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感想 - 舞台『NEW GENERATION THE LIVE ウルトラマンブレーザー編 ~…未来へ~ 』- “届かなかった手” の行く先が補完する「ブレーザー」のメッセージ

2019年から始まったウルトラシリーズの舞台ブランド『THE LIVE』。そのうちニュージェネレーションシリーズを題材にしたものは『NEW GENERATION THE LIVE』という名前で呼ばれるようになり、中にはテレビ本編の放送後に上演され、各作品の「完結編」ないし「集大成」としての意味合いを持つものも生まれていった。 

そんな流れを汲んで、ウルトラマンブレーザーの実質的な「もう一つの最終回」として送り出されたのが『NEW GENERATION THE LIVE ウルトラマンブレーザー編 ~…未来へ~ 』であり、そのツアーファイナルが先日、2024年6月22日に行われた。自分は諸事情からオンラインでの観劇となったのだけれど、あらゆる予定も都合もかなぐり捨てて現地に向かうべきだったと、第10話のブレーザーよろしく自分を殴り倒したい気持ちで一杯になっている。


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引用: https://x.com/tsuburaya_event/status/1758688052225171779?t=ydQq1Lmavq6l7AnrM2Y9aA&s=19

 

トリガーの『僕らが咲かす花』、デッカーの『彼方へと続く道』同様、本作の魅力と言えばまず挙げられるのがその「集大成感」。 

ブレーザーとゲントが遂に肩を並べて戦ったり、ザンギルとの再共闘が実現したり「ステージをトリガー・デッカー世界側とブレーザー側に区切る」という斬新な手法で、ブレーザーと他世界のウルトラマン、そしてテラフェイザーとアースガロンが満を持して同じ舞台上で共闘したり……。自分はオンライン観劇であるのをいいことに一つ一つの演出で惜しげもなく叫び散らかしてしまったし、とりわけ「これまでのTHE LIVE ブレーザー編で登場してきたマイト、リュウマ、アヤリ各隊員が一堂に介する」という、ブレーザー以前から様々な形でウルトラシリーズの舞台作品を支え続けてきた御三方への恩返し / プレゼントのようなシチュエーションには特別な感動を覚えずにはいられなかった。

 

 

そんな「集大成感」の一方、本作のストーリーは (劇場版がそうであったように)ブレーザーの26話」とでも呼ぶべき堅実で地に足のついたもの。しかし、そのストーリーこそが今回自分に最も刺さった、もといブレーザーの補完」としての肝になる部分だった。

 

宇宙爆弾怪獣ヴァラロンとの死闘から数日後、 SKaRDの面々はローテーションでリフレッシュ休暇を取っていた。その休暇を利用して特機団時代の相棒が眠るお墓へ花を手向けに来ていたゲント隊長の元へ、SKaRDの隊員達が何者かによって誘拐されたとの緊急連絡が入る! 

犯人の要求通り、一人で指定の場所へ赴くゲント隊長。そこで待ち受けていたのは、かつて任務中に命を落としたはずの相棒の姿だった…! 

果たして事件の真相とは…地球の命運をかけた戦いが今始まる。

引用:STORY - NEW GENERATION THE LIVE ウルトラマンブレーザー編 公式ホームページ

 

「ゲントに死別した相棒がいた」というとてつもない背景が明かされた (付け加えられた?) ことに留まらず、その相棒が蘇る……という衝撃的なイントロダクションだが、その真相は「地球人を逆恨みした宇宙人・チャリジャによる擬態」というシンプルなもの。彼が蘇らせたヴァラロンらをブレーザーや別次元の戦士=トリガー、トリガーダーク、カルミラ、デッカーが迎え撃つ、というのが本作後半の大まかなストーリーで、こうして見ると近作では比較的シンプルなシナリオと呼べるかもしれない。 

が、本作における白眉とは、その中で描かれたテーマが『ブレーザー』が描いてきたもの、つまりは「 "コミュニケーション” への問いかけ」を正しく受け継いだものであった点だろう。

 

コミュニケーションに正解はない、という言葉をよく耳にするけれど、それは至極当然のこと。家族であろうと友人であろうと、他人はどこまで行っても他人であり、その思考を読むことはできない。従って、人間には字面通りの「完全な相互理解」は不可能と言えるだろう。しかし、「それでもいいんだ」と、相手のことを「 “分かりきる” 必要はない」と示してくれたのが『ブレーザー』だった。 

一心同体、一蓮托生の関係でありながら、ゲントはブレーザーのことを何も知らないし、ブレーザーもまた、ゲントのことを何も知らない。けれど、ゲントはブレーザーのことを知ろうと歩み寄り続け、ブレーザーもまた、そんなゲントに応えようと、その命を救おうと必死だった。2人は、お互いのことが「分かった」から繋がれたのではない。「分かろうとする」こと=手を伸ばし続ける、その姿勢こそが2人を繋げたものだったのだろう。 

引用:総括感想『ウルトラマンブレーザー』- 新機軸と販促を両立させた「優等生」が問いかける、“コミュニケーション” の在り方とその可能性 - れんとのオタ活アーカイブ

 

相手を “分かる” のではなく “分かろうとする” 」こと。生命体同士に完全な「相互理解」は不可能だけど、そうして手を伸ばすことで通じ合うものもある――と、針の穴に糸を通すような緻密さで「コミュニケーション」という難題を描いてくれたブレーザー。そんな同作のアフターとして、本作は「死別した友」、つまりは「意思が届かない相手に対するコミュニケーション」という衝撃的なカードを切ってみせた。

 

ファースト・ウェイブ

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ゲントの特機団時代の相棒=カミオ ジン。彼はかつての任務で命を落としており、彼を救えなかったことを悔やむゲントは、今尚彼の墓前に通い続けていた。 

そんなゲント=ウルトラマンブレーザーの排除を目論むチャリジャは、彼の弱点を突こうとジンの姿に擬態。ゲントに「お前の幸せが憎い」と精神攻撃を仕掛けるが、かつての相棒を信じるゲントはその言葉を否定する。 

 

「アイツの分まで幸せになると誓った。アイツの分まで、俺が人々を救うと誓った! ……だから、俺がやる。俺が行くんだァーーッ!!」

-『NEW GENERATION THE LIVE ウルトラマンブレーザー編 ~…未来へ~ 』より

 

見えないものを信じるゲントの覚悟や、ファードランアーマーへの変身と共に流れ出す『星と獣』、サビと完璧なシンクロを見せるゲント役・蕨野友也氏の涙ながらの叫び……。こちらも涙なしには見られない素晴らしい一連だったけれど、それでもゲントの「ジンを救えなかった後悔」は消えることがない。ジンは既に亡くなっており、ゲントが彼にいくら語りかけても、彼を信じても、彼を想っても、答えが返ってくることはあり得ないからだ。 

このことは、ブレーザーとの繋がりやV99の一件を通して「コミュニケーションがもたらす希望」を示してくれた『ブレーザー』本編に対するある種のカウンターと取ることができる。完全な相互理解に至らなくとも、相手を知ろうとすることこそがコミュニケーションの本質であり、伸ばした手はきっと希望を掴むことができる。……が、全てのコミュニケーションが輝かしい結果に繋がるとは限らない。コミュニケーションはその失敗=ディスコミュニケーションと表裏一体であり、本作は、そんな「相手に届かないコミュニケーション」の意味を問いかける極めてシビアな物語でもあったのだ。

 

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ブレーザー』本編でも幾度か描かれていたディスコミュニケーション。この文章を読んでいる方には (筆者自身がそうであるように)「コミュニケーションの成功例よりも失敗例の方が多い」という方も少なくないのではないだろうか。 

どれだけ言葉や想いを尽くしても、伸ばした手が相手に届くとは限らない。相手を知ろうと努力しても、それが良い結果を招くとは限らない。そんな「届かない / 届かなかったコミュニケーション」には何の意味もないのだろうか。相手に届かなければ、伸ばした手には何も残らないのだろうか。 

この「コミュニケーションの影」とも呼べる命題に対し、本作では想定外の人物=一時的な復活を遂げたザンギルの口から、その答えが示唆されることになった。

 

「なぜアイツにばかり、力を貸す者が次々と現れる!?」
「彼らの行いが招いた結果よ。これこそが、ゲント殿とブレーザー殿の強さである!」

-『NEW GENERATION THE LIVE ウルトラマンブレーザー編 ~…未来へ~ 』より

 

確かに、ゲントは決して完璧な男ではない。ジンのように救えなかった命もあれば、家族のような身近な存在とすれ違い、傷付けてしまうこともあった。 

けれど、ゲントの周りにはそんな彼を信じてくれるたくさんの仲間たちがいる。それは、どれだけ失敗したとしても、間違えることがあったとしても、ゲントが常に誰かの幸せを想って走り続けてきたから。 

伸ばした手が届かなかったとしても、その在り方を誰かが見ているかもしれない。その積み重ねが血肉となって、別の誰かに届く腕になってくれるかもしれない。そこに誰かの幸せを願う心があるならば、届かなかった想いは決して無駄にならず、まだ見ぬ希望と自分とを繋げる架け橋になってくれる。戦いを終えたゲントに「ジンからの感謝」という奇跡が届けられたように。

 

「みんなも、生きていく上でいろんな後悔があるかもしれない。どうしても辛かったら、立ち止まったらいい。でも、でもね。気持ちが落ち着いたら、変えられない過去に縛られず、変えていける明日を見据えて……一緒に、前に進もう」
「今日僕たちが守った笑顔が、きっとまたどこかで新しい笑顔を咲かせてくれる。……会場のみんな! 今日は一緒に戦ってくれてありがとう! これからも、力を合わせて歩んでいこうね。希望に満ち溢れた――」
「 “人の幸せを喜べる心” を忘れずに、仲間と手を取り合っていけば……必ず辿り着ける。光輝く――」
「「未来へ」」

-『NEW GENERATION THE LIVE ウルトラマンブレーザー編 ~…未来へ~ 』より

 

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本編のアフターとしてテーマの補完を描き、様々な面から「集大成」に相応しいものとなっていた『NEW GENERATION THE LIVE ウルトラマンブレーザー編 ~…未来へ~ 』。こちらは配信サイト「U-NEXT」で2024年7月7日まで見逃し配信が行われている(チケットは3,500円で、7月7日21時まで購入可能ので、ブレーザーの物語やヒルマ ゲントという男に惹かれた方は勿論、一人でも多くの「ブレーザーという作品に触れた方」に触れて頂きたいところ。この機会をお見逃しなく……!  

 

 

して、テレビ本編・劇場版・舞台と走り抜けた『ブレーザー』の一年間を締め括るのが、本公演ラストでのエミ役・搗宮姫奈氏と、ゲント役・蕨野友也氏による挨拶。内容への詳しい言及は避けるけれど、SKaRDというチームの絆や作品愛を深く感じさせてくれるものになっていたし、万感の思いと言う他ないお二人の言葉と涙には、こちらも『ブレーザー』への感謝で胸が一杯になってしまった。 

決して穏やかな道行きではなかった『ウルトラマンブレーザー』の一年間。それ故に、座長・蕨野友也氏へのプレッシャーは凄まじいものがあったのだろうけれど、本公演で幾度も涙を流す蕨野氏と、その涙を拭う仕草まで見せるようになったブレーザーの姿を目の当たりにすると、改めて「この一年を担ってくれたのがブレーザーとゲント隊長で良かった」と思わずにはいられない。 

近年では特異な「他作品との繋がりが断たれている」作品であり、次にいつ彼らに会えるか分からない、という大きな喪失感を残していったブレーザー。けれど、私たちファンとは比にならない寂しさを抱えているであろう蕨野氏が「想像力を解き放て」と繰り返し口にされていたのは、ブレーザーという作品に囚われず、アークに思いを託さなければならないという自身への鼓舞でもあるのだろうし、そんな姿を見せられた以上、私たちも『ブレーザー』には潔く (今後の更なる展開を願って応援は続けつつも、一旦の) 別れを告げなければならない。

 

 

本公演でも最後に現れた新たな光の巨人・ウルトラマンアーク。ブレーザーという作品が教えてくれたことを胸に刻みつつ、来週の直前スペシャル、そして7月6日の放送開始に万全の体制で臨んでいきたい。 

ウルトラマンブレーザー、一年間ありがとうございました。ウルトラマンアーク、これからの一年をよろしくお願いします……!




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