本日(11/8)は「いい歯の日」だそうです。
「ドラえもんには歯があるのかないのか」と質問された藤子・F・不二雄先生はこのように答えています。
歯といえばいいのか、感情表現の手段として歯らしく描いてるのか、そのへん作者もはっきりしないんです。(「ザ・テレビジョン」1984年1月27日号)
ドラえもんに歯があるかどうかは原作者にとってすら判然としないということですね。たまに見えるドラえもんの歯らしきものは、歯そのものかもしれないし、感情を表情するための記号かもしれないのです😄
方倉陽二先生の『ドラえもん百科』でも「ドラえもんに歯はあるの?」との質問に答える回がありました。
その質問に対し、のび太とドラえもんでこんな押し問答が展開されます。
のび太「歯はあるでしょ?」
ドラえもん「ハハハハ、ありません」
のび太「歯はあるでしょう!」
ドラえもん「う」「ありません!」
のび太「あります」
ドラえもん「ないったらない!!」
ここで怒ったドラえもんの口に歯が出現。
のび太「ホラ!あった」
ドラえもん「あっ」
この回の最後のコマでドラえもんがこうまとめます。
これは、歯というべきかな?……………… おこった時など、その感情が口の内部に伝わり、出てくるもの…、ひごろはないのです。が、現れる以上、やはり歯かな!
『ドラえもん百科』のこのドラえもんとのび太のやりとりは、藤子F先生の「歯といえばいいのか、感情表現の手段として歯らしく描いてるのか、そのへん作者もはっきりしないんです」というご発言とおおむね合致するものです。が、『ドラえもん百科』では最後に「歯かな!」とのコメントで締めくくっているので、どちらかといえば、これは感情表現の記号というより歯そのものではないかしら、というニュアンスの見解になっていますね😄
どうあれ、このネタをこういうギャグに昇華した方倉先生の才気に感嘆します。
さて、藤子・F・不二雄先生による歯の表現で個人的に強いインパクトを感じたのが、口の中から見た歯の光景です。口腔の奥のほうにカメラを置いて歯の裏側を写したようなアングルで描かれたシーンのことです。その具体例を引用しましょう。

・『モッコロくん』「むし歯虫」(藤子・F・不二雄大全集『モッコロくん』、初出「小学一年生」1974年12月号)より引用

・『ドラえもん』「たとえ胃の中、水の中」(てんとう虫コミックス『ドラえもん』第10巻、初出「小学五年生」1975年11月号)より引用
どちらのコマも、他の通常コマのシンプルでさっぱりとした絵柄との対比でかなりリアルな表現に見えます。しかもそれが口の中の拡大図なので、一種のグロテスクさをともなって強いインパクトを感じるのです。
特に『モッコロくん』のほうは、低学年向けの素朴なお話ですし、前後のコマと比べこのコマだけ急に大きくなるため、幼い読者に強烈な印象を刻みつけそうです。
『ドラえもん』「たとえ胃の中、水の中」のこのコマは小さめのサイズですし、この話では他に胃の中のシーンでもリアル系の表現が見られるので、『モッコロくん』の当該コマほどのインパクトはないのかもしれません。しかし、私の脳裏にはこちらのコマも強く刻み込まれています。読んだ回数が多いぶん「たとえ胃の中、水の中」のコマのほうがより記憶に染みついているようです😄
『モッコロくん』「むし歯虫」の初出は「小学一年生」1974年12月号、『ドラえもん』「たとえ胃の中、水の中」の初出は「小学五年生」1975年11月号です。同じ時期とまでは言えませんが、この2作品はかなり近い時期に描かれたことになります。このころの藤子F先生は、口の中から見た歯の光景を描くことに凝っていたのでしょうか。何かの映画や写真や図解などでこうした光景をご覧になって、その影響で描かれたのかもしれませんね😊
歯といえば、喪黒福造は常に歯を見せているキャラクターです。立風漫画文庫『黒ィせぇるすまん』のカバー見返しの文が、喪黒の口の様子を「ニッタリげた歯」と表現していたのがなんだか忘れがたいです。

いつもニッタリとしていて下駄の歯のような歯を見せている、というニュアンスですよね。“下駄歯”って、妙にインパクトのある表現です。