榛東村に移動して、耳飾り館を見学後に茅野遺跡を訪れた。









国指定史跡 茅野遺跡
現在地 群馬県北群馬郡榛東村大字長岡字神薬師1200番1ほか
指定年月日 平成12年3月7日 文部省告示第25号
解説 茅野遺跡は、群馬県のほぼ中央、榛名山の外輪山のひとつ、相馬山の東南麓にある。平成元年に場整備事業が計画され、榛東村教育委員会が発掘調査を実施したところ、保存状況のよい住居跡や約600点ほどの文様や形態が様々な土製耳飾、200点以上の様々な文様のある岩版などが発見された。
その結果、湧水を利用する施設や方形の竪穴住居、配石墓で構成される縄文時代後期後葉から晩期前葉にかけての大規模な集落跡であることがあきらかとなった。湧水を利用する施設は、集落の中央部にある湧水点に近接して作られ、住居や墓はこれを取り囲むようにして存在する。しかも、古墳時代後期の榛名山の噴火による火山灰が厚く堆積していたため、当時の地形と各遺構が良好に保存されていたことが判明した。
指定理由 本遺跡により、土製耳飾りや岩版など縄文時代後晩期に特徴的な遺物が多数発見され、また、住居と墓、湧水を利用している施設など縄文時代の集落の構成要素の全体像と各遺構の細部構造が明らかになったため、保存を図ろうとするものである。

榛東村耳飾り館


山ふところに抱かれ、群れあそぶ・鳥や動物達を友し、深い緑あふれる水、豊かな自然の恵みのなかで、私達の先住者は厳しい中にも豊かな生活を楽しんでいた。
茅野遺跡はその証として平成の世にその姿を現した。耳飾りは縄文人のあこがれであり、夢であり、祈りであった。今もその一つ一つの紋様の陰に、先住者のロマンは漂う。




2018年に初めて千葉市の加曽利貝塚の発掘調査現地説明会に参加したときに、展示されていた出土品の土製耳飾りが素晴らしくて、地元で製作されたものか尋ねたら、群馬県から持ち込まれたものではないか、との回答だった。後で調べて茅野遺跡と榛東村耳飾り館を知り、訪れたいと思っていた。さぞや素晴らしい耳飾りが展示されているのだろうと思っていたがそうでもなかった。
