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〈2025年下半期〉読書感想まとめ - ひとくち感想の限界と「読書」のステップアップ

この2025年下半期から、自分が新しく書き始めたのが「ひとくち感想」という記事。一本の感想記事としてお出しするにはボリューム不足だが、まとめ記事の一部として扱うには量がある……という、微妙な文字数の記事をアップするための新しい枠組みだ。 

その枠組みを作った結果、今回読んだ小説の感想もいくつかそちらでアップすることになり、一時は「この感想まとめシリーズも終了かな」などと思ったりしたのだけれど、それは大きな思い違いだった。 

世の中には、自分のような新人読書マンには「ひとくち感想」ほどの言語化もできない本、あるいはそれ単体の感想記事としてアップできるほど理解を深められない本が星の数ほど存在する。そんな時に、この読書感想まとめはある種の「隠れ家」として機能してくれるのである。 

そんな胸を張って言うことでもない気がするけれど、ともかく「ひとくち感想」という新しい手札を得ても、やっぱりこの読書感想まとめは必要だな……と思ったのがこの2025年下半期。今回もその振り返りに是非お付き合いください。

 

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引用:『タイタン』作品情報 - 講談社

 

《目次》

 

『小説 機動戦士ガンダム00P』(7/14~8/4)

機動戦士ガンダム00』本編の放送と並行し、模型紙の『電撃HOBBY』で連載されていた公式外伝作品。「P」を冠する通りその内容は過去編で、2292年編ではフェルトの両親であるルイード・レゾナンスとマレーネ・ブラディたち第二世代ガンダムマイスターの活躍やイアン・モレノ両名のソレスタルビーイング入りが描かれ、2302年編ではソレスタルビーイングのスカウト担当であるイノベイド、グラーベ・ヴィオレントを主人公に、『00F』第二世代ガンダムマイスターの一人であったシャル・アクスティカやヒクサー・フェルミの『00F』に繋がる物語が描かれていく。 

執筆を務めるのは、本編のSF考証を務められた千葉智宏氏。本業の小説家ではないことに加え、上下巻合わせて400ページほどしかないためか全体的にダイジェスト風味になっていたり、ヒクサーの「ボインのねーちゃん好き」という今見ると中々厳しいキャラ付け・台詞回しであったりと問題も多いが、水島監督や黒田洋介氏監修なのでその作り込みは「公式外伝」の名に違わぬもの。イノベイドやヴェーダの詳細、ニールたちがマイスターに選ばれるまでの過程、疑似太陽炉の出自やGN粒子の毒性について等々、そのような『00』の設定をより深く理解できるサブテキストとして非常に優秀で、小説ではなく「ストーリー付きの資料集」として読むと丁度良い塩梅で楽しめるかもしれない。

自分は本作を10年ほど前にも読んでいるのだけれど、その際に響いたのは「姉御肌で銀髪ポニーテールの目付きが鋭い死刑囚」と癖属性メガ盛りマレーネ・ブラディ――よりも、むしろ後半の主人公=グラーベ・ヴィオレントの方。スカウト役に相応しいクールな佇まいの裏に「人間らしさ」への深い愛情を秘めたその人柄に自分はガッツリ惚れ込んでしまって、ソレスタルビーイングとしての矜持と友への想いが溢れるクライマックスで盛大に泣かされてしまって以来、今に至るまで愛してやまないキャラクターだ。今回も泣いた。 

「模型紙掲載の小説」ということで単行本の流通が少なくマイナーな作品だけれど、00を深く知る上では決して欠かせないピース。ファンなら読んで損はないので、是非皆さんも『00P』、そして本作から連なる『00F』『00I』もよろしくお願いします……!!

 

 

『綺譚集』(8/5~8/20)

 

津原泰水氏による短編集で、ウルトラシリーズの有名怪獣であるジャミラを元にしたホラー短編があるということで友人が勧めてくれた一冊。その『夜のジャミラ』は、私たちが生きる現実と、ジャミラの原典である『故郷は地球』で描かれた悲劇を重ねつつ、ジャミラという怪獣をホラーの文脈で再定義してみせるエッジの効いた傑作だったが、それ以外の部分にも大きな衝撃を受けることとなった。  

巻末の解説では、この本が「幻想文学」と称されていたけれど、その言葉が文字通りストンと腑に落ちた。本作に収録されている短編は、時代もジャンルも舞台も、果ては文体さえもバラバラながら、いずれも「現実と地続きの異界」を描いたものになっている。 

神経を患った者が少女の死体を解体する過程。持ち主から切り離された「足」に宿るもの。蟲や約束を依代に動き続ける、死にきれなかった魂。隣の家に住む対話不能の存在。芸術に命を吸われていく人間たち……。それらはいずれもこの世界に「無い」とは言い切れない絶妙な塩梅で、私たちの側に潜む「向こう側」への扉をこじ開ける。この不気味でどこか美しい・退廃的な空気感が自分はとても好みで、特に印象的なのは(一見ファンタジックだからこそ)オチの凄まじい切れ味に圧倒される『古傷と太陽』だろうか。

また、この短編集に魅せられたもう一つの理由が、作者・津原泰水氏の鋭い感性が生み出す「納得感」。というのも、本作は幻想文学かつ短編集という性質もあってか)作中で起こる特異な現象について詳細な説明・理屈が語られることはない。しかし、それらの出来事がいかに特異でも、そこには得てして不思議な納得感があり、読んでいる中でそれを違和感なく飲み込んでしまえるのである。 

このことが顕著だったのが、港町で姉と共に祖父殺しに及ぶ少年と、人々を連れ去る謎のサイレンを描いた『サイレン』。本作ではそのサイレンの正体が明かされることはないが、少年の中で渦巻くリビドー=不可逆な性徴とタナトス=不可逆な死への歩みが「海の生臭さ」で紐付けられるという構図や、祖父殺しを経ても満たされなかった「死」への渇望が、あらゆる命を取り込んでいく姉に精を吐き出す体験によって埋められてしまうというラストを読んでいると、彼らを拐うサイレンの正体も自ずと――それは理屈を優に越えたものであるけれど――察せられてしまうし、その瞬間、既に自分はその現象に「納得」させられているのだ。本作のジャンルはホラーではないけれど、ホラーをはじめとした「この世ならざるもの」を描く上で外せない真理がここに具現しているように思う。

 

 

『ババヤガの夜』(8/21~8/25) ※ネタバレあり

 

世界有数のミステリー・犯罪文学賞であるダガー賞を日本人の作品として初めて受賞した記念すべき作品。その大看板につられて思わず購入してしまったのだけれど、率直な感想としては非常に「読みやすい」小説だった。 

若干200ページというボリューム、カラッとして滑らかな文章、指針が明確で飲み込みやすい物語、ダーティだが時に痛快な (ここで “痛快な” と感じさせることが本作の肝でもある) バイオレンス描写、繊細に描かれる人間関係の変化……。小説を読むのが好きで、けれど読書経験の浅い自分にとってこの手触りは非常にありがたかったし、過度に難解でも哲学的でもなない本作がこのような高い評価を得られた事実には、創作が趣味の人間としては安堵 (?) する気持ちも少なくなかった。 

そんな本作の見所は多々あるが、中でも本作がダガー賞を受賞したポイントであろう「新道依子=芳子、内樹尚子=正」という仕掛けは見事だった。芳子&正パートは時系列もぼかされており、名字も伏せられているので「少なくとも尚子の母とその相手 (長ドスのマサ) ではなさそうだな」とまでは思ったし、新道と柳か? という考えも浮かんだけれど「仮にそうだとして、伏せたことにそこまで大きな意味があるか?」と頭から追い出していた。問題は、その過程で「依子と尚子」という予想が一切浮かばなかったことにある。その線を予想できなかった理由は、第一に依子が着用していた「N」のペンダントだろう。 

そもそも、自分は「内樹源造」を「うちきげんぞう」と読んでいた。そんな中で彼の娘=尚子が登場し、読みはしょうことなおこのどっちだろう? と首を傾げたところに例のペンダントが出てきたので「あぁ、内樹尚子 (うちきなおこ) か」と思ってしまい、後にペンダントが母のもの、つまり「Nは “ないき” のN」だと分かっても、尚子 (なおこ) という認識は覆らなかった。なので、尚子が「しょうこ」であり、正が「しょう」であるという種明かしはまさに死角からの一撃。小説という媒体を有効活用したそれはもはや痛快で、一体どこからどこまでが計算づくだったのだろう……? と気になってしまう。 

そして、もう一つの理由は「正を男性だと思い込んでいた」こと。正という名前が主に男性の名前として使われることや、ミスリード先の名前がマサであったことなど根拠は多々あるけれど、中でも大きかったのは、自分が正の髪型や振る舞い――角刈りの胡麻塩頭という出で立ちや、亭主関白的に見える2人の関係性をベースに、その性別を当たり前のように男性だと決め付けてしまっていたと気づかされたこと。芳子と正という名で周囲を欺いてきた新道は「カタにはまった世の中ほど騙しやすい」と語るが、我々読み手もまた「カタにはまった世の中」の一部であり、無自覚の偏見を持っていると思い知らされてしまうのである。 

その経験を挟むからこそ、2人のシスターフッド的な「名前のない関係性」が一層美しく、得難いものに思えてくる。鬼婆 (ババヤガ) のエピソードにも顕著だが、本作は新道や尚子、柳たちを通して善と悪/男と女といった世の中の「型」を揺さぶり、そこに一石を投じる極めて社会的・現代的な物語だったと言えるだろう。 

一方、読者に何本もナイフを突き刺していくスタンスや、頻繁に強調される過激な (数十年前のヤクザだから、と言われれば返す言葉もないが) 女性蔑視発言などから、前述のテーマを扱った作品というよりも「作者の思想」や「プロパガンダ作品」を読んでいるような気分になってしまったことは否めない。物語への没入感を、やや過剰に伝わってくる「作者さんの言いたいことはこれなんだな」感が少なからず削いでしまったのである。 

投げ掛けられるメッセージそれ自体には共感できるし、テーマ性あってこその創作だとは思うけれど、一度作者の顔が見えてしまうと作品は箱庭のように、キャラクターは傀儡のように映ってしまうもの。その「作者の顔が見える」ラインは一体どこなのか、今後読書の経験を深めていく中でしっかりと見定めていきたい。

 

 

『骨灰』(8/27~8/31)

 

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キノの旅 -the Beautiful World - 』(9/2~9/9)

 

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『穢れた聖地巡礼について』(9/19~9/23)

 

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『口に関するアンケート』(9/28)

 

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『タイタン』(11/10~11/19)  ※ネタバレなし

 

HELLO WORLD』『野崎まど劇場』の野崎まど氏が描いた本格SF、それも「AIを人間がカウンセリングする」という衝撃的なあらすじ、こんなん絶対面白いって! ……ということで購入。いざ読んでみたところ、まずそのSFとしての面白さに吃驚させられた。 

本作の舞台は、AIが発展し人を「仕事」から解放した世界。物流やエネルギー問題のすべてを超規模AI・タイタンが賄う世界で、謎の不調を起こしたタイタンの一基・コイオスを、趣味で心理学を学んでいる主人公・内匠成果がカウンセリングすることになる……のだけれど、そもそもこの「カウンセリング」に至るまでにいくつもの壁が立ちはだかる。 

自我がないAIをどうカウンセリングするのか。AIにどう「自分と他者」を区別させるのか。心理学的なアプローチを多分に盛り込んだ「対話準備」の段階で本作は読み応え抜群で、いざカウンセリングが始まったら始まったで、本作はとんでもない……本当に文字通りとんでもない転回をいくつも見せていく。 

しかし、そのような「SFとしての面白さ」の横で、ミクロな問題を丁寧に丁寧に積み上げていく点こそが本作の白眉。というのも、コイオスの不調は「仕事」という概念と密接に紐付いており、本作は成果・コイオスと共に「仕事とは何か」を探っていく物語でもある。 

自分はサラリーマンなので、仕事を「お金を得るためのタスク」としか見ていなかったし、彼らの繰り広げる仕事問答にそこまで心惹かれなかったのだけれど、この「仕事」はその意味をどんどん広げていく。 

誰にも使われない発電機は仕事をしていると言えるのか。火山や内蔵の「働き」は仕事と呼べるのか。芸術が人の心を動かすことは仕事と言えないのか……。その果てにある一つの答えが提示されるが、それを私たちの日々の「生」に対する答え合わせと感じる方も少なくないと思う。実際、自分はその答えによって「自分はちっぽけな人間だけれど、それでも “良い仕事をしている” のかも」と、人生に張り合いがあると思うことができた。 

AIの発展により、自分の存在価値に疑問を感じている人は少なくないだろうし、それはひょっとすると野崎まど氏もそうだったのかもしれない。その疑問への答えを、ありがちな「AIディストピア」ではなく「AIの可能性を真摯に描いたシミュレーション」に乗せて描き出した本作は、まさに2025年の今読まれるべき作品と言えるだろう。 

……ちなみに、作中では「我々への忖度をしないAIがいかに我々の理解を越えた存在か」を示す描写がいくつも見られるのだけれど、特に驚かされたのが本作の〆にあたるシーン。人間から遠く離れたAIとはこういうものか、と圧倒されつつ、それはそれとしてそれがよりによって自分のトラウマをぶち抜く代物だったので気が狂いそうになった。AI……俺はお前を絶対に認めない!!!!!!(私怨)

 

 

おわりに - 読書のステップアップ

 

そんなこんなで、今回この「まとめ」枠として感想を書いたのは4作。うち『綺譚集』『ババヤガの森』『タイタン』の3作は、まさに冒頭で述べた「ひとくち感想ほどの言語化もできないもの、あるいはそれ単体の感想記事としてアップできるほどの理解を深められない本」であった。 

そういった本を読むのは正直「慣れ」の面で苦しい部分もある。けれど、だからといって「じゃあこういう本は読まなくていいや」とはならなかった。そういう本の中にこそ、自分の知らなかった世界が広がっているものだし、だからこその面白さがごまんとあったからだ。この感想まとめは、そうした世界・視野の拡大――あるいは自分自身の「ステップアップ」の場として、これからも役立ってくれるに違いない。 

様々な事情もあって上半期ほど本を読めなかった2025年下半期だけれど、来年はもっと本をたくさん読んでいきたいところ。新たな出会いに期待しつつ、今年の読書記録はここで〆にしたい。 

上記の本を勧めてくださったり、貸してくださった皆様、ありがとうございました……!




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