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東野台古墳群 横浜市戸塚区上矢部

横浜の山下ふ頭で「砕氷艦しらせ」を見学後に、横浜市戸塚区で古墳巡り。

上矢部塚廻公園に東野台古墳群のモニュメントとそれっぽい高まりがある。横浜市歴史博物館の展示解説シートでは、東野台1号墳が「方墳、一辺18m、中期、木棺直葬、鉄剣・土器」、東野台2号墳が「前方後方墳、全長54m、前期、割竹形木棺、鉄器・玉類・土器」、文献[2],[3]では、東野台2号墳は北西に前方部を向けるが、現地の高まりは方位が合わず、現地のモニュメントの説明板では東野台2号墳は「全体の長さが27mの前方後方墳」で、現地の高まりが27m程度であることを考えると、この高まりは1/2サイズで東野台2号墳を再現したモニュメントか? そうだとすると誤解を招く説明だ。

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東野台古墳群について

東野台古墳群は、昭和49年と昭和58年に発掘調査が行なわれました。この遺跡は、阿久和川と名瀬川とが合流したところから北側の小高い丘の上にありました。

発掘調査によって、3基の古墳と縄文・弥生・古墳時代の竪穴住居跡などが見つかりました。

3基の古墳のあらましは、次のとおりです。

1号墳…一辺が17.5mの方墳です。幅2.5mの周溝がめぐっています。壺や高杯などの土器が見つかりました。

2号墳…全体の長さが27mの前方後方墳で、高さは3.4mです。幅2〜4mの周溝がめぐっています。遺体を納めた穴から鉄剣・勾玉・管玉などの副葬品が発見されました。

3号墳…一辺が11mの方墳です。遺物はまったく発見されませんでした。これらの古墳は、4世紀の後半に作られたもので、3号→2号→1号の順で作られました。

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眼下の横浜新道(E83)
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文献

  1. 高橋一夫 1989「前方後方墳出土土器の研究」『研究紀要6』埼玉県埋蔵文化財調査事業団
  2. 鈴木重信 1998「横浜の古墳」『第5回考古学講座ー神奈川の古墳 -』神奈川県考古学会
  3. 公益財団法人横浜市ふるさと歴史財団埋蔵文化財センター 2014「横浜の前期古墳」『埋文よこはま30』

文献[2]より
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文献[3]より
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