皆さん、「幸せ」噛み締めてますか。『劇場版アイカツ!』メモリアルアンコールの鑑賞帰りで電車に揺られている今、自分は「アイカツ!シリーズが好き」と言える幸せをしみじみと噛み締めています。
『アイカツスターズ!』にドハマりし、『アイカツフレンズ!』も楽しく駆け抜け、『アイカツオンパレード!』に叫び散らかして、『アイカツアカデミー!』は今や生活に欠かせないライフライン。シリーズの原典『アイカツ!』も、紆余曲折を経て無事「大好きな作品」と相成ったので、残るは『プラネット!』に『アイカツ! 10th STORY 未来へのSTARWAY』という圧倒的勝ち確ラインナップ。
このまま順当にいけば、アイカツ!は自分のオタク人生でも珍しい「全部が大好きな」シリーズになりそうなのだけれど、その中で「最も完走が危ぶまれた」のは間違いなく『アイカツ!』だろうし、同時に、2024年度の「最大爆泣き指数」を叩き出した作品もこの『アイカツ!』なのだ。
長文感想オタクとしては、そんな稀有な経験をした『アイカツ!』マラソンの記録を詳細に書き残しておきたいのだけれど、なにせ本作は映画数本+テレビアニメ全178話という規格外の大ボリューム作品。そんな本作を語るべく、今回はアイカツ!から個人的な「ベストシーン」をキリ良く10ヶピックアップ。それらを中心に、本作品を駆け抜けた思い出を振り返っていきたい。
そんなこんなで早速、「 “ベストシーン10選” で『アイカツ!』を振り返っちゃいまSHOW」始まります! (没タイトル)

《目次》
- はじめに~『アイカツ!』に途中までノレなかった理由
- 第48話『Wake up my music♪』
- 第89話『あこがれは永遠に』
- 第97話『秘密の手紙と見えない星』
- 第101話『憧れのSHINING LINE』
- 『劇場版アイカツ!』
はじめに~『アイカツ!』に途中までノレなかった理由
苦手なものは最初に食べるタイプなので (?) まず初めにネガティブな話=『アイカツ!』1年目と2年目 (~75話) に苦手な部分があり、あわや折れかけそうになった……という件について触れておきたい。
フォロワーに見守って貰いながら始まりました、『アイカツ!』視聴マラソン。スターズ!を経て出会う原点、しかと見届けます……!#れんとVSアイカツ1年目 pic.twitter.com/OjUd249r5C
— 虎賀れんと (@Le_Soya) 2024年6月18日
『Signalize!』『fashion check!』『ヒラリ/ヒトリ/キラリ』など自分のツボに刺さる歌が多いのはもちろん、サインやSNSの使い方など、後続作品に比べて「 “アイドル” にフォーカスしたお仕事もの」としての側面が強いほか、作品全体を貫く「憧れ」「継承」というテーマも美月やいちごを中心に既に描かれていたり、第33話『チャンス&トライ☆』から第37話『太陽に向かって』の5話を丸々使って描かれる「トライスター&ソレイユ結成編」が作中屈指の盛り上がりを見せたり……と、まさに「そつのない」内容だった『アイカツ!』1年目。自分がそれらの魅力を楽しめなかったのは、偏に「途中参戦キャラクターたちの扱いとその描写」という問題点が、頭の中でずっと引っ掛かっていたからだ。
16話現在、一番気になっているのは「いちご、あおい、蘭がユニットを組む時おとめがどうなるのか」ですかね…………。#れんとVSアイカツ1年目
— 虎賀れんと (@Le_Soya) 2024年6月20日
本作は、非常に「メインキャラクターが増える」というイベントが多い作品で、1年目だけで見ても、おとめ、しおん、ユリカ、さくら、そしてかえでと実に5人ものキャラクターがメイン格として途中参戦する。
アイカツ!は1年目だけでも4クールの長期作品。DCDとの連動を加味してもそれ自体は何ら不思議なことではないのだけれど、自分が気になってしまったのは、彼女たちが登場した後の扱い。というのも、彼女たちは「登場回」「掘り下げ回 (プレミアムドレス獲得回) 」という主役エピソードを経ると、途端に物語の中心から遠ざかり、ゲスト以上レギュラー未満の存在、言葉を選ばずに言うと「賑やかし要員」のようなポジションに収まることが多くなってしまう。
新キャラクターの登場で「一体どんなうねりが生まれるのか」と期待してしまう人間としては、鳴り物入りで登場した新キャラクターたちがこの流れをノルマ的に繰り返していく姿には、どことなく「スカされた」ような感覚を覚えてしまい、2年目前半においても同じ流れが続いた (そら、マリア) 時には「ひょっとして、アイカツ!全体がこのノリで進むんじゃないか」「この状況を “ノルマ的” と感じてしまっている時点で、それは “この作品自体が合わない” ということなんじゃないか」と感じてしまい、この先100話も見れるかな、そっと観るのをやめてしまおうかな……と、視聴を諦める一歩手前まで迫っていた。けれど、今ならハッキリ言える。ここで辞めなくて、本当に本当に良かったと。
……ここから先は、そういった理由から『アイカツ!』に乗りきれず頭を抱えていたオタクが、無事本作にハマリ散らかし何度も号泣させられ地面に頭を擦り付けるようになるまでの軌跡としてお楽しみください。
第48話『Wake up my music♪』
上記の理由から、自分にとっては「あまり乗れなかった」印象が強い1年目だけれど、そんな状況でも「おっ……!?」と思わされることが多かったのが星宮家縁のエピソード。
四人ともキャラが濃い上に、諸星すみれ、能登麻美子、瀬戸麻沙美、子安武人というとてつもない声帯を持っており、それぞれに天才的な才能まで備わっている星宮家。しかし、今にして思えば、そんな超家族が「素朴な日常を一番の幸せとしている」ことそれ自体が本作における「回答」になっていたのだろうし、そんな日常の象徴=星宮家を舞台に描かれるりんご・いちごの「アイドルとしての顔」は、往々にして本作の核となる部分を描き出していたように思う。その一つが、シリーズに通底する概念=セルフプロデュースだ。
いちごに、自身がレジェンドアイドル・マスカレードのミアであったことを明かしたりんごは、親子揃ってかつての恩師=天羽あすかの元へ向かう。久しぶりの再会を喜びながら、りんごはあすかと自分との縁を語り始める。
「私がアイドルを辞めてお弁当屋さんになる時に、背中を押してくれたのはあすかさんなの」
「そうなの?」
「私はアイドルが好きだったけど、アイカツして笑顔になってくれるお客さんを見ているうちに、ひとりひとりをもっと知りたくなったの。その時に思い出したのが、子供の頃になりたかったお弁当屋さんのこと。ひとりひとりとお話ししたり、喜んでもらったり、そういうことをしたいと思ってた。……そんな時、あすかさんに “あなたは才能がある” って言われたの」
「才能って、アイドルの? お弁当屋さんの?」
「そうね。“自分が何をしたら幸せか” 感じる才能。幸せだと思うことがあるなら、やった方がいい、って」
「自分が何をしたら幸せか、本当に分かるのは自分だけ」
「あすかさんは、私にそう教えてくれた」(中略)
「あすかさん、ありがとうございます。……今も私、幸せです!」
-「アイカツ!」 第48話『Wake up my music♪』より
特筆すべきは、やはり「自分が何をしたら幸せか感じる才能」という言葉。言い換えれば「自分の行くべき道を自分で見付け出せる才能」とも言えるかもしれない。
アイドル界という眩い世界の頂点で輝きながら、自分にとって大切な「本当に望むこと」を見失わず、そのために自らステージを降りたりんご。自分の道を自分自身で選び取った彼女の決断は、まさにセルフプロデュース (=自分の生き方を自ら創る) の最たる例と言えるものだろう。
同話において、りんごは自らの過去をいちごに隠していた理由を「いちごには自分の道を自分で決めてほしかったから」と語っている。確かに、自分の親がレジェンドアイドルだと知ってしまったら、その事実は間違いなく人生に大きな影響を及ぼしてしまう (アイドルを目指すにせよ忌避するにせよ、その事実ありきの人生になってしまう) はず。
また、「親がレジェンドアイドル」というほど大仰でなくても、世の中には「自身の選択を歪めるもの」がごまんとある。人をねじ曲げる他人の悪意、目先の欲望に目が眩む弱い心……。この言葉は、それらに負けない生き方を思い出させてくれると同時に「自分の道を自分で選べることは、それだけで才能なんだよ」と励ましてもくれるものでもある。胸にしかと刻んでおきたい、厳しくも優しい=アイカツ!らしい金言だ。
(第76話『びっくり☆フレッシュガール!』では、この台詞がなんといちごからあかりへと贈られていた。言葉の継承は魂の継承……!)
第89話『あこがれは永遠に』
前述のように「楽しむところは楽しみつつも、それはそれとして心が折れかけていた」自分の『アイカツ!』マラソン。そのターニングポイントになったのは、前述の第76話『びっくり☆フレッシュガール』だった。
この回からの新OP『SHINING LINE*』や、2代目主人公・大空あかりがレギュラーとして先行参戦 (?) するという稀有な事態、満を持して動き出す神崎美月……と、このタイミングで『アイカツ!』が大きく盛り上がった理由は無数に考えられるのだけれど、自分にとって大きかったのが「いちご世代が本格的に “導き手の側に立った” 」こと。
いちご世代に概ね共通する特徴として挙げられるのが、彼女たちが「登場した時点である程度完成されている」こと。それぞれ課題にぶつかったり様々な成長を遂げたりはするものの、それが参戦直後のプレミアムドレス獲得回に詰め込まれていたり、かえでのように「そういった出来事を既に済ませている」キャラもいたりと、総じて(いちご編だけで見ると)「物語を通して大きく変化する」キャラクターは少ない印象だ。
自分は、そんなキャラクター造形・人物描写に正直「共感しづらい」と感じてしまっていたのだけれど、その完成ぶりは視点を変えれば「キャラクターとしての強度が高く、強い個性を備えている」ということでもある。つまり何が言いたいかというと、いずれ劣らぬ強烈な個性を持ち、眩しく頼もしい「アイドル強者」= いちご世代のアイドルたちは、驚くほど「先輩映え」するのである。
そして、その先輩映えキャラクター筆頭として挙げられるのが藤堂ユリカ。内気かつ素直な少女でありながら、並々ならぬ努力でアイドル・ユリカ様を作り上げていった彼女は、アイドルとして非常に完成されていつつも、同時に「弱さに寄り添える優しさ」も持ち合わせた存在。そんな「先輩・藤堂ユリカ」の魅力が詰まった第108話『想いはリンゴに込めて』は、あかりGenerationのいちご世代客演回の中でもお気に入りの一編だ。
しかし、ここで取り上げたいのはその少し前、スターライト学園のアイドルではなく、一人の少女を導く「人生の先輩」としてユリカが輝いていた第89話『あこがれは永遠に』。
— 虎賀れんと (@Le_Soya) 2024年12月30日
ファンの少女・持田ちまきから「どうしたらユリカ様みたいに強くなれますか」と尋ねられるも、その質問に答えるタイミングを逃してしまったユリカ。ステージ直前、いちごらの協力を得てようやくちまきと再会できたユリカは、舞台裏へ案内した彼女の前に「素の姿で」登場。アイドル・藤堂ユリカとは全く異なるその姿に、ちまきは困惑を隠せなかった。
「ユリカ……様?」
「そう、これが普段の私。この前の質問に答えるね」
『ユリカ様! どうしたら、私もユリカ様みたいに強くなれますか!?』
「私が強くなれたのは、大好きなロリゴシックのドレスでアイカツしたい!って気持ちがあったから」(中略)
「もしも今とは違う自分になりたいなら、まずは少しだけ自分を変えてみるの。いつもより10分早起きするとか」
「はい」
「勇気を出して、今より大きな声でおはようって言ってみるとか。可愛いお洋服をね、着てみるのもいいかも」
「はい!」
「そしてある日、鏡を見るの。きっと違う自分、憧れていた自分に会えるから。……やってみて?」
「はいっ!」
-「アイカツ!」 第89話『あこがれは永遠に』より
『アイカツ!』を象徴する恒例行事=崖登り。アイドルと崖登りという一見奇天烈な組み合わせには、その実本作の伝えたいメッセージがぎゅっと詰まっている……というのは今更語るまでもないことだけれど、ユリカの教えはそんな崖登りに通ずるもの。
大きな目標を一朝一夕に叶えることはできない。成長とは、小さな努力の積み重ねによって初めて成し遂げられるものだから。しかし、それは転じて「誰にでも可能性がある」ということでもある。
一つ一つは些細なこと。難しいのは、それを「続けていく」努力。一歩一歩は小さくても、何歩も歩けば、いつの間にか知らない景色に辿り着いている……。それこそが「崖登り」に象徴されるアイカツ!イズムであり、ユリカの言葉は、このイズムをちまき=テレビの前の子どもに向けてより噛み砕いたものと言えるかもしれない。
もはや語るのも野暮なくらい胸を打つ(この年齢だと、むしろ背中を思い切り叩かれるような感覚もある)このメッセージは、本作のテーマであるが故に、作中形を変えて何度も描かれてきた。なら、その中でも「ここ」が殊更に響くのは何故なのか。劇伴や演出(特に、台詞の中で「素顔」から「アイドル/今とは違う自分に変わる」演出はあまりにも美しく涙を誘う)、凛々しさの中に優しさが満ちたユリカの声音など、理由はいくつも考えられるけれど、中でも大きいのはやはり「ユリカからちまきへの継承」というシチュエーションだろう。
スターライト学園入学直後、周囲への引け目から塞ぎこんでしまっていたユリカを救ったのが、ブランド・ロリゴシックへの憧れだった。そして今度は、憧れのロリゴシックを纏ったユリカが「自身に憧れる」ちまきを導く。憧れという刹那的な輝きが、受け継がれることで「永遠」になっていくバトンリレーの美しさは、本作で度々描かれる「継承」の中でもとりわけ美しいものの一つに数えられるところ。
(このことをして、本話は『あこがれは永遠に』というサブタイトルを冠しているのだと思う)
そして、このユリカとちまきのやり取りは、継承であると同時に「救済」でもある。檻に閉じ込められたちまきの救済、そして、憧れに向かって孤独に戦っていた「過去のユリカ自身」の救済だ。
夢のために、ファンのために。ユリカのひたむきな想いが、巡り巡って彼女自身への救いとなる……。この暖かく眩しい輪廻こそが、本話を名編たらしめている最大の理由なのかもしれない。
(そんなユリカとちまきの物語が、本話で初解禁される新曲『永遠の灯』に凝縮されているのも涙を誘うポイント。前述の理由から「アイカツ!に乗れない理由」の一つだったユリカを好きになれたことは、自分が本作を楽しめるようになる大きな後押しになってくれた)
第97話『秘密の手紙と見えない星』
「2代目主人公の先行参戦」という意外性で『アイカツ!』に新風を吹き込んだ新レギュラー・大空あかり。周囲に比べて明確に「劣る」存在として描かれ、退学との綱渡りを続けていく彼女の物語は、自分にとってはツウィングスVSダブルエム以上に目が離せない「一大イベント」だった。
しかし、そんなあかりの道行きにはもう一つ「いちごの輝きをワンランク上に引き上げる」という大きな副産物まで備わっていた。
ツウィングスとダブルエムとの決戦が迫る中、スペシャルアピールの特訓に打ち込み続けるあかり。しかし、彼女の特訓は一向に成果が出ず、心身ともに追い込まれていく一方。そんなあかりの助けになろうとするいちごだったが、心が折れかけているあかりを前に「自分はあんなに落ち込んだことがない」と気付き、自分に一体何ができるのかと深く思い悩んでしまう――。
前述の通り、いちご世代はその個性もアイドルとしての輝きも「完成」されており、自分はそれ故に感情移入し辛い……より直截に言えば「人間味が感じられない」と感じてしまい、それが本作に乗り切れない原因になっていた。なので、ここに来て「その “完成” が仇となり、いちごが大いに悩む」という展開には不謹慎ながら内心大喜び。加えて「満を持してあおいからの手紙を開封する」というビッグイベントまであるものだから、それはもう拍手喝采の大横転だった。シナリオが巧すぎる……!
自分は、この「 “自分自身についての悩み” ではなく、あかりのために何ができるのか分からないという “他人のための悩み” からあおいの手紙を開ける」という行動のおかげで、これまでどこか捉えかねていた「星宮いちご」の人物像がようやく分かった気がしたのだけれど、その気持ちを「好感」に変えてくれたのが、同話におけるこのやり取り。
「眩しいね」
「はい」
「雲一つないね、夏真っ盛りの空!」
「……はい」
「でもね、雲はなくても星はある」
「え?」
「昼間だって、眩しい夏だって、星は消えないんだよ」
「青空の、向こうの星……」
「うん、輝きが見えないだけ。あかりちゃんもそうだよ!」
「えっ?」
「例えば、そのテーピングだって、疲れてるその顔だって、私には輝いて見えるよ」
「……!」
「一人で頑張って頑張って、苦しい思いが続いてて、あかりちゃんには自分の光が見えなくなってるだけ。光は消えてないよ、頑張ってるあかりちゃんは、すっごく眩しいもん!」
「あ……」
「どれだけ眩しいか、私がちゃんと見ててあげる!」
(輝きに磨きをかけるのは、あかりちゃんにしかできない。でも、見ててあげることはできるよね)
-「アイカツ!」第97話『秘密の手紙と見えない星』より
生きていると、どうしても良いことよりも悪いことの方が胸に深く刻まれてしまうもの。同じように、どれだけ自分を認められる出来事があっても、どれだけ努力を積み重ねても、どれだけ自信を付けたとしても、失敗や挫折はあっという間にそれらを飲み込み、視界から綺麗さっぱり消し去ってしまう。……あかりに自己投影するだなんておこがましいことこの上ないけれど、そのような出来事に心当たりがあるのは自分だけではないと思う。
しかし、いちごはそれらを「 “見えなくなっている” だけであり “無くなっている” わけじゃない」という。聞く度に、なんて優しく、暖かく、それでいて地に足の付いたエールだろう――と胸がきゅっとなるのだけれど、この台詞が画面を越えて「こちら側」まで照らしてくれることには、台詞の主がいちごであることも大きく関係しているように思う。
曇らず、腐らず、どんな困難も笑顔で乗り越え、深く悩む心 (人の脆さや世界の厳しさ) を知って尚、人や世界を心から信じる眩しさを一切陰らせなかったいちご。そんな彼女を見ていると、自分も人や世界を信じられる気がしてくる。彼女が照らしてくれるから、自分自身を信じたくなってくる。この、まるで太陽のような在り方こそが星宮いちごの「強さ」であり、彼女が (ゲーム『アイカツ!フォトonステージ!!』において)「天からの救済」という二つ名を冠してしまえる理由なのかもしれない。
\アイカツ!ウエハース!始まります!/
— バンダイ キャンディ【公式】 (@candytoy_c) 2019年8月20日
ついに、「アイカツ!シリーズ」のウエハースが登場です☆
ウエハース1枚にブロマイド1枚付き。人気アイドル星宮いちごのブロマイドなどバラエティ豊かなラインナップ!
詳細はこちら☆⇒https://t.co/7szEP01xO4#aikatsu pic.twitter.com/zXbGdnKOh6
第101話『憧れのSHINING LINE』
第89話、第97話、そして他の様々なエピソード (第79話『Yes!ベストパートナー』など) が刺さったことで、急激にこれまでの「合わない」を覆していった『アイカツ!』……だけれど、自分の中の警戒心はあと一歩のところで解けきっておらず、ガバガバなことに定評のある弊涙腺ダムもヒビが入った程度で持ちこたえていた。泣けたかどうかを作品を楽しめた如何の指標にしたくはないけれど、自分自身、これらのエピソードで涙できないことに「 (ネガティブな) 75話の積み重ね」を感じずにはいられなかった。
けれど、せっかく作品を見るならもっと前のめりに、気兼ねなく全力で楽しみたいというのが当然の心理。しぶとく持ちこたえているダムを決壊させる、何かドデカいビッグバンが起きてくれないものか……と、この時期は毎回のように諸手を合わせて祈っていたし、その「ビッグバン」になるんじゃないかと密かに期待しているものがあった。そう、アイカツ!が誇るグレイテストエクストリームスーパー大ヒットナンバーこと『SHINING LINE*』である。
『SHINING LINE*』、これアイカツ!のMUSIC of DREAM!!!じゃん!!!!!!!!!!ド好き!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!#れんとVSアイカツ2年目
— 虎賀れんと (@Le_Soya) 2024年7月24日
なんですかこれは。
『SHINING LINE*』がとんでもない歌、というのはかねがね聞き及んでいたけれど、実際に聴いたそれは「とんでもない」の一言では到底表しきれない、想像を遥ッッッッかに越える代物だった。
「イントロからアウトロに至るまで全てが涙を誘う」アツさと切なさを兼ね備えたメロディライン、大空あかりという2代目主人公の登場もあって (76話という “本領発揮前” 時点でも) 胸にガツンと叩き込まれる歌詞。歌と完璧にシンクロしたOP映像も相まって、自分は初めて聴いたその瞬間に一目惚れ……もとい一聴惚れしてしまったのだけれど、アイカツ!の恐ろしさはOP・EDに漏れなく「本編で披露される」という第ニ形態が用意されていること。ただでさえ規格外なSHINING LINE*が、100話に及ぶ物語の大一番として披露されたら、その時こそが、自分が『アイカツ!』を心の底から好きになれる瞬間なのでは――と、そう期待せずにはいられなかった。しかし、
再結成されたソレイユとダブルエムの一騎討ちが描かれる第87話『ソレイユ☆ライジング!』。次回予告で「これ以上ないSHINING LINE*チャンスだ!!」と大盛り上がりしたものの、実際に披露されたのはダイヤモンドハッピー。いや確かにダイハツも嬉しいし、ソレイユが敗北するならここでSHINING LINE*を使うわけにはいかないよな……と自分を納得させつつ、その4話後の第91話『結成!アイカツ8』でがっくりとうなだれてしまった。
確かに『SHINING LINE*』は無事に劇中で披露された。「アイカツ8の歌」という、言ってしまえばストーリーとは関係ない「イベント曲」として。
たとえ本編で披露されたとしても、それでは前述の「ストーリーや文脈が乗ることで歌の火力が跳ね上がる」効果は望めない=自分の思い描いていた「第二形態」と呼ぶことはできない。1年目の『ヒラリ/ヒトリ/キラリ』で感じた絶望を思い出しながら崩れ落ち、僅かに残った「いやまだワンチャンあるよ」の気持ちも、話数が重ねるにつれ徐々に枯れ果てていった。
どけ!!!俺はアイカツ!いちご編ラスト2話でいちご・あおい・蘭によるSHINING LINE*が披露されない可能性に怯えて先に進めないマンだ!!!!!!
— 虎賀れんと (@Le_Soya) 2024年8月10日
しかし、最後の最後、二年目の最終回に “事” は起こった。
「私は、いちごちゃんに憧れて、いちごちゃんになりたいって思ってた。けど、今は私の輝き方で、アイドルに……トップアイドルになろうって思ってる。ここからが、私の本当のスタート。トップアイドルのスタートラインに、今、私は立ったんだ! ここに来て良かった。スタートラインに立ってみないと、分からないことばっかりだ」
-「アイカツ!」 第101話『憧れのSHINING LINE』より
きたあああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
発狂、号泣、涙腺大決壊。それは確かに「ソレイユによるSHINING LINE*」ではなかったけれど、だからこそこれ以上ない「ビッグバン」だった。
SHINING LINE*はソレイユの歌であり、バトンを繋ぐ継承の詩。それを、この「いちご編最終回」×「あかりGeneration第0話」で他ならぬあかりが歌う。歌を軸にした作品において、こんなにも美しい「主人公交代劇」があるだろうか。ただでさえ「予想外の激アツサプライズ」に弱すぎる自分にとって、それはもう空前絶後の大感謝案件で、顔面を涙でびしょびしょにしながら「アイカツ!ーーーーー!!!!!!!今までごめんよーーーーーーー!!!!!!!!」と内心叫び散らかしていた。
……そんな状態だったので、自分は「せり上がってくる三人」のカットを見事に見逃し、ステージ上に飛び出したソレイユに目をかっ開いて2024年度ダントツトップの大絶叫をキメていた。そ、ソレイユのSHINING LINE* feat.大空あかりだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「ソレイユのSHINING LINE*は見れなかったけれど、それよりももっと素敵なものが観れた」と満足し号泣しているところにコレである。涙が枯れ果てるとはこのことで、ひたすら言葉にならない悲鳴を上げることしかできなかった。
目の前で起こっていることが現実だと受け止め、咀嚼して、それが「いちごを追いかけるだけでなく、自分自身の輝き方でトップアイドルになりたい」という思いを抱いた=独り立ちし、本当のスタートラインに立ったあかりへの祝福のように思えてまた涙が溢れたところで、ステージは終了。場面がいちごたちのパーティーへ移り、ようやく落ち着いて一呼吸……と思いきや、どういうわけか流れ続けるSHINING LINE*。一体何が出てくるっていうのか、喉元にナイフを突き付けられたような心境でいちごたちを眺め「みくるを見送る美月」に鼻をツンとさせていると、カメラはいちごを見つめるあかりにズームイン。瞬間、そこに重なり/しっかりと聴こえる「なりたいだけじゃダメだなって 夢のままじゃ違うなって」の歌詞、オーバーラップする「半年前のあかり」で全てを察した。
目を「逸らせないくらい 綺麗だった」いちごに心奪われる幼いあかり。
いちごに向けて「ありったけの勇気出して 手を伸ば」し、その姿をスターライト学園の制服に変えるあかり。
「ありがとう いつまでも わたしの道しるべ」と重なる「 “あかりの目線の先で” 笑ういちご」……。
いちごたちはまだ高校一年生=この先も出番があり、その上季節は秋。そんな状況で「いちごたちとの別れ」「あかりGenerationへの世代交代」を描くという難題に対し、この作品は『SHINING LINE*』をその答えとしてくれた。……アイカツ8の時に落胆したことを、心の底から詫びたかった。この作品は、むしろSHINING LINE*という歌のことを度が過ぎるくらい信じていたのだ。
それほどまでに歌を信じる『アイカツ!』という作品を、この先最後まで見届けてみたい。自分に心の底からそう思わせてくれた=自分に「アイカツ!が好きだ」と言わせてくれた決定打となったこともあり、この第101話は『アイカツ!』ひいてはアイカツ!シリーズ中でも指折りの大好きなエピソードだ。ありがとう、SHINING LINE*……!!
(これ以来すっかり自分は『SHINING LINE*』が流れると問答無用で泣いてしまう体質と化したので、『アイカツオンパレード!』のサプライズでもそれはそれは大号泣だった。やっぱりねぇ……SHINING LINE*なんですよォ……!!)
『劇場版アイカツ!』
そんなことを言っていた矢先に「今度は “あかりが先輩たちに加わる” SHINING LINE*」が披露されたもんだから開幕早々に情緒が消し飛んだ。ありがとう劇場版アイカツ!良い映画だったぜ……!!(早)
そんな『劇場版アイカツ!』の内容は、まさに「いちご世代の集大成」とでも呼ぶべき実質最終回。大スター宮いちご祭りを成功させようと奮闘するアイドルたちの姿には、1年目~2年目に見られがちだった「キャラを持て余している」ような様子も感じられず、自分はここでようやくいちご世代の賑やかでパワフルなアイカツを心から楽しむことができたように思う。
また、終盤に開幕する「大スター宮いちご祭り」本番は、ステージから劇中劇に至るまで、1年目~2年目のあらゆる要素を詰め込んだ文字通りのフルコース。いちご世代の見方が変わった上でそれらを浴びた結果「この歌 (ハッピィクレッシェンド) こんなに良かったっけ!?」「スワロウテイルってこんなに “強” かったっけ……」などと驚かされることばかりで、1~2年目への印象を一つ一つ丁寧に覆されていくその過程は、自分にとっては走馬灯というよりもむしろ巡礼の旅だった。
……しかし、そのような豪勢なお祭りも、本作においてはある意味「前座」のようなもの。真の問題は、その裏で描かれる美月といちごの物語だろう。
感謝ポイントを挙げればキリがない劇場版アイカツ!の中でも自分が特に喜んでしまったのが、いちごと美月の「人間味」を掘り下げてくれたこと。
美月は「頂点」であることの苦悩や、そこから降りられない恐怖が「新しい時代を目の当たりにするのが怖かった」等の台詞に表れており、一方のいちごは、美月への想い――世界を変えてしまうほどの憧れと、自分を前に進ませてくれる炎と、ほんの少しのエゴをして、かのんに「恋」と称されていた。
美月の「あなたに奪われたいの」も然り、本作の巧さが詰まっているのがこの「恋」という表現。これで美月といちごを一気に「人間」に引き戻している(「堕天」のようにも取れる)のはもちろん、その上でかのんが語る「一人に絶対伝えたい思いの方が、思いの力強さでみんなに伝わる」という言葉は、『アイカツスターズ!』における「アイドル自身が笑顔でなければ、誰かを笑顔にすることはできない」のような『アイカツ!』におけるアイドル哲学……あるいは、アイドルへの「人であれ」という切実な祈りのようにも思えるのだ。
(そして、そんなかのんの言葉を真っ先に体現していた=いちごの「美月という “一人” に絶対伝えたい想い」に動かされたのが、他ならぬいちごに "恋" する大空あかり、というのがまた胸に来る)
「大スター宮いちご祭り」のクライマックスでは、いちごたちやドリアカ組、デザイナー・天羽あすか、そしてあかりの想いが結実することで、なんと美月、いちご、あかりの三人ステージという夢のような画が爆誕。みくるのサプライズ出演や、伝説の「俺が味方になってやるよ」、そしてマスカレード(全ての始まり)があかり(新たな世代)の背中を押すなど、このクライマックスは一つ一つの要素それだけでも涙してしまうものが揃っているのだけれど、そうして高まったボルテージを爆発させたのは、ここで流れ出す「歌」だった。
てっきり『Signalize!』か『アイドル活動!』が来るかと身構えていたので、流れ出す『Let's アイカツ!』に一瞬驚いて――その意味に気付いた瞬間、思わず目を見開いてしまった。というのも、『Let's アイカツ!』はあかりGeneration=美月の言う「いちごの時代」の看板曲。それを美月が歌うのは、則ち彼女が恐れを乗り越え、新しい時代を受け入れられた=彼女が「救われた」証だったからだ。
そんな美月の心境は、大スター宮いちご祭りの幕が下りた直後、彼女自身の口から語られることになる。
「いい歌だったよ、輝きのエチュード」
「あれは恋の歌ですけど」
「うん、受け取ったよ」
「!」
「自分に憧れてアイドルになった後輩が、あんな素敵なステージやれるなんて……勇気貰えちゃうよね」
「……」
「私もいちごを見て、まだ歩いていけるって思えた。続けられる気がしたんだ、アイドル」
「美月さん……!」
「昔、私のところまで上がってきてって言ったことがあるよね。今、いちごは私のいた場所にいる。その場所に居続けるのはとても大変かもしれない。……私はトップアイドルとして、いつでも上を目指した。一位で居続けることによって、みんなを引っ張っていくのが使命だと思ってた。そして気付いたときには、その高みから自分で降りることができなくなっていたわ。でも今、いちごのおかげで “自由だった自分” を思い出した。どんな夢でも描けた自分を」
「……私は、美月さんに夢を貰いました」
「星宮いちご。私から繋がったその夢を、あなたならもっと大きく羽ばたかせることができる。私の胸に、再び光を灯してくれたように」
「……」
「もし気を抜いたら、追い抜くよ」(中略)
「今日はありがとう、みんなのところへ戻ろうか?」
「はい!……あかりちゃん」
「はい!」
「今日はありがとう!これ」
「!」
「あかりちゃんに持っていてほしいんだ。……私の夢、アイドルの夢、繋いでほしい」
「……はい!」
-『劇場版アイカツ!』より
こういうことを言うのは野暮だけれど、自分が「アイカツ!で一番好きなシーン」を挙げろと言われたら、迷いなくここを挙げると思う。けれど、自分はその理由を未だに言語化できていない。この記事を書くにあたって改めて長々と考えたけれど、それでも納得できる答えに辿り着くことはできなかった。
しがらみから解放された美月の姿だとか、美月-いちご-あかりの間で廻る「憧れの輪」だとか、BGMとシンクロした「もらうバトン」だとか、ピース単位で好きな点を挙げることはいくらでもできる。けれどそれら一つ一つだけでは、本作を劇場で浴びた自分が『アイカツ!』どころか、2024年に鑑賞したコンテンツで最も泣かされたシーンになった理由に説明がつかないのだ。
しかし、考えてみればそれも当然のこと。ここまで書いてきた通り、自分は『アイカツ!』1年目と2年目……つまり、いちごと美月の物語にしっかりと向き合えていないのだから。
これだけ胸を打たれる作品に「自分の怠慢が原因で正面から向き合えない」だなんて、そんなに悔しいことはない。いつか『アイカツ!』をもう一度見直し、本作に堂々と向き合えるその日まで、このシーンに対する言語化はお預けにしたい。
以上、アイカツ! “推しシーン10選” の前編、1~2年目 (いちご編) + 劇場版でした。言いたいことはまだまだたくさんあるし、我が事ながら「10選の前後編ってなんだよ」とツッコミたい気持ちは山々なのだけれど、文字数の問題もあるので今回はここまで。後編では、あかりGenerationからピックアップした残りの「5選」を語りつつ、併せて先日開催されたイベント『キラッキラ!』も振り返っていきたい。
では――後編へ続く!(一度言ってみたかった)


