町田市で横穴墓巡りの続き。 次に訪れたのは三輪白坂横穴群。




町田市指定史跡 三輪白坂横穴群 (みわしらさかよこあなぐん)
所在地 町田市三輪町1720-1(第一支群)
指定 1975年10月27日(第一支群のみ)
この遺跡は崖面に横穴を掘り遺体を安置した古墳時代における有力者のお墓です。三輪白坂横穴群は、二群一三基からなります。第一支群は六基からなり、標高50m付近に位置します。1959年に五・六号墓が発掘調査されました。内部には5〜10㎝ぐらいの川原石が敷詰められて、数体の遺骨、刀子や須恵器が発見されました。七世紀に造られたと想定されます。現在見学できるのはこの二基です。第二支群は七基からなり、第一支群の東、標高35m付近に位置します。
この地域は横穴の集中する地域です。近隣には東京都史跡である西谷戸横穴墓群や下三輪玉田谷戸横穴墓群などがあり、見学することができます。
町田市教育委員会 2017年3月設置
三輪白坂横穴群5号墓


三輪白坂横穴群6号墓

三輪白坂横穴群4号墓
三輪白坂横穴群13号墓

鶴見川、子の神橋


椙山神社北遺跡

椙山神社北遺跡 (すぎやまじんじゃきたいせき)
三輪小学校の開校に先だって、1979年(昭和54年)の冬に発掘調査(約4000四㎡)が行われました。この結果、町田市内では珍らしい弥生時代後期の住居址(火災にあっていた)2軒と、土器2個を組み合わせた墓などが発見されました。このうちのY1号住居址からは写真のような小形完形(高さ約15㎝)の弥生式土器(長野県松本地方で作られたもの)が発見されニュースとなりました。
このほか、縄文時代の中期、後期、晩期の土器破片や、古墳時代後期(7世期頃)の住居址が5軒も西側で発掘調査されたため、この付近一帯は、今から4000年以上も前から原始古代の人達が住みつづけていた状況がわかりました。
1992年(平成4年)3月 町田市教育委員会