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完全無欠の映画『超かぐや姫!』が “合わなかった” 理由について考えたい

何度か「逆張り」を卒業したタイミングがある。 

10年前に『ハートキャッチプリキュア!』でプリキュアを初完走、食わず嫌いは良くないと痛感した時。『鬼滅の刃 遊郭編』や『Free!』を観てボロボロに号泣、流行りものは面白いから流行るんだと痛感した時。他諸々の経験によって、自分は胸の深いところに「逆張りは損しか生まない」と刻み込んだ――ので、今回は本当に「合わなかった」のだろうと思う。あの超話題作『超かぐや姫!』が、自分でも不思議なくらい刺さらなかったのだ。 

本来であれば感想まとめにでもひっそり書いておこうと思ったのだけれど、どうもそんな量で収まりそうにはなかったので、今回はそんな「合わなかった」の気持ちと正面から取っ組み合って、その理由を紐解いていきたい。

 

※以下『超かぐや姫!』に対するネタバレ込みの「合わなかった」という感想が主となります。同作が「合った」方、あるいは同作未視聴の方はくれぐれもご注意ください※

 

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引用:「超かぐや姫!」|特報映像|Netflix - YouTube

 

『超かぐや姫!』は、2026年1月22日からNetflixで独占配信中の長編アニメーション映画。小説やコミカライズといったメディアミックスを含めたマーケティングにも非常に力が入っており、その結果、配信から1ヶ月足らずで異例の劇場公開が決まってしまうほどのムーブメントを巻き起こしている話題作だ。 

最初はNetflix独占配信ということで及び腰になっていたのだけれど、劇場公開とあっては黙っていられず映画館へ突撃。ハイクオリティな映像に裏打ちされた大胆なSF、入念な多段ロケットで予想を裏切ってくるストーリー、映画で描ききれない部分も作り込まれ、ある種の「考察要素」にもなっている緻密な設定群、懐かしさと新しさを併せ持つ多方面狙撃型楽曲ラインナップとその魅せ方、悲劇を受け入れるのではなく、自分の手でハッピーエンドに変えてみせるという令和らしいパワフルさ……と様々な魅力を堪能したものの、どういう訳か自分にはそこまで響かなかった。その理由の一つは、おそらく「毒のなさ」に対する違和感。

 

 

本作のキャラクターたちは、いずれも丁寧な「毒抜き」が施されているのが特徴的。 

母親との確執から家を出た彩葉は、過酷な生活の中でギリギリの毎日を送っている……のだけれど、だからといって私生活がだらしない訳でも日々を取り零しながら生きている訳でも性格が悪い訳でもなく、学業も推し活も、ひいては配信者生活も決して疎かにしない才色兼備の努力家で、心優しく人を見捨てられない善性の持ち主。超人が過ぎる。 

一方、そんな彩葉のもとに月から舞い降りた暴れ馬・かぐやは、彩葉を振り回し当初こそ何度も怒られていた(し、自分もこの段階のかぐやにはかなり精神が削られた)ものの、成長後は(自分の見落としでなければ)深刻なトラブルを起こすことはなく、むしろトラブル寸前の絶妙な危うさが配信者としての躍進に繋がっている様子が強調されていた。彩葉の過労についても完璧なフォローでカバーしてみせるなど隙がなく、「絶対に一線は越えさせない」という作り手の執念さえ感じられるキャラクターだったように思う。 

ヤチヨは出自が出自だからか目立った欠点がなく、彩葉のクラスメイト・芦花と真実も「正論パンチ」という言葉を使うことが奇妙に思えるくらいの聖人君子。アキラの「結婚」発言や、彩葉母の行動についても手厚いフォローが入っているなど、どのキャラクターも「うねりは生みつつも不快感は生まないように」という配慮のもとで成り立っていたように見えるのだ。

 

 

そのためか、本作は各キャラクターが衝突も失敗もしないまま――唯一のネガティブイベントと言える「彩葉の過労」についても、かぐやの献身に加え、彩葉が踏み止まったおかげで亀裂を生まずに乗り越え――ひたすらに右肩上がりで進んでいく。 

もちろん、その後には「かぐやとの別れ」や「8000年前へのタイムスリップ」というショッキングな出来事が控えているのだけれど、それらはどちらも天災めいた不可抗力であり、彩葉たちには落ち度がない。つまり、彼女たちメインキャラクターは誰も彼も最後まで株を下げることがなく、その潔癖さが自分には「違和感」として引っ掛かってしまったのだ。 

本作はかぐや周りの設定こそ明確なフィクションであり、お伽噺と銘打たれてもいるけれど、あくまでその土台は私たちの生きる現実世界。そしてその現実部分はリアルな作りが徹底されている。だからこそ、彩葉たちの毒抜きされたキャラクター造形やストレスフリーなストーリー展開がどこか浮いて感じられてしまい、彼女たちに共感することができなかった――と、それが第一の「合わなかった」理由なのだと思う。

 

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ストレスフリーだがうねりはある。その絶妙な作劇とキャッチーな楽曲のパワーが噛み合った結果、本作は2時間半という尺を感じさせないハイテンション・ノンストップストーリーとして他に類を見ないエンタメ性を獲得していた。その点も本作が幅広い層に受け入れられている理由なのだと思うし、Netflix配信映画ならではの「ブラウザバックされないように」という配慮の賜物なのかもしれない。 

また、彩葉たちが不可抗力に襲われつつも、それらを覆しハッピーエンドを掴み取っていくストーリーは「コロナ禍に青春を奪われた世代」に向けられたエールであるようにも思える。 

生き辛さは人それぞれ。だからこそ、自分と同じ生き辛さを抱えたキャラクターたちが克己し、困難を乗り越えていく姿にはそれだけ深く胸を打たれてしまう。それは自分にとっては「報われなさ」だったり「対人関係」だったりするけれど、青春をパンデミックの中で過ごすことを強いられた世代にとっては「不可抗力によってすべてを奪われたこと」ではないだろうか。 

そのためか、本作において失敗や対人トラブルはそこまで掘り下げられることがなく、あくまで不可抗力の方に焦点が当てられる。エピローグにおいて「かぐやとすぐに喧嘩別れをした」と言及されていたように、本作において失敗や対人トラブルが存在しない訳ではない。が、それらはきっと「不可抗力を乗り越えたその先にあるもの」……つまり、本編内で掘り下げる必要のないものだったのかもしれない。 

自分もコロナ禍には少なからずダメージを負った身だけれど、多くの方々に比べれば軽傷の部類。特に、当時学生だった方々のそれと比べればまるで取るに足らないものだろう。であれば、自分はおそらく本作におけるメインターゲットではなく、それがきっと「合わない」と感じられた第二の理由なのだと思う。 

 

 

毒のないキャラクター・ストーリーに対する違和感。自分がメインターゲットでないという前提。そんなズレが、個人的な好みや「万人が認める次世代の “君の名は” らしい」という前評判によって拡大されてしまったこと。これらが「自分が本作に合わなかった理由」の正体であるなら、それはある意味「本作が広く受け入れられている理由」と表裏一体でもある。 

正直、空前絶後の大ヒット作品が合わなかったことで「自分はこの年で逆張りになってしまったのか?」と落ち込んでいたのだけれど、こうしてそのモヤモヤを文字に起こすことで、自分が本作を楽しみきれなかったことについても、本作が大ヒットしている理由についても相応に納得することができた。 

自分に対しての、そして世界に対しての解像度を高めることができる。中々言語化することのないネガティブな感想だからこそ、その「高まり」は自分の世界を殊更に大きく広げてくれる。これこそが、合わなかった作品の感想を書くことの意義なのかもしれない。 

どうか、この感想が自分のように『超かぐや姫!』が合わなかった方、あるいは「世間で絶賛されている作品が肌に合わず、肩身の狭い思いをしている方」に届きますように。

 

……それはそれとして、最後にこれだけはハッキリと言っておきたい。

 

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引用:https://x.com/i/status/2009596018120356078

 

ド好きです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




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