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東山道と『鎌倉街道』 嵐山史跡の博物館

嵐山史跡の博物館で開催中の令和7年度企画展「東山道と『鎌倉街道』」を鑑賞した。本企画展では、近年の発掘調査の成果から、古代官衙、中世武士の館、宿などを取り上げ、道路の役割や、道路からみえる地域の姿について紹介する。今から約1300年前、律令時代に都と国府を結ぶ道路(官道)が整備された。近年、埼玉県内に東山道の道路跡とみられる遺構が発見され、武蔵国府から上野(こうずけ)、下野(しもつけ)に向かって南北に延びていたことが確認されるとともに、郡家や集落を結ぶ古代道路の存在も明らかになった。中世になると、古代に発達した主な幹線道路の多くは「鎌倉街道」に引き継がれた。近世になると、江戸を中心とする新たな幹線道路(街道)が整備され、「鎌倉街道」の多くは「古道」として扱われ、「かつて往来が盛んだった道」という伝承が残った。

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深谷市中宿遺跡、榛沢郡家(はんざわぐうけ)の正倉院跡

幡羅官衙遺跡群(はらかんがいせきぐん)

毛呂山町大類の鎌倉街道
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崇徳寺跡
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延慶の板碑
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坂戸市の馬場遺跡3区
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