きのう(8月15日・土)は、戦後75回目の終戦の日でした。
正午に黙祷し、
夜には『ドラえもん』の「ぞうとおじさん」を読み返しました。
毎年、終戦の日には戦争を描いた何らかの作品を読もうと思っているのですが、なかでも「ぞうとおじさん」を読み返すことが多いです。
今年の映画ドラえもん『のび太の新恐竜』の公開日は8月7日でしたが、10年前の同じ日、名古屋で大山のぶ代さんの講演会が開かれました。そこで大山さんは「ぞうとおじさん」の話をされ、最後に「戦争はもう二度と起こしてはなりません」と訴えて講演を終えられました。
私にとって思い出深い講演会ですが、あれから10年たったんだなあ…と感慨をおぼえています。
今回「ぞうとおじさん」を読んだとき、「やがて、戦争が終わった」の一コマが心に迫ってきました。原爆のきのこ雲が描かれたコマです。終戦の日に読んだためか、「戦争が終わった」という簡潔な一言が、言葉数の何倍もの意味と重みをともなって心の奥まで届いてきたのです。
「ぞうとおじさん」には、インドの山奥で倒れたのび郎おじさんが命を落としかけるなか過去の出来事を思い出していたら、ゾウのハナ夫が静かに歩み寄ってくる、というシーンがあります。のび郎おじさんは「ハナ夫」と呼びかけてそのまま気が遠くなっていきますが、ハナ夫はのび郎おじさんを背中に乗せて麓の村まで運んでくれました。のび郎おじさんの意識はもうろうとしていたので、ハナ夫が助けてくれたことが現実だったのか夢だったのかはっきりしません。
このシーンを読んで私のなかでイメージが重なったのが、現在公開中の映画『のび太の新恐竜』のあるシーンです。ネタバレになるといけないので、今はそのシーンについて具体的なことは言いませんが、映画をご覧になった方はどのシーンのことかおわかりになると思います。
8月7日に観た『のび太の新恐竜』と8月15日に読んだ「ぞうとおじさん」がそのシーンで一瞬つながったような感覚を味わえました。
終戦の日にはこの本も読み返そうと思ったのですが、いま実家に置いてあるのでした……。

・『平和をわれらに! 漫画が語る戦争』(2014年、小学館クリエイティブ発行)
収録作品は、水木しげる『KANDERE(カンデレ)』『硫黄島の白い旗』、手塚治虫『ブラック・ジャック とざされた記憶』『猫の血』『ザ・クレーター 墜落機』、藤子・F・不二雄『超兵器ガ壱號』『マイシェルター』『カンビュセスの籤』『ある日……』、石ノ森章太郎『時ヲすべる 1945・孤島のゼロ戦』『そして…だれもいなくなった』『くだんのはは(原作 小松左京)』の12編です。