱印

8.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 駒込駅前に鎮座する氏子をもたない小さな崇敬神社ですが、駅前という好立地もあってか、ここを参拝してから駅に向かう方々を見かけました。大黒様というとてもなじみの深い神様が多くの人の崇敬を集めているのだと感じました。

 

 

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古事記の神様と神社・ご近所編Part3(92)~龍ケ崎八坂神社~本殿彫刻が凄い!

 久しぶりにドライブに行きたい、でも長時間は避けたいなんて考えていたら、ふと思い出しました。ネットか案内本か忘れましたが、本殿の彫刻が半端ない神社が龍ヶ崎にあるらしい。龍ヶ崎なら片道1時間で行ける、ということで行ってきました。茨城県龍ヶ崎市にある龍ヶ崎八坂神社です。

 

 

1.場所

 ここです。

2.ご由緒とご祭神

 当神社は源頼朝の家臣下河辺政義(しもこうべまさよし)公が、文治2年(1186年)に領地龍ヶ崎市貝原塚の領民を引き連れ、沼沢の地であった根町を干拓した際に、貝原塚の鎮守神社である八坂大神の分御霊を祀ったのが草創と伝えられます。下河辺氏は現竜ケ崎一高の台地を城となし、龍ヶ崎氏とも称されて250年余りこの地を治めておりましたが、永亨、嘉吉の乱にて足利持氏方につき、結城合戦にて滅亡し、代わって信太郡信太庄の地頭職であった土岐原秀成の治めるところとなりました。現竜ケ崎二高の台地を城となした子孫の土岐胤倫(たねとも)公は、龍ヶ崎第二次干拓を行い、誕生した良地の上町の当地に天正五年(1577年)に根町より八坂神社を遷し祀り現在に至っております。関東三奇祭の一つと言われる当社祇園祭りの神事「撞舞」(つくまい)はその頃より行われていると伝えられております。(当社HPより)
 御祭神は、建速須佐鳴神(たけはやすさのをのかみ)と奇稲田姫(くしなだひめのかみ)のご夫婦二神です。


当社HPはこちら。


そして、スサノオクシナダヒメのなれそめはこちら。

3.参拝

 市内の商店街通りに面して位置しており、とても分かりやすいです。境内も狭く、通りからすべて見渡せます。


▼一の鳥居から参道を進むと手水舎があり、そこから右直角に二の鳥居があります。
手水舎には大きな龍の頭があります。こういうのは珍しいかも。


▼水盤の日付は宝永二年(1705年)でしょうか。


二の鳥居です。


▼二の鳥居の先に拝殿ですが、その手前に特徴的な狛犬です。

4.拝殿

 幾度かの再建を経て、現社殿は平成26年竣工のものです。軒下や木鼻の彫刻が素晴らしいですね。

5.本殿

 説明板によると、現本殿は正徳六年(1716年)に再建されたもののようです。ただ、本殿はもちろん、建屋もかなり老朽化しており、骨組みなどで本殿が見づらいのが残念なところ。全面彫刻に見る当時の宮大工の技術の高さは素晴らしい。

6.境内社

▼龍ヶ崎稲荷神社


▼三社(神様不明)

7.その他境内

▼ご神木?


▼石碑、石祠等


社務所

8.ご朱印

 社務所がお留守でしたので、書き置き分をいただいてきました。

9.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 天気もよかったので、気持ちよくドライブを兼ねた神社参拝ができました。
当社に限らずですが、こじんまりした地方の神社でも文化的には凄く価値がある(と思われる)社殿等を時々見かけますよね。当時の技術は現代に劣らない高度なものだったことが良く分かりますね。いつまでも残していきたいものです。

 

 

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古事記の神様と神社・ご近所編Part3(91)~高龗神社~読めない書けない?

 前回記事からはや二ヶ月近く経過。実は、想像だにしていなかったことが我が身に起き、大げさに言えばこの歳になって人生観が変わってしまいました。(詳細後述)
 さて、久々の秋らしい晴天の下、今回訪れたのは千葉県松戸市にある高龗神社です。読めない書けないの難読神社ですよね。「たかおじんじゃ」と言います。

 

 

1.場所

 ここです。

2.ご由緒とご祭神

 明治時代、旧小金牧(現在の千葉県北西部の下総台地で、江戸時代に幕府により軍馬育成のために設置された放牧場の跡地)を開墾して成立した五香六実村の鎮守として創建された寺社。 最初は雨乞いのため出雲大社龍蛇神を祀っていたが、その後に高靇命(たかおかみのかみ)日本武尊も祀るようになり、明治12年に「髙靇神社」として成立した。社名は祭神の高靇命に由来する。(ウィキペディアより)

 高靇命は、イザナギカグツチの首を斬ったとき飛び散った血から成った神で、水を司る神と言われています。

 尚、当社HPは見当たりませんでした。

3.参拝

 では参拝しましょう。千葉県道281号線沿いに鳥居が建っています。鳥居の先には狛犬が居り、奥には拝殿が見えますね。

 当地一帯の開墾が行われた明治2年(1869年)を創建年としており、平成31年(2019年)度を創建150年とし、多くの境内整備が行われたとのことです。


▼なんとなく愛嬌のある表情です。


▼拝殿の右手前に手水舎です。

4.社殿

▼拝殿前には大きな松の木が社殿を守っているよう。


▼本殿は完全に覆殿になっています。

5.その他境内

▼拝殿前には上り龍、下り龍の碑。背面には龍蛇神とある。


神仏習合を伝えるお堂で、空海弘法大師)を祀る大師堂


社務所前には力石


▼その他石碑


▼神輿庫


社務所

6.ご朱印

 特徴ある文字で素敵です。

7.まとめ

 久しぶりの神社参拝で落ち着いた気持ちでゆっくりと境内を回りました。

 

 さて、冒頭申し上げた想定外のこととは何か。
わたくし、毎年、柏市が行う健康診断(肺がん、大腸がんを含む)を受診しており、昨年までは何の問題もなかったのですが、今年の結果が8月中頃に届き驚愕しました。
 なんと、大腸がん検診で便潜血となり要精密検査となったのです。すぐさま病院にいき、数日後に内視鏡検査をしたところポリープが二つ見つかりました。9月上旬に切除手術を受け2泊3日の予定で入院したところまでは良かったのですが、術後の出血が止まらず、数日後に再び止血手術を受けたのです。結局、入院は一週間となりましたが、その間、口にできたのは水かお茶のみで、あとはずっと点滴につながれていました。
 幸い、摘出したポリープの病理検査では二つとも良性でしたが、そのうちの一つは放っておくと癌になるリスクが高いものだったので、一年後に再度内視鏡検査を受けて下さいね、という主治医の説明でした。

 とにかく、この歳になるまで健康には少なからず自信はあったのですが、こんなことが自分の身に起きるとは、ついひと月前までは想像だにしていなかったのです。

 「何事もあせらずゆっくりと自然に任せる」から、「今日と同じ明日が来るとは限らない、今日できることは今日やる」というふうに考え方が変わりました。

 それにしても、経験がおありの方はお分かりでしょうが、検査や手術前に下剤2リットルを飲むなんて苦しいですよね~。私、これを今回二度飲まされました。やめてくれー!

 

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古事記の神様と神社・ご近所編Part3(90)~旭町香取神社~とっても地味です


 前回の記事からはや1ヶ月が経ってしまいました。なにしろ、連日の猛暑で不要不急の外出はするな、高齢者は家に居なさいの大合唱。後期高齢者まぢかの爺さんの神社巡りなんてまさにジャストミートで、食料品の買い出し以外はじっと家に籠りっぱなしでした。今日は多少はましな気温でしたので、遠出はせず柏市内の古びた神社に行ってきました。旭町香取神社です。

 

 

1.場所

 ここです。

2.ご由緒とご祭神

 明治新政府により開発された旭町、小柳町末広町、通一丁目、三区二丁目、栄町の総鎮守として明治22年に現東葛飾高等学校の敷地に創建され、大正14年、同校の前身・東葛飾中学校の創立に伴って、現境内地浅野四平氏より譲り受けて社殿を移築遷座した。(HPより)

 ご祭神は経津主神(ふつぬしのかみ)です。国譲りの段で活躍する神様ですが、古事記では出てきません。

 
 当社HPはこちらです。とってもシンプル。

3.参拝

 では参拝しましょう。JR柏駅から5分ほど歩き、旭町交差点で国道六号線の側道に入ります。するとまもなく案内板(?)があり、左手に大鳥居です。


▼大鳥居の先の社殿が見えます。大鳥居をくぐると狛犬です。台座の日付は昭和十六年でしょうか。


▼社殿の左手前に手水舎があるのですが、ふたがかぶせてあり使用できません。

4.社殿

 木造の地味な社殿ですが、爺さんはこういうの、嫌いじゃないです。


▼社殿脇から裏に回って見ました。これ、本殿かなぁ~?

5.境内社

大鳥神社



▼すぐ隣を東武アーバンパークラインが走っています。

6.その他境内

▼恵比寿天

7.ご朱印

 境内は無人で、いくつかある建物も人の気配がなく、結局、社務所がどこなのかも分からないまま諦めて帰ってきました。ご朱印受付とはあるんですけどねぇ。念のため戸を開けようとしましたが閉まってました。

8.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 久々の神社参拝でしたが、ご朱印がいただけず消化不良に終わりました。神社もとても地味でこれといって目立つものはありませんでした。現在は国道六号線と東武線に挟まれた位置にありますが、多分、昔は広大な境内だったんじゃないかと勝手に想像してみました。再訪しますかって? ん~っ、微妙です。

 

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