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風返稲荷山古墳 かすみがうら市安食

2026年の古墳初めは、茨城県かすみがうら市の風返(かぜかえし)古墳群と石岡市の井関古墳群。年末に片付けをしていたら、2023年夏にかすみがうら市歴史博物館の企画展で入手した「風返古墳群MAP」が出てきたので訪れた。文献[3]によれば、かすみがうら市の風返古墳群は、前方後円墳、帆立貝式古墳、円墳20、方墳1の合計23基で構成され、石岡市の井関古墳群(12基)と合わせて、一つの墓域として構成されたと考えられる。いばらきデジタルまっぷでは、石岡市の遺跡ID247「井関風返古墳群、円墳10基、1基ほぼ湮滅」と霞ヶ浦町の遺跡ID043「風返古墳群、前方後円墳、帆立貝形古墳1基、方墳1基、円墳19基発掘あり、11基削平」

風返稲荷山古墳(風返1号墳)。全長78.1mの前方後円墳。出土品は国指定重要文化財

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左が後円部、右が前方部
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風返稲荷山古墳 (かぜかえしいなりやまこふん)

風返稲荷山古墳は、霞ヶ浦近くで古墳時代終末期(6世紀末〜7世紀初頭)に築かれた前方後円墳で、有力な地方豪族が埋葬されたとみられている。出土品は国指定重要文化財となり、金や銀で装飾された大刀や馬具など、当時の金属加工の技術と種類を知るための重要な考古資料と評価されている。

かすみがうら市教育委員会

後円部
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くびれ部
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前方部
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後円部から前方部
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後円部
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前方部から後円部
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前方部
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風返15号墳跡?
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風返16〜20号墳跡?
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前方部の墳丘上から風返15〜20号墳跡?
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前方部
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前方部墳頂から後円部
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くびれ部の墳丘上から後円部
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後円部
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後円部墳丘上から前方部
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風返稲荷山古墳の出土品は2023年夏のかすみがうら市歴史博物館の企画展で鑑賞した。

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風返古墳群の概要

風返古墳群は、霞ヶ浦に突き出した出島半島の北西端、高浜入りを北岸に臨む台地上に位置しています。古墳群は、かすみがうら市の安食と宍倉、石岡市の井関にまたがって展開しています。全35基からなり、風返大日山古墳や風返浅間山古墳などのかすみがうら市の指定文化財となっている古墳や、前出土品が国指定重要文化財となった風返稲荷山古墳など、地域を代表する古墳も含まれています。

※本看板では、古墳群全体のことを「風返古墳群」と呼称しています。

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風返稲荷山古墳 風返1号墳 築造時期:6世紀末〜7世紀前半頃

【国指定重要文化財(茨城県風返稲荷山古墳出土品)】

全長78.1m、高さ5〜10mの前方後円墳で、風返古墳群で最大の古墳です。昭和39年に発掘調査が行われました。その結果、古墳のくびれ部(前方部と後円部の間)から箱形石棺が1基、後円部からは2つの部屋からなる横穴式石室(奥の部屋に箱形石棺3基が安置)が見つかっています。

くびれ部の箱形石棺から飾大刀1振(円頭大刀)が、石棺のすぐ近くから馬具が出土しています。横穴式石室の箱形石棺からは飾大刀、耳飾りやガラス玉などの装身具が、横穴式石室の手前側の部屋からは、馬具や銅椀、須恵器などが見つかっています。

風返稲荷山古墳 出土品紹介ページは コチラ

風返稲荷山古墳に葬られたのは、厩戸王(聖徳太子)と同世代を生きていた人物です。出土品の数々は、厩戸王が活躍した時代を色濃く物語る資料として重要なことから、国指定重要文化財となっています

※石室・石棺は埋め戻されているため 見学できません。

文献

  1. 霞ヶ浦町郷土資料館 1997 第19回特別展『霞ヶ浦の首長ー古墳にみる水辺の権力者たちー』図録
  2. 霞ケ浦教育委員会他 2001 『霞ヶ浦町遺跡分布調査報告書霞ケ浦教育委員会
  3. 茨城県考古学協会 2010「茨城の考古学散歩」東冷書房
  4. 石岡市教育委員会文化振興課編 2018 『石岡を掘る : 文化財調査報告会関連展示・発掘調査速報展石岡市教育委員会 : 常陸風土記の丘
  5. かすみがうら市歴史博物館 2023 令和5年度国指定重要文化財記念特別展『 風返稲荷山古墳と上宮王家ー東国の古墳と飛鳥文化ー』図録

文献[3]より
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志士庫村道路元標
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