映画ドラえもんシリーズの最新作『新・のび太の海底鬼岩城』の公開日(2/27)が近づいています。

この映画の原作は『大長編ドラえもん のび太の海底鬼岩城』です。原作者の藤子・F・不二雄先生は、ご自分が生み出したこの作品についてどんなことを語っていたのでしょう。
今日は『のび太の海底鬼岩城』に関する藤子F先生のコメントを紹介します。
藤子F先生による『のび太の海底鬼岩城』に関するコメントで最大級に言葉の分量が多いのは、てんとう虫コミックス・アニメ版『映画ドラえもん のび太の海底鬼岩城』下巻(1989年)の巻末に掲載された「あとがきにかえて」でしょう。おおよそ900文字くらいはあろうかと思います。その文章は、藤子・F・不二雄大全集『大長編ドラえもん』2巻(2011年1月30日初版第1刷発行)に収録されています。
ここでは、その「あとがきにかえて」以外の藤子F先生による『のび太の海底鬼岩城』コメントを紹介することにします。

今月から始まる「のび太の鬼岩城」は、はじめて海を舞台にした長編ドラえもんです。
ぼくたちは、この作品で今までになかったような新しい夢と冒険の世界を描こうと、はりきっています。みなさん、応援してくださいね。■「月刊コロコロコミック」1982年8月号より
『のび太の海底鬼岩城』の連載第1回が始まる一つ前のページに載った作者コメントです。新しい大長編ドラえもんを執筆するにあたっての意気込みがストレートに語られています。
このページには、コメントのスペースよりも大きなサイズで作者のカラー写真が掲載され、ドラえもんとのび太の姿もあります。当時の藤子F先生は二人で一人の「藤子不二雄」名義で活動していましたから、作者の写真は藤本先生・安孫子先生お二人の姿が写っています。お二人がL字に曲げた右腕を力強く組み合っておられます。おそらく、カメラマンか編集者にそういうポーズを取るよう頼まれたのでしょうが、コメントの内容と写真のポースがシンクロして、作者の熱い意気込みがいっそうまっすぐに伝わってきます。
ちなみに、『のび太の海底鬼岩城』は連載当初『のび太の海底城』というタイトルでした。連載5回目で現行の『のび太の海底鬼岩城』に変更されたのです。

この「のび太の海底鬼岩城」は、春休みに公開される、劇場用アニメーション映画の原作です。そして長編ドラえもんの第4作目にあたります。
1作目では大昔を、2作目でははるかかなたの宇宙を、そして3作目ではアフリカの大魔境を舞台にのび太たちの大冒険がくりひろげられました。そして今回の舞台は海です。それも深い深い海の底。そこでのび太たちは、自分たちをふくめた人類、いや地球上のすべての生物の危機にたちむかうのです!
神秘的な海底ならではの夢と冒険、そしてスリルを、みなさんもたっぷりあじわってみてください。■カラーコミックス22『映画ドラえもん のび太の海底鬼岩城』(1983年4月5日発行)
「月刊コロコロコミック」での7回にわたる連載を終えた『のび太の海底鬼岩城』が初めて一冊にまとめられたのがこのカラーコミックスです。表紙をめくったところ(表紙裏)に作者のコメントが掲載されています。これまでの大長編ドラえもんの冒険の舞台がどこだったかを紹介したうえで、今回は“海”であることを強調しています。「神秘的な海底ならではの」という言い回しに、舞台が海であることへのこだわりが見て取れ、海だからこそのアイデアをふんだんに投入したのだろうなということがうかがえます。
もちろんこれも「藤子不二雄」名義のコメントなので、作者の写真はお二人が並んでいます。お二人とも右腕でガッツポーズを取っています。

この「のび太の海底鬼岩城」は、昭和五十八年に公開された、劇場用アニメーション映画の原作です。長編ドラえもんの第4作目にあたり、初めて海を舞台にしました。深い深い海の底で、のび太たちは、地球上のすべての生物の危機にたちむかいます。
神秘的な海底ならではの夢と冒険、そしてスリルを、みなさんもたっぷりあじわってみてください。■てんとう虫コミックス『大長編ドラえもんVOL.4 のび太の海底鬼岩城』(1983年6月25日初版第1刷発行、写真は2001年発行の第100刷)
てんとう虫コミックスの大長編ドラえもんシリーズは、このVOL.4『のび太の海底鬼岩城』から刊行が始まっています。「月刊コロコロコミック」に連載された初出版に加筆修正がほどこされ、新書判のスタンダードな単行本として一冊にまとめられました。
このてんとう虫コミックス版は刷数を重ね、現在も刊行されています。藤子先生のコンビ解消までは「藤子不二雄」名義で出ていました。作者の写真も当初はお二人でしたが、コンビ解消後は藤子F先生お一人に差し替えられました。
作者コメントの内容は、カラーコミックスのコメントを少しコンパクトにした感じです。

ドラえもんミュージカルの第2弾は、「のび太の海底鬼岩城」です。海は最初に生命が生まれたところ、あらゆる生物の故郷です。
しかし、一方では人間を寄せつけない、きびしさももっています。
神秘の海の世界に、謎の生物が、あるいは海底人がいたら…と考えたのが、この作品の始まりでした。
ドラえもんやのび太たちが、魚のように海の中で暮らせることができたらどうでしょうか? そこで、考えついたひみつ道具が“テキオー灯”なのです。魚にとっての水は、人間の空気と同じこと。そうなれば、海の中でもっと楽しい冒険ができることでしょう。
海底を舞台にした今回のミュージカルを、みなさんと一緒に一人のファンとして、客席で楽しみたいと思っています。■『ドラえもんミュージカル のび太の海底鬼岩城』パンフレット(1995年8月10日発行)
これまでのコメントは1982年か83年のものでしたが、これはずいぶん後年のもの。『のび太の海底鬼岩城』が『のび太の恐竜』に続きミュージカル化されたさいパンフレットに掲載されたコメントです。1995年なので、藤子F先生が他界される前年ということになります。
当ブログの前の記事( https://koikesan.hatenablog.com/entry/2026/02/23/194625 )でも紹介しましたが、ここで藤子F先生はテキオー灯に言及しています。『のび太の海底鬼岩城』という作品が生み出されるに際してキーとなったひみつ道具がテキオー灯なのです。
今回紹介しなかったてんとう虫コミックス・アニメ版『映画ドラえもん のび太の海底鬼岩城』下巻(1989年)の「あとがきにかえて」でも藤子F先生は同様にテキオー灯に言及しているので、(今回は紹介しないと先述しましたが)その「あとがきにかえて」のラスト2行のみを引用しましょう。
そこで、考えついたひみつ道具が“テキオー灯”。「のび太の海底鬼岩城」のアイディアは、ここからスタートしたのです。
海は人間を寄せつけない厳しい世界だと藤子F先生はとらえていました。人間が海底で生活することは責苦でしかない、とすらおっしゃったこともあります。
しかし先生は、そう思いながらも、大長編ドラえもんにおいて海を冒険の舞台にしたいという考えは以前からお持ちだったようです。
そんなせめぎ合いの中で思いついたのがテキオー灯だったのです。
藤子F先生をして「ここからスタートしたのです」と言わしめるほど、テキオー灯を思いついたことは大きな契機だったわけです。『のび太の海底鬼岩城』はテキオー灯がなければ始まっていなかった物語なのだと(少し大げさな言い方ですが)私はそう認識しています。
藤子F先生は、大長編ドラえもんの新作を構想するさい、シリーズの初期のころは「主人公たちの活躍の舞台をどこに設定するかから考えを進めていく」と述べていました。今度の大長編ドラえもんではのび太たちをどこで冒険させようかと舞台を考えることから作品の構想をふくらませていったのです。
特に初期のころは大長編ドラえもんシリーズが何作まで続くか未知数ですから(その年でラストになるかもしれませんから)、藤子F先生はその時点で最高にのび太たちに行かせたい場所を優先して冒険の舞台に選んでおられたことでしょう。第1作目が恐竜の棲息する大昔の地球、2作目がはるか宇宙の彼方、3作目が地球上に残された魔境、そうして次に選ばれたのが海底でした。これらの舞台が選ばれた背景には、藤子F先生が幼少年期や若かりし頃に触れた小説や映画やマンガなどの影響もあるでしょう。
ともかく、藤子F先生は4作目で海底を舞台にしたかったのです。のび太たちを海底で冒険させたかったのです。
海底を舞台にしたいという藤子F先生のその思いが実現する方向へ舵を切ることができたきっかけがテキオー灯のアイデアだったのだ!と言ってしまっても過言ではないでしょう。
今回は、藤子F先生による『のび太の海底鬼岩城』に関するコメントを紹介してきました。これらの簡潔なコメントから、藤子F先生が『のび太の海底鬼岩城』に込めた思いのエッセンスが読み取れます。新作映画『新・のび太の海底鬼岩城』を、原作者である藤子F先生の言葉を胸にとめながら鑑賞するのもまた滋味豊かな体験になりそうです。