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総括感想『ウルトラマンオメガ』- シリーズの真価を問い直す意欲作。ウルトラマンの心を動かす “地球人の光” とは何だったのか

2026年1月17日。ウルトラシリーズの最新TV作品『ウルトラマンオメガ』が最終回を迎えた。

 

 

「記憶喪失の顔まで真っ赤なウルトラマンが、怪獣と合体して戦う」というキャッチーなコンセプトと、緻密かつ挑戦的な文芸を兼ね備えていた『オメガ』。それはまさに、自分が第1話で期待していた「ずっと観たかったウルトラマン」そのものであり、この半年間……とりわけ最終章が放送された年末年始にかけては、自分含め界隈が大いに盛り上がっていた印象だ。 

もちろん、そのようなポジティブな文脈だけで評価するには様々な凸凹や「もどかしさ」もあった。けれど、それすらも愛せてしまうほどの魅力をもって駆け抜けてくれたのが『オメガ』という作品。 

今回の記事では、そんな本作の美点・欠点を大きく三つの視点から総復習。筆者の個人的な感想も交えつつ、「ウルトラマンオメガ」という存在を巡る半年間の軌跡を書き残していきたい。

 

※以下、作品に肯定的な内容/批判的な内容や、ウルトラシリーズ各作品のネタバレが含まれます。ご注意ください!※ 

 

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引用:『ウルトラマンオメガ』第25話(終)「重なる未来」-公式配信- - YouTube

 

《目次》

 

 

はじめに ~『オメガ』前夜

 

ウルトラマンオメガ』は、2025年7月に放送を開始したウルトラシリーズの最新TV作品。(一部怪獣を除き) 過去作品の要素が絡まない点では『ブレーザー』『アーク』に並ぶ三作目。 

更に、メイン監督がニュージェネレーションシリーズ三回目のメイン登板となる武居正能監督ということで(自分のようなオタクは「遂に過去作の要素が絡まない純武居監督産ウルトラマンが観れる!!」と大騒ぎだったけれど)この時点ではオメガの斬新すぎるビジュアルが話題になっていたくらいで、世間的には概ね「静観」の姿勢を取られていたように思う。

 

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しかし、第二弾の情報解禁によってその空気は一気に覆されることになる。

 

 

特に話題を呼んでいたのはやはりこの男・ホシミ コウセイの「怪獣使い」という肩書き、そして彼が使役するメテオカイジュウが「オメガと合体してアーマーになる」ことだろう。 

ウルトラマンも主役なら怪獣も主役。ならウルトラマンと怪獣使いのW主役にして、ウルトラマンと怪獣を合体させればいい。このありそうでなかった設定は大きな話題を呼び、顔面真っ赤の記憶喪失というオメガのキャッチーさと合わせて、ファン界隈内外に幅広くリーチできていたように思う。 

そして、そんな異色のタッグが挑むテーマはズバリウルトラマンがなぜ地球を守るのか?」という、シリーズの本質に迫る命題。

 

ウルトラマンオメガ』では、「なぜ地球を守るのか」「なぜ地球人と共に戦うのか」をウルトラマン自身が考え模索していく「目覚めの物語」を目指しています。

引用:新テレビシリーズ『ウルトラマンオメガ』日本時間2025年7月5日(土)あさ9時テレ東系6局ネット発・世界同時期放送&配信スタート! - 円谷ステーション

 

シリーズの本質に迫る……というと聞こえはいいけれど、それは裏を返せば「これまでのシリーズでも度々言及されてきた」ということ。それをテーマに据える選択は、上手く調理できなければ「これまでのシリーズに埋没しかねない」という危険も孕んでいる。 

しかし、一方でそれは「まさに今、物語の中心として描かれるべきテーマ」であるようにも思われた。

 

パンデミックは鳴りを潜めたものの、世界はその様相を日々悪化させている。終わらない戦争や悪化する景気は人の心から余裕を奪い、人と人とは日夜互いを傷つけ合って生きている。冷ややかで乾いた空気が、今尚世界中を覆い尽くしている。   

オメガが訪れるのは「怪獣や宇宙人が空想のものと思われていた」地球=私たちが生きている地球と非常に近い世界。記憶を失ったウルトラマンは、そんな地球に守る価値を見出だしてくれるのだろうか。そんな地球人と共に戦ってくれるのだろうか。ともすれば、『オメガ』とはそんな「地球人の “価値” 」を問い直す作品になるのかもしれない。

引用:真紅のファイターはゼットの縁者?『ウルトラマンオメガ』初報感想・考察 - こがれんアーカイブ

 

『オメガ』のシリーズ構成を手掛けるのは、長年ニュージェネレーションシリーズを支えてきた実力派ライター・根元歳三氏と足木淳一郎。中でも根元氏は、武居監督とのタッグで作り上げた『デッカー』においてコロナ禍の閉塞感・絶望感を見事ストーリーへ昇華させた実績の持ち主。そんな氏が、人間ドラマの描写・演出に定評のある武居監督やヒーローものとしてのケレン味をハズさない足木淳一郎氏と共に「地球人の “価値” 」を描く――。そんな前提には、十分に「シリーズ史に残る傑作」となるポテンシャルが秘められているように思われた。 

では、いざ放送開始となった『オメガ』がどのような作品であったのか。その魅力を「空想特撮作品として(大枠・映像)」「商業作品として(玩具展開・販促)」「物語作品として(文芸・テーマ)」という三つの視点から分析してみたい。 

 

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「空想特撮作品」としてのオメガ

 

〈昭和第1期ウルトラシリーズへのリスペクトと、特異なシリーズ構成〉

 

2013年の『ウルトラマンギンガ』以降、「ニュージェネレーションシリーズ」という屋号を繋ぎ続けているウルトラシリーズTV作品だが、2023年放送の『ウルトラマンブレーザー』以降はそれまでの10作品とは異なるテイスト……具体的に言うなら「SFとしてのウルトラマン」を、より広い層に向けてプッシュしようとしている節が見られる。 

ウルトラマンという存在をハードSF的観点から捉え直した『ブレーザー』、その温度感を引き継ぎながら「空想特撮」としてのファンタジー性を追求した『アーク』。これらは、原点となる『ウルトラマン 空想特撮シリーズ』が持っていた側面を再解釈・現代的にブラッシュアップさせたものと言えるだろう。 

一方、そんな二作の後を受けて作られた『オメガ』もまたその流れにある作品だったが、同作はその物語や枠組みに『ウルトラマン』を大胆に取り入れつつ、その前後作・ウルトラQウルトラセブンも含めた「昭和第1期ウルトラシリーズ」全体へのリスペクトが感じられる作りになっていた。

 

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初期の『オメガ』には防衛隊に相当する組織が存在せず、ソラト、コウセイ、アユムの3人が怪獣と対峙する姿やゲストとの交流がメインに描かれていた。この「アンバランスゾーン」的な空気感や3人のポジションは『ウルトラQ』を想起させるものになっており、続く『ウルトラマン』要素が表出してくるのは主に後半のこと。

 

 

ヴィランを排した近年のウルトラシリーズが抱える課題として「2クールの間、どう視聴者の興味を引き続けるか」がある。 

この点については、ブレーザーが「後半に縦軸を進める」アークが「後半にイベント性を盛り込む」という形で対応する一方、デッカーは「前半と後半でドラマの構造そのものを変える」という大胆な手法を取っていた。そんなデッカーと同じ座組の本作は、それを更にパワーアップさせた「作品前半を『ウルトラQ』に、後半を『ウルトラマン』にする」という前代未聞のシリーズ構成を取ることとなった。

 

 

怪特隊結成後のオメガは(引き続きゲストも登場するが)怪獣と対峙する怪特隊特務班にスポットが当たっている。「怪獣調査チームの対怪獣作戦を軸にした、バラエティ豊かな特撮エンタメ」という『ウルトラマン』の枠組みを援用することで、シナリオの完成度を底上げしつつ、作品の雰囲気をガラリと変えてみせたのである。 

更に、最終章においては「地球人への愛と自らの限界の間で葛藤するウルトラマン」という『ウルトラセブン』の要素までもが顔を出してくる。

その出自やメテオカイジュウとの関係、スラッガー使いである点からも『ウルトラセブン』の系譜にあるウルトラマンオメガ。物語の着地点こそ「人間とウルトラマンの一体化」のため『ウルトラマン』要素が色濃く感じられるが、全体を俯瞰すると本作は「ウルトラQウルトラマンウルトラセブン」という変遷を辿る「昭和第1期ウルトラシリーズの再構成作品」と言えるかもしれない。 

その「うねり」のあるシリーズ構成が効を奏してか、本作は『ブレーザー』や『アーク』以上に「敵が不在のウルトラマン」であるにもかかわらず、ものの見事に右肩上がりの盛り上がりを見せてくれた。前半のエピソードでは「ゲストキャラクターのヘイト管理」や「ゲスト中心のドラマと怪獣の噛み合い」といった問題点が根強かったが、総じて(それらが縦軸のドラマに明確な意味を持っていた、という点も踏まえて)本作のシリーズ構成は極めて完成度の高いものになっていたと言えるだろう。

 

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〈メテオカイジュウという発明〉

 

『オメガ』という作品を語る上で欠かせないのが、コウセイが操る味方怪獣・メテオカイジュウの存在だ。

 

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レギュラーの味方怪獣という美味しいポジションに加え、ウルトラマンをサポートするアシスト役、更にはウルトラマンの武器も担うなど、「味方怪獣」「防衛チームのメカ」「武器」……つまりはウルトラシリーズにおける主力玩具」が一つになった集大成であるメテオカイジュウ。玩具として美味しいことこの上ない彼らは、その作中での活躍ぶりもまさに「ちょうどいい」塩梅で、そこには歴代のウルトラシリーズのノウハウや、とりわけ『ブレーザー』の反響が活かされているように思えた。

 

 

こちらのインタビューでも明言されている通り、メテオカイジュウの源流でもある『ウルトラセブン』のカプセル怪獣。そこから『コスモス』『メビウス』『大怪獣バトル』『ギンガS』『X』『Z』など数多の作品を経てノウハウが積み重なっていき、その一つの到達点として送り出されたのが『ブレーザー』の相棒であり、特殊怪獣対応分遣隊SKaRDが誇る戦闘メカ・アースガロンだ。

 

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言わずと知れたニュージェネレーションシリーズの立役者・田口清隆監督肝煎りの「ウルトラマンと共に成長していく味方ロボット」であり、同作におけるもう一人の主人公と目されていたアースガロン。しかし、その活躍は放送終了後も度々取り沙汰されるほどの賛否両論を呼ぶことになってしまった。

 

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(アースガロンを巡る議論について、詳しくはこちらにまとめてあります)

 

賛否の争点となったのは、主に「アースガロンは活躍していたかどうか」という点。「あくまで主役はウルトラマンであり、アースガロンは防衛隊という枠組みでできる最高のアシスト役だった」という賛と、「これまでの防衛隊メカとは違うという触れ込みだったのに、フィニッシュはいつもブレーザーが持っていく」という否が真っ向から対立してしまっていたのだ。 

この議論は、両者の間で「アースガロンに何を求めていたのか」「ブレーザーより早く怪獣を倒せ、という台詞をどう受け取ったか」など意識レベルのすれ違いが複数起こっていたため非常にややこしい事態になっており、自分には「作り手と視聴者の悲しいすれ違いだった」としか言えないのだけれど、そんなアースガロンを経て登場した味方戦力ことメテオカイジュウたちは「一連の反響を踏まえて練られたのでは?」と思わずにはいられないほどバランスの取れた活躍を見せてくれた。

 

 

というのも、まず彼らはフィニッシュの際にオメガの武器となるためフィニッシャーではない。というより「フィニッシャーになりようがない」存在だ。そのため、防衛隊式のウルトラマンでありがちだった「いつもウルトラマンばかりが敵を倒している」問題がそもそも起こらないのである。 

しかし、フィニッシャーにならないということはその分活躍が地味になりかねない。アースガロンがこの点をパワーアップで補っていたのに対し、メテオカイジュウは「3タイプの使い分け」という全く異なる旨味を提示して作品を盛り上げてくれた。

 

 

 

レキネスは念動力、トライガロンは高速移動、ヴァルジェネスはエレメント操作と、3体のメテオカイジュウはそれぞれ異なる能力を持っており、コウセイはそれを状況に応じて使い分ける――と、従来はウルトラマンが行っていたタイプチェンジを本作ではコウセイが担っている。 

前半は「序盤はレキネス、中盤はトライガロン」とややノルマ的な向きもあったが、この使い分けはヴァルジェネス登場から本格化。キングアリゲトータスの追跡にはトライガロン、無人兵器の弾幕からクロノケロスを守るにはレキネス、エドマフィラの弱点を突くにはヴァルジェネス……と、従来は最強形態の登場でマンネリ化しがちな後半の展開を「メテオカイジュウの使い分け」が賑やかにしてくれたのは、間違いなく本作の大きな魅力だろう。 

3体のメテオカイジュウは「二足歩行の恐竜タイプ」「四足歩行の哺乳類タイプ」「飛行する鳥タイプ」という時点で異なっていたので、ウルトラマンのタイプチェンジ以上に画の違いが出るのも美味しいポイント。アーマーは出番こそ少ないがしっかりフィニッシュを決めてくれるので印象が薄いということもなく、総じてこのメテオカイジュウ周りの「無駄のなさ」はニュージェネレーションシリーズでも屈指のものと言えるだろう。

 

 

 

〈『オメガ』各監督総評〉

 

昭和第1期ウルトラシリーズへのリスペクトという磐石な土台に、メテオカイジュウという新しさ。緻密なバランスが求められる『オメガ』を作り上げていった監督陣は、新しい風・新体制を取り入れた『アーク』とは打って変わって「5人全員がニュージェネ監督経験者」という堅実ぶり。うち二人がアークに未参加だったことを考えると、もしかすると撮影時期の関係でアークとは違う体制を取らざるを得なかったのかもしれない。 

では、そんなベテラン監督陣が『オメガ』でどのような作品を作り上げていったのか、その活躍を一挙におさらいしていきたい。

 

 

『R/B』『デッカー』を経て三度目のメイン登板となった武居正能監督は、本作では第1~3話、第11・12話、第14・15話、第24・25話を担当。一人の監督が一作品で9本を監督する……というのはなんとニュージェネレーションシリーズ最多記録で、この時点でも氏の『オメガ』にかける気合いが窺えるところで、シリーズ構成やプロデュースに深く携わるのはもちろん、なんと第12話で初披露の挿入歌『アンブレイカブル』については、武居監督直々に発注されたのだという。

 

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このエピソードにも代表されるように、近年は「特撮・ヒーローの魅せ方」が年々洗練されている武居監督。本作では他にも『劇場版R/B』からの発展を感じさせる第1話冒頭のCG戦闘や、仮面ライダーゼッツのスーツアクター・新田健太氏を招いての等身大アクション、第2話でのダム特撮など、デッカーから更に進化した「特撮ヒーロー監督」ぶりにはファンとしてたまらないものがあった。 

しかし、武居監督といえばやはり「人間ドラマ」に触れないわけにはいかないだろう。

 

 

武居監督は『R/B』第2話や『ブレーザー』第12話、『アーク』第6話など「人の芝居で魅せる」「芝居を演出で引き立てる」ことにおいて他の追随を許さないプロフェッショナル。そんな監督がイチから作り上げているからなのか、本作は従来の作品に比べて「芝居」に委ねられている場面が多いように感じられた。

 

 

第1話と第24話におけるソラト・コウセイの対峙、第12話の「断じて嘘じゃない!」、第15話の「みんなに幸せでいてほしい」、そして最終回の変身など、オメガの名シーンとして真っ先に浮かぶのはやはりソラト役・近藤頌利氏やコウセイ役・吉田晴登氏の芝居と、それが生み出す「心」のドラマ。それらを引き出したのが武居監督の手腕(武居監督特有の大胆な間の取り方や、『アーク』第6話でも印象的だった照明演出など)であることは疑いようもなく、それらが物語の核となり、幾度となく涙を誘ったオメガはまさに「武居監督のウルトラマン」……則ち、自分のようなファンにとっては「待望のウルトラマン」だった。ありがとうございました、武居監督……!

 

 

第4~6話、第16・17話、第22・23話の7本を監督し、事実上の準メイン監督として『オメガ』を支えていたのが越知靖監督。 

『タイガ』第13話での監督デビュー以降、特撮に限らずアニメ・舞台など様々な作品からインスパイアを受け、それを実写特撮に落とし込む熱量とセンスを武器にしてきた越監督だけれど、前作『アーク』においては打って変わって「 “静” と雰囲気で魅せる」という新たな武器を獲得されていた。特に印象深いのは、ザンギルとの別れや伝説の第22話『白い仮面の男』だろうか。 

して、今回の『オメガ』においてはそんな「静」の越監督が更に大きな活躍を見せてくれていた。

 

 

第5話『ミコとミコト』においては「振り抜いたオメガスラッガーの持ち手で目元を隠す」という形でウルトラマンオメガの涙を表現。第23話『宇宙観測隊』では、かの『新世紀エヴァンゲリオン』のオマージュも交えて「自他境界の崩壊」を画に落とし込むことで「オオキダ ソラト」の消失を描き、第17話『風花』では「宇宙に追放されたエドマフィラもまた、生きたいと願うだけの生物だった」という悲哀を言葉に頼らず示してみせた。 

これら越監督の名演出たちが、本作の「言葉で語らない」粋さ、あるいは文学的な雰囲気を支えていたのは疑いようもないところ。このノウハウを活かしてそろそろメイン監督になってほしいのだけれど、その辺どうですか越監督……!?

 

 

『タイガ』でメインを務めて以来、実に約6年ぶりのシリーズ復帰となった市野龍一監督は、トライガロンの販促期である第7~10話を担当。『ガイア』から監督としてシリーズに携わるノウハウは健在で、とりわけ今回の注目ポイントは「ミニチュアワークへのこだわり」だろう。

 

 

ニュージェネのミニチュアワーク担当といえば、おそらくほとんどの方が思い浮かべるのが田口監督・辻本監督。しかし、このお二方が遊び心や飛び道具(特殊なカメラワークや、タグチップのような小道具など)を武器とするのに対し、市野監督のそれはまさにド王道。細かなミニチュアとアングルの工夫、遠近感へのこだわりによって、セットの巨大感や臨場感――そして「都市、異空間、丘陵地帯、下町」という各セットによる画の違いを存分に引き出してくれていた。中でも、第7話『カゼになる』のゴモラ進撃シーンの臨場感は出色で、スター怪獣・ゴモラを撮ることへの並々ならぬ情熱が窺えたところ。

 

 

第13話『アユ姉にバレちゃった!』を監督されたのは、『アーク』の第13話で監督デビューを果たした鈴木農史(たかふみ)監督。 

同話は、例年通りメインセットを舞台にした総集編……というだけに留まらず「ソラトの正体を追求すべきか迷っていたアユムが、ピグモンとソラト・コウセイのやり取りを見て “友達” としての関係を選ぶ」という重要なエピソード。一見すると新人監督には荷が重そうな内容だが、氏は『X』から助監督としてシリーズに携わられているベテランスタッフ。倉庫という空間を立体的に活用したり、「ひとっ飛び、ね」のシーンでは敢えてアユム・コウセイを真横から捉えることで不穏さを醸し出したり……と多種多様な工夫を凝らし、画面に見事「台詞以上の情報量」を持たせることに成功していた。 

限られた条件下で情報を捌き、しっかりと爪痕を残す……というのはウルトラ監督の必須スキル。『ブレーザー』第13話を担当された宮崎龍太監督共々、本編デビューが待ち遠しい監督だ。

 

 

言わずと知れたニュージェネの旗頭・田口清隆監督は、『トリガー』『デッカー』でレジェンドヒーローの客演回、『Z』『ブレーザー』でメイン監督をそれぞれ務めた反動か、今回はオムニバス色の強いエピソード二編を担当。中でも『R/B』の傑作回こと第5話『さよならイカロス』以来の田口監督×安達寛高タッグで送り出された第19話『星の光を追いかけて』は、そのものズバリ「トクサツ」を扱うということもあって大きな反響を呼んでいた。 

そんな田口監督の注目ポイントは何といっても特撮……なのだけれど、個人的には「メテオカイジュウの活かし方」をプッシュしたいところ。

 

 

『オメガ』の惜しい点の一つは、作品全体のトーンや坂本監督の不参加、所謂「イベント回」がないこと等、様々な事情から「メテオカイジュウがド派手に暴れ回るシーン」が少なかったこと。そんな状況を見かねたのか、第18話『バロッサの家』はまさにメテオカイジュウスペシャルとでも言うべき内容になっており、冒頭からオメガVSレキネス、トライガロン、ヴァルジェネスという夢の対戦カードを見れただけでなく、クライマックスの戦いでもコウセイが3体のメテオカイジュウを次々に繰り出してバロッサ星人を翻弄するという「ファンの見たいメテオカイジュウ」をこれでもかと見せてくれた。 

また、第19話共々(おそらくCGの都合で)作中あまり描かれなかった「CGの玩具サイズメテオカイジュウ」がたっぷり観れるのも嬉しいポイント。特撮のプロフェッショナルであるのはもちろん、やはり「エンタメとしての美味しさを逃さない」ことが田口監督の真髄なのだ、と思い知らされた二編だ。

 

 

大阪万博において、あのガンダムの映像を任されるなど躍進目覚ましい辻本貴則監督 (辻は一点しんにょう)は、『アーク』のメイン監督を務めた影響か第20・21話と控えめな登板だったが、「この人やっぱり『アーク』のメイン監督だな……」と思わされる圧倒的な存在感を放っていた。中でも話題となったのは、やはり第21話『雷音寺、荒ぶる』における「空を飛ぶガボラだろう。

 

 

ニュージェネの復活怪獣は能力・スペックを盛られることが多いのだけれど、辻本監督はその「レジェンド怪獣盛り文化」の立役者。これまでも『Z』のエリマキテレスドンペギラ、バラバ、『X』のキングゲスラ、『R/B』のネロンガ等、数多の怪獣を盛ってきた辻本監督がオメガで手がけたのは、『シン・ウルトラマン』での復活で一躍脚光を浴び、実写では実に59年ぶりの復活となったガボラ。 

『シン』でも見られた「ヒレを放熱版に見立てる」演出はもちろん、なんと今回のガボラはヒレをプロペラにして空を飛ぶ。しかも、ただ飛ぶだけでなくヴァルジェネスとオメガを圧倒する空戦能力まで備え、固いヒレを武器にして「蝶のように舞い、蜂のように刺す」を地で行く始末。公式はオタクの予想を超えてなんぼだけれど、アークのメイン監督は格が違った……! 

と、気がついたらガボラのことばかり語ってしまうけれど、第20話『刻をこえて』でのレキネスアーマーの活躍や「クロノケロスに心臓マッサージを行うオメガ」など、その想像力で『オメガ』のケレン味に大きく貢献してくださったのも忘れてはならないポイント。是非今後もウルトラをよろしくお願いします!!

 

 

『オメガ』の玩具展開とその販促

 

〈物価高騰が引き起こした「逆転現象」〉

 

昨年執筆した『アーク』総括記事において、自分はこのようなことを書いていた。

 

『ギンガ』に合わせて税抜500円の新価格帯に生まれ変わったウルトラソフビシリーズは (玩具が付属したものを除くと) 、『X』で一部が600円、『オーブ』で一律600円、『デッカー』で一律700円に値上がりし、『アーク』ではアーマーを装着したアークや一部の怪獣ソフビが800円 (ギルバグのみ900円) に値上がりとなった。今後発売予定の怪獣ソフビは800円がスタンダードになっているため、おそらく今年か来年にはヒーロー・怪獣ともに800円がソフビの基本価格になると思われるけれど、「リニューアル以前の価格に戻ってしまった」と考えると、物価高騰の脅威が身に染みる……。 

引用:総括感想『ウルトラマンアーク』- 想像に "現実を変える力" はあるか? 新体制の挑戦作が描いた「想像力」とは何だったのか - こがれんアーカイブ

 

そんな『アーク』終了から半年。ソフビ人形は「ヒーロー800円」「アーマー付きは900円」「怪獣も900円」と、リニューアル前の価格に戻るどころか追い越してしまった。物価高騰もここまで来たか……と思うと頭を抱えてしまうけれど、誰より頭を抱えているのはバンダイの商品担当だろう。再びウルトラマンの主役商品に返り咲いたソフビは、今やウルトラシリーズの生命線そのものだからだ。

 

 

そんな苦境の中でも『オメガ』は近年のスタンダードである「ほぼ全怪獣のソフビ化」をしっかり達成し、上記のデマーガなど、再販商品については価格上昇に伴いリペイントを実施。ウルトラ怪獣アドバンスも、サイズこそ小さくなったものの価格帯を据え置きで2種リリースするなど、商品価値を落とすまいというバンダイの根性が感じられる展開ぶりだった。 

しかし、それらは価格上昇に対する「防衛策」でしかない。そのような逆風に対し『オメガ』が売って出た戦略とは、この逆風を「逆手に取ってみせる」ことだった。

 

 

『オメガ』のコレクターズアイテムは「ウルトラメテオ」。それ単体では音が鳴らない小物アイテム、という点ではウルトラメダルやブレーザーストーンの系譜に当たるものだが、特筆すべきはその価格。 

というのも、ブレーザーストーンが4枚で1300円という販売価格だったのに対し、このウルトラメテオは3個で990円。単価自体はストーンとほぼ同じだが、990円とは『オメガ』の怪獣ソフビと同じ。物価高騰の結果、「ソフビと同じ価格で買えるアイテムセット」というお得感のあるコレクターズアイテムが(狙ってなのかそうでないのか)誕生したのである。 

更に、このウルトラメテオは単に安いだけの商品ではなく、小ぶりな分たくさんの「これまでにない」魅力を持った優れものだ。

 

 

ウルトラメテオは、オメガスラッガーにセットして展開すると、ちょうど「カラータイマー」のようになるのが特徴。それを見越してか、なんと変身音・攻撃音だけでなく「赤く光ってカラータイマー音が鳴る」という遊びが可能な他、スラッガーモードでは各ウルトラマン(ある程度)対応した切断技の音声がなるなど、1個300円とは思えないプレイバリューを秘めた商品になっている。

 

 

更に、こちらの『レキネスアーマーセット』にはソラトが身に付けているネックレス・メテオホルダーが付属。これまでもコレクターズアイテムを身に付けるホルダー商品は度々リリースされていたが、このメテオホルダーはネックレスタイプのため存在感がピカイチで、身に付けるだけで「ソラトごっこ」が楽しめるお得なアイテム。原価の安さを活かしてイベントでの配布も行われるなど積極的に展開されており、オメガの販促における立役者だったと言えるだろう。

 

(自分のようなシリーズファンには「ぐんぐんカットがデザインされている」というのが従来のレジェンドアイテムに比べて大きな付加価値。ゼロのぐんぐんカットがイベント版になっていたり、ベリアルの存在しないぐんぐんカットが捏造されたりと話題に事欠かなかった印象だ)

 

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〈メテオカイジュウシリーズの「惜しさ」〉

 

ウルトラメテオシリーズが安価だったもう一つの理由として考えられるのが、『オメガ』玩具における主役ことDXメテオカイジュウシリーズの存在だ。

 

 

怪獣フィギュアから武器玩具に変形するという、まさに「ありそうでなかった夢の玩具」であるメテオカイジュウシリーズ。近年のヒーロー玩具は少子化・物価高騰の影響を踏まえてか「玩具の点数を減らしてプレイバリューを増やす」という傾向があり、ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーの『DXテガソード』や仮面ライダーガヴの『DXブルキャンガトリング』などが記憶に新しいところ。 

して、DXメテオカイジュウはまさにそんな「お得系DX玩具」のウルトラ版。そう聞くとまさに渾身の「外れようのないキラーアイテム」……に聞こえるが、いざ本編を観てみると目立っていたのは「惜しさ」だった。

 

 

DXメテオカイジュウシリーズは、スリープ(彫像)モードからメテオカイジュウ(怪獣フィギュア)モード、武器モードに三段変形するという高機能玩具。バンダイのノウハウ蓄積もさることながら、そこにシェパードンセイバーやサークルアームズといって歴代ニュージェネ武器玩具の「集大成」を見て感慨深くなったのは自分だけではないはずだ。 

しかし、玩具としての面白さ・魅力と「それが映像作品と噛み合うか」はまた別の問題。そのことを強く感じさせたのが、各アーマーへの変身バンクだ。

 

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引用:12分で分かる!「#ウルトラマンオメガ」前半ダイジェストPV!後半戦のシーンもチラ見せ!新たなメテオカイジュウ&アーマーも公開!! - YouTube

 

オメガのアーマーチェンジは「ソラトではなく、オメガが変身アイテムを操作する」という形で行われる。この手法は前作『アーク』を踏襲したものだが、アークのそれが「アーク特有の変わった挙動で玩具操作感を薄めた」というトリッキーな演出だったのに対し、オメガはポーズとアイテムを連動させたスタイリッシュなものとなっており、この点については文句無しの「ニュージェネ変身バンクの集大成」と言えるだろう。……なのだけれど、問題は肝心の「メテオカイジュウ」側の動き。 

というのも、メテオカイジュウはそもそも「怪獣が武器に変身する」というのが売り文句。実際に作中でも「怪獣が武器になった」と言及されているのだけれど、実際の変身シークエンスを見ると違和感が出てくる。実際のシークエンスは下記の通りだ。 

・コウセイがメテオカイジュウのエネルギー体(玩具準拠)を出現させ、それが武器モードに変形する。

・オメガと共に戦っているメテオカイジュウ本体がウルトラメテオに変身。

・オメガがメテオをスラッガーに装填後、武器を装着する。

この流れを踏まえると、例えばレキネスアーマーについては「レキネスがレキネスカリバーに変形した」のではなく「レキネスがメテオになり消失、別の場所からレキネスカリバーが飛来する」という、因果関係がちぐはぐな変身シークエンスになってしまうのである。 

これはおそらく「スーツのレキネスがDX玩具のレキネスカリバーに変形するのは無理がある」というそもそも論が原因だと思うのだけれど、その結果、一番の売りであるはずの「怪獣が武器に変形する」というケレン味が薄まっているのは大きな痛手だろう。 

大きなレキネスもコウセイから出てくるエネルギー体のレキネスも同じレキネス、と言われたら返す言葉もないのだけれど、変身シークエンスの滑らかさ・自然さで没入感やカタルシスが大きく変わってくることは過去のウルトラシリーズが実証済み。DXメテオカイジュウシリーズが玩具として高い完成度を誇っていたからこそ、映像作品と噛み合わせが悪かったことには「勿体ない」と言わずにはいられない。

 

(玩具準拠のメテオカイジュウたちが普段から活躍してくれていればまた違うベクトルでの人気が狙えたのかもしれないが、こちらは「動かすにはCGが必須」というのが痛手。この辺りは、他でもない製作陣が誰よりもどかしさを感じていたのだろうと思う)

 

オメガのテーマ(BRIGHT EYES)(UO_M-1)

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『オメガ』が描いた物語

 

〈前談 -『ウルトラマン 空想特撮シリーズ』と、令和ウルトラマンたちのメッセージ〉

 

『オメガ』という作品に一貫していたのが「当たり前を問い直す」という姿勢。なぜウルトラマンは地球を守るのか、なぜ怪獣は現れるのか、なぜ怪獣を倒さなければならないのか……といった大枠の話だけでなく、怪獣の対策や各話のシナリオに至るまで「なぜ?」という疑問符が張り巡らされていった。 

これが効を奏し、本作は『ブレーザー』『アーク』の硬派な手触りを踏襲しつつも、より等身大で「没入しやすい」物語として練り上げられていった。方法論としては『仮面ライダークウガ』『シン・ゴジラ』等に近いものがあるが、シミュレーションSFに舵を切らず牧歌的な雰囲気を残したのは『ブレーザー』『シン・ウルトラマン』との差別化、もしくはウルトラシリーズらしい「自由度」の担保などを狙ってのことかもしれない。 

一方、この「当たり前を問い直す」という姿勢が見つめていたものは、ウルトラシリーズにとって最大の「当たり前」……つまり、本作が最もリスペクトを捧げたであろうウルトラマン 空想特撮シリーズ』の物語を問い直す、という意味でもあったのだろうと思う。

「空想特撮作品として」の項で触れた通り、昭和第1期ウルトラシリーズ3作品へのリスペクトが色濃く感じられる『オメガ』だが、武居監督の言及や最終的な着地点に鑑みても、最も意識されていたのはおそらく『ウルトラマン 空想特撮シリーズ』。

 

 

ウルトラマン』とは、多種多様なエピソードで構成されたオムニバス作品である一方「地球人と一心同体になった宇宙人が彼らを愛し、その命を差し出すまでになる」という愛の物語でもあった。 

地球人より遥かに優れた文明・能力を持つ、さながら神の如き存在であるウルトラマン。しかし、そんな彼が愛した地球人は断じて完璧な存在ではなかった。 

慢心から失敗もする。ウルトラマンに頼ればいいとさじを投げるときもある。欲望に負けるときもある。許されない過ちを犯すこともある。それでもウルトラマンは地球人を守り、地球人を愛してくれた。それは、地球人がただ間違えるのではなく「間違いから学び、反省し、未来に向かって歩き続ける」という意志を持っていたからだ。 

それはきっと、同作の実質的なシリーズ構成や『さらばウルトラマン』の脚本執筆を務めた脚本家・金城哲夫が抱いていた「人間の未来を信じたい」というある種の祈りでもあったのだと思う。

 

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そんな『ウルトラマン』から60年。科学は大いに進歩したけれど、文明の発展に人間の成熟は追い付かず、今も世界では争いが起き続けている。平和の中に生きている日本の人々もまた、パンデミックによる疲弊や頭打ちの経済、SNSの発展などを受け、誰もが日々を疲れながら生きている。科学の発展は人々の暮らしを豊かにしてくれたが、それは同時に「人間の限界」をも露呈させてしまったのだ。 

そんな暗い世界に生きる愚かな人々を、ウルトラマンは愛してくれるのだろうか。彼らは、私たちに価値を見出してくれるのだろうか。そんな疑問符に対し、令和のウルトラマンたちはそれぞれに異なる形で――とても優しく、暖かなメッセージで応えてくれた。 

生まれや育ちは在り方を決めない、と私たちの存在を肯定してくれたウルトラマントリガー。 

コミュニケーションがもたらす希望を教えてくれたウルトラマンブレーザー。 

人間に眠る「想像力」という可能性を照らしてくれたウルトラマンアーク。 

そして、輝く夢や崇高な理想がなくても「今を精一杯駆け抜けること」が大切なのだと示してくれたウルトラマンデッカー。

 

カナタは普通の一般人であり、それ故に輝ける「夢見る未来」を持つことはできない。けれど/だからこそ、人として何より大切なこと=本当に守らなければならないものを見失うこともない。そんなカナタの「等身大」な在り方は、夢を持つことの難しい令和の世、つまり「私たちの生きる現代」にとっても相応しいヒーローの姿なのではないだろうか。

引用:総括感想『ウルトラマンデッカー』 令和の世を映す “新たなる光” は「NEW GENERATION DYNA」となり得たのか - こがれんアーカイブ

 

前述の通り、『オメガ』を手掛けたのはこの『デッカー』と同じ座組。そのためか、同作で描かれた「今を精一杯駆け抜けることの大切さ」というメッセージが、形を変えて『オメガ』にも受け継がれていたように思う。

〈ソラトが見つめた「地球人の価値」〉

 

宇宙観測隊としての記憶を失い、地球に落ちてきたオメガ・オオキダ ソラト。彼はまっさらな状態でたくさんの地球人と交流してきたが、人々は決して、アユムやサユキのような「正しい」存在ばかりではなかった。 

自分本意で調子の良いカミヤ。人を見下し、煽動することで自尊心を満たすオオカミくん。「大人の責任」を置き去りにしてしまったゴーストライダーズ。お金に目が眩んでしまったカネナリ。立派な信念を持っていても、一時の感情でそれを投げ出してしまうマキ。怪獣と戦うために禁忌に手を出してしまったNDF……。これら一つ一つの「点」だけでは――たとえ、その行動の裏に想いや情熱があったとしても――ソラトは最終回で「オメガ」を覆すことができなかったかもしれない。 

しかし、地球人は「間違う」だけではなく「間違えても、その間違いと向き合う」ことができる存在だった。そんな在り方を象徴していたのが、ソラトの側で走り続けた地球人・ホシミ コウセイだ。

 

 

本作における事実上の「もう一人の主人公」であったコウセイ。彼は陸上選手の道を諦めて以降これといった夢も目標もなく、日々を迷いながら生きているごく普通の青年で、怪獣使いになったのも(作中の描写上は)あくまで偶然の域を出ないもの。 

突出した能力もなく、名声に憧れ、子どもっぽい部分もあり、大切なものを見失うこともある……。これらを見るに、彼はアスミ カナタよりも更に私たちに近い「ただの人間」として描かれていたように思う。 

(この設定は、おそらく「ウルトラマンではないもう一人の主人公」だからこそ実現したもの。彼が主人公だったなら、ここまで明確に「短所」が描かれることはなかったのではないだろうか)

 

しかし、コウセイには「自分の間違いを認め、人に優しく接することができる」という大きな――けれど、決して特別ではない――長所があった。

 

「別に無理してやってたわけじゃねぇよ! 俺はやりたいからやったんだ!ソラトと……みんなの役に立ちたいって思ったことは嘘じゃない! 断じて嘘じゃなぁぁいっ!!」

-「ウルトラマンオメガ」 第12話『俺のやりたいこと』より

 

人間は決して完璧にはなれない、生物である以上、必ず間違えることはある。だからこそ、大切なのは「間違えたとき、それを認めて自分を変えていく」こと。そして「前に進むことを諦めない」こと。それはきっと、オメガ……もとい宇宙観測隊に欠けていたものなのかもしれない。

 

 

生命体の始まりと終わりを観測し、宇宙の秩序を生み出す方法を模索し続ける宇宙観測隊。彼らは一見すると高い視座を持った秩序の守り手に思えるが、彼らの方法は見方を変えれば「秩序の守り手たらんと完璧を求め “間違い” を放棄した」とも受け取れる。 

生命体は必ず間違える。しかし、秩序の守り手は間違いを犯してはならない。そのジレンマを解消するため、本来は彼ら自身が背負うべき「間違い」という業を他の生命体に押し付けた。それが、彼ら宇宙観測隊に隠された罪だったのだ。 

一方ソラトは、そんな「完璧な」宇宙観測隊の中で一人、間違いを犯しながら生きる不完全な生命体・地球人の姿に心惹かれる変わり者だった。彼にとっては「結果」がどうあれ、自分の意志と足で未来へと進んでいくその歩みこそが「宇宙観測隊の自分では決して得られない、愛おしい光」であり、だから彼は地球で出会ったあらゆる人々の幸せを願っていたのかもしれない。 

であれば――間違いを犯し、それでも立ち上がり、自身の不完全さを他者への「やさしさ」に変えられるホシミ コウセイの存在は、ソラトにとって一体どれほど眩しい星だったのだろう。

 

 

完璧な存在は、他者にも完璧を求める。けれど、不完全な存在は他者の不完全を受け入れることができる。自分と違うものを理解し、相手の胸の内を想像し、そこに「優しさ」を注ぐことができる。 

それは、間違えるからこそ宿る力。武器や光線よりもずっと強い、ソラトが憧れ続けてきた輝き。「目覚めの刻」という定められた滅びを唯一回避できるかもしれない希望。 

人間は不完全だから守る価値がないのではない。人間は、不完全だからこそ守る価値がある。 

不完全な者にしか「優しさ」は宿らない。宇宙観測隊には持てなかったその力こそが、ウルトラの光を持つに相応しい資質であり、だからこそ、今も昔もウルトラの光は地球人と一つになり、そうすることで初めてウルトラマンへと成ってきたのかもしれない。

 

 

特別でなくていい。崇高な理想も大きな夢も必要ない。間違えることがあったとしても、誠実に優しく、一生懸命「やりたいこと」を生きればいい。それは、コウセイたちがソラトに示した「地球人の光」であり、この作品から私たちに託された祈りでもある。そのことは、本作におけるもう一人の「ごく普通の人」ことアカジ ナリアキを通しても語られていた。

 

 

「マサっさんこんにちは。怪獣のせいでうちの会社も大ピンチです。でも僕は、怪特隊を……そしてウルトラマンを信じて、これまで通り仕事に励みます。日々一生懸命に生きることが、彼らへの恩返しになることを願って」

『……だって。そうだよねぇ。私やレミちゃんもそうだけど、どんな世の中だって、その中でみんな頑張って過ごしてるんだ。で、そんな毎日を、怪特隊の皆さんは守ろうとしてる。ウルトラマンだって多分そうだよ! だったら、私たちは信じて生き抜かなきゃ!』

-「ウルトラマンオメガ」特別総集編③『アカジナリアキの希望』より

 

『アカジ ナリアキ』シリーズを手掛けたのは、本編のメインタッグである武居監督と足木淳一郎氏。だからこそ「私たちは、私たちにできることをするべき」というこの言葉は、まさに『オメガ』の的を得ていたように思う。 

ウルトラマンオメガ』は、レギュラーのキャラクターが少なかったこともあって、近年のシリーズの中でも特に市井の人々が掘り下げられた作品だった。だからこそ、本作には私たち一般人にも手の届く「道標」が散りばめられている。 

怪獣の影響でピンチな中でも、通販サイトの運営という自身の仕事に一生懸命取り組むことを誓ったアカジ ナリアキ。ラジオという自分たちの舞台で、ウルトラマンへの信頼や避難指示を届けるマサっさんとレミ。第1話の親子が第24話で見せた優しさ。コウセイを支えたオオヤの思いやりに、ソラトの正体を察しながらも「友達でいる」ことを選んだアユム、アユムに手を差し伸べたサユキの親愛……。 

それら一つ一つは決して特別じゃない。けれど、このような小さな誠実さ・善意の積み重ねが地球人の価値になる。ウルトラマンの愛に対する恩返しになる。それこそが、本作が描き、私たちに託した「ヒーロー」の在り方なのではないだろうか。

 

 

総評『ウルトラマンオメガ』- そして2026年へ

 

各監督の演出、シリーズ構成、玩具展開、物語……。それぞれの魅力はここまで挙げてきた通りだけれど、他にも「近藤頌利氏・吉田晴登氏らキャスト陣の好演」「本編と明確にリンクした主題歌・挿入歌」など、本作は多方面において隙のない完成度を誇っていた。あるいは「統率が取れていた」と言うべきかもしれない。 

最終章の「すべてが一つに解け合っていく」感覚は、スタッフやキャスト、アーティストが同じ方向を向いていたからこそ生まれたものなのだろうし、それは2クールの準オムニバス作品であるウルトラマンシリーズにおいて非常に難しく、だからこそ求められ続けてきた一つの到達点だと思うのだ。

 

 

一方、主に序盤で悪目立ちしていた「ゲストのヘイトコントロール」問題や、堅実な作りの反動かキャッチーなトピックに欠けていたためか、自分の周りでは途中で視聴を断念してしまう方も多々見られた。足木淳一郎氏がシリーズ構成として参加される点から期待されていた「舞台作品と本編のリンク」もこれといって行われず、総じて「話題性」という点ではパワー不足だった感が否めないだろう。

 

(『ウルトラヒーローズEXPO 2026 ニューイヤーフェスティバル』のステージは、歴代ヒーローとオメガの共演が「お互いの世界観を限りなく尊重した」形で組まれた巧みな構成や、近藤頌利氏の登壇回で見られたスペシャル演出、そしてガメドンアーマーの先行登場など見所が多く、コウセイ役・吉田晴登氏に子どもたちの声援が飛ぶ様には思わず涙ぐんでしまった)

 

こうして振り返ると、決して「完璧な作品」というわけにはいかなかった『オメガ』。しかし、前半の問題点を回収してみせたほか『Q~セブン』までの作品群を再構成することで幾重ものうねりを生み出したシリーズ構成、近年でも突出した熱量・緊迫感の最終章と、最後の最後で「第1話」に行き着く美しさ、全体に散りばめられた『ウルトラマン』へのリスペクトや「人間と宇宙人の合体」といったシリーズの当たり前を「旨味」へと昇華してみせた点等に鑑みても、自分は本作こそが「ウルトラマン60周年記念作品」であるのように思えてならない。 

しかし、真のウルトラマン60周年記念作品はこの先に控えている。

 

 

2027年公開予定の映画『ウルトラマンゼロ』。そして(その前フリも兼ねてなのか)ゼットに加えてジードがレギュラー出演するという『ウルトラマン ニュージェネレーション スターズ(2026)』。

 

 

近年はこの「総集編枠」の内容が新作TVシリーズと絡むことが少ないため、この内容から予想できることは少ない。また、2017年8月から円谷プロダクション(現:円谷フィールズホールディングス)に参加、ウルトラシリーズブランディングや海外展開に大きく寄与された塚越隆行氏が2025年6月に退社されていることからも、2026年からのシリーズの動きは一層予測不能になっていくと思われる。 

ともあれ、自分のような一ファンにできるのは、素晴らしい物語を見せてくれた『ウルトラマンオメガ』を少しでも広めていくこと、そして本作から受け取った「優しさ」を無駄にしないこと。 

現実世界にウルトラマンはいない。けれど「ウルトラマンの愛に足る地球人で在りたい」と思う気持ちは本物だ。そんな気持ちを胸に、私も私の「やりたいこと」を探して明日からの日々を生きていこうと思う。

 

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