千葉市内の古墳巡りの続き。
総武線の幕張駅北口から徒歩9分の愛宕山古墳。文献[1]では「墳形:方、横穴式石室、直刀、鉄鏃、耳飾、遺存度:×」





御祭神 火具土命(かぐつちのみこと)、並びに千葉介常胤の神霊
創建 貞永元年(1232年)3月24日
由緒略記
地域の人々に、火防の神、学問の神として信仰され「あたご様」と称される当社は、御神体の石祀に、「愛宕大権現」と標されています。その側面には、建立年月日と当時の地名「下総国千葉郡武石郷」が、刻まれています。
創建日の3月24日は、千葉常胤の命日(建仁元年没)にあたり、三十三回忌に併せ、武石郷須賀原のこの地に、千葉城に向けて、先祖 菩提・当地域安寧の為、武石氏によって、愛宕社が造立されたと伝承しています。
更に、永仁二年、武石氏初代三郎胤盛の嫡流胤晴によって、秩父岩 板碑供養石塔が七基建立されたと伝えています。
第一次国府台合戦に於いて、武石氏が途絶えてからは、地元の有志によって当社は守られてきました。
江戸時代中期、当地周辺が江戸町与力給与地となり開墾された折に、残存していた石塔は、お寺に移され供養されています。
産土鎮座八百年を記念して、去る、平成19年に、武石神社を改築。遡り、平成13年に、猿田神社(庚申様)改築。悠久の、当地最初にして最後の領主であった武石氏に思いを馳せて、平成21年6月、御創建から七七七年目の年を御祭神顕彰のその時として、御社殿を、改築造営し、参道の整備をしました。更に、鳥居が八代工務店により新たに奉納されました。
由緒は、口伝に依る処多く、今後の調査研究に期待を致しますが、御造営を奉祝し、由緒板を作成して参拝者の要に供します。
産土神主 記
文献
- 千葉県教育委員会 1990「千葉県所在古墳詳細分布調査報告書」