嵐山史跡の博物館で開催中の令和7年度企画展「東山道と『鎌倉街道』」を鑑賞した。本企画展では、近年の発掘調査の成果から、古代官衙、中世武士の館、宿などを取り上げ、道路の役割や、道路からみえる地域の姿について紹介する。今から約1300年前、律令時代に都と国府を結ぶ道路(官道)が整備された。近年、埼玉県内に東山道の道路跡とみられる遺構が発見され、武蔵国府から上野(こうずけ)、下野(しもつけ)に向かって南北に延びていたことが確認されるとともに、郡家や集落を結ぶ古代道路の存在も明らかになった。中世になると、古代に発達した主な幹線道路の多くは「鎌倉街道」に引き継がれた。近世になると、江戸を中心とする新たな幹線道路(街道)が整備され、「鎌倉街道」の多くは「古道」として扱われ、「かつて往来が盛んだった道」という伝承が残った。




深谷市中宿遺跡、榛沢郡家(はんざわぐうけ)の正倉院跡
幡羅官衙遺跡群(はらかんがいせきぐん)
毛呂山町大類の鎌倉街道
崇徳寺跡
延慶の板碑
埼玉の空から⑳🚁🍂最終回 😭坂戸市勝呂廃寺
— 埼玉県立さきたま史跡の博物館 (@sakitama_museum) 2025年10月29日
伽藍をもつ寺院としては県内最古と考えられ、創建瓦は鳩山町南比企窯跡群から運ばれました👣台地の高台に建てられたことがよくわかります!
寺院の東側には東山道武蔵道が南北方向に延びていました 今回の撮影で一番の興奮スポットです #史跡 #坂戸 pic.twitter.com/LadqJ4wnZW
坂戸市の馬場遺跡3区