全国古墳編年集成(1995年発行、編年:石野博信)の「武蔵」(担当:横川好富)に記載された古墳をまとめた。本書の年代感については後述。
■古墳出現期の前方後方墳(4世紀中ごろから4世紀後半)
鶴見川流域では横浜市の東野台2号墳(58m)、稲荷前16号墳(37m)
小山川流域では児玉郡児玉町鷺山古墳(60m)
入間川流域では大里郡江南町塩古墳群1号墳(37.5m)、2号墳(35m)や東松山市諏訪山29号墳(46m)
比企郡吉見町山の根1号墳(58m)
■前方後円墳(4世紀後半)
■前方後円墳(5世紀)
多摩川左岸の蓬莱山古墳(115m)
多摩川右岸の横浜市観音松古墳(72m)、稲荷前1号墳(46m)
荒川右岸の比企丘陵の東松山市高坂諏訪山古墳(72m)
港区芝公園の芝丸山古墳は古式の墳形を止めているが不明な点が多い。
■大型の円墳(4世紀後半から5世紀前半)
小山川流域の児玉郡児玉町の長坂聖天塚古墳(60m)、川輪聖天塚古墳(40m)、4世紀から5世紀の古式古墳は、五領期の底部穿孔土器を伴出するものが多く、中でも川輪聖天塚古墳のものは胴長の特異な形をしていて、興味深い。
川輪聖天塚古墳の壺形埴輪(本庄早稲田の杜ミュージアムの常設展示資料)
川輪聖天塚古墳の壺形埴輪片と円筒埴輪片(本庄早稲田の杜ミュージアムの企画展「埴輪―本庄とその周辺地域における埴輪の導入から終焉まで―」の展示資料)
■埴輪をもつ古墳
埴輪をもつ武蔵最古の古墳、東松山市の帆立貝形前方後円墳、雷電山古墳(86m)、円形4孔透かしの円筒埴輪
児玉郡児玉町の金鑚神社古墳(円墳、67m)、本庄市の公卿塚古墳(円墳、65m)の円筒埴輪には、格子目叩きのものが含まれ、5世紀前半から中ごろと考えられる。
多摩川流域の世田谷区野毛大塚古墳(帆立貝形前方後円墳、84m)、野焼きの円筒埴輪(5世紀中ごろ)
鶴見川流域では、川崎市西福寺古墳(円墳、35m)、横浜市矢上古墳(円墳、24m)が埴輪をもつ古い古墳とされている。
形象埴輪(人物、馬など)を伴う最古の古墳は、児玉郡児玉町・美里町にある生野山9号墳(円墳、44m)で、窖窯焼成の円筒埴輪が伴出。
生野山9号墳の形象埴輪と円筒埴輪(本庄早稲田の杜ミュージアムの企画展「埴輪―本庄とその周辺地域における埴輪の導入から終焉まで―」の展示資料)

■5世紀後半以降の大型の前方後円墳
5世紀後半以降、大型の前方後円墳は北武蔵に限られる。荒川右岸最大の前方後円墳、東松山市野本将軍塚古墳(5世紀後半の築造か?)。
荒川左岸埼玉地方では、行田市埼玉古墳群の稲荷山古墳(120m、5世紀末)、7世紀はじめにかけて、埼玉古墳群の二子山古墳(138m)、鉄砲山古墳(109m)、将軍山古墳(90m)、行田市の小見真観寺古墳(112m)、真名板高山古墳(90m)、南埼玉郡菖蒲町の天王山塚古墳(107m)
■埼玉古墳群成立期の大型円墳や帆立貝形前方後円墳
埼玉古墳群の丸墓山古墳(円墳、105m、6世紀前半)。
6世紀後半の大型円墳としては、大里郡大里村冑山古墳(90m)、行田市白山古墳(50m)、加須市樋遣川諸塚古墳(40m)。
帆立貝形前方後円墳としては、狛江市亀塚(44m)、東松山市おくま山古墳(45m)、児玉郡美里町諏訪山古墳(39m)、熊谷市鎧塚古墳(44m)、女塚古墳(46m)
■6世紀以降の群集墳
東松山市三千塚古墳群(約250基)、児玉郡美里町塚本山古墳群(約200基)、児玉郡児玉町・美里町生野山古墳群(約100基)、児玉郡児玉町長沖古墳群(約100基)、大里郡川本町鹿島古墳群(約100基)、秩父市飯塚招木古墳群(約130基)、大野原古墳群(約60基)、大里郡花園町黒田古墳群(約30基)、大里郡川本町野原古墳群(約20基)
■複室構造の大きな横穴式石室をもつ円墳(7世紀前半)
行田市八幡山古墳(74m)、川崎市馬絹古墳(33m)、比企郡小川町穴八幡古墳(23m)
■方墳や上円下方古墳(7世紀中ごろ)
方墳は、埼玉古墳群戸場口古墳(40m)、行田市地蔵塚古墳(28m)、比企郡吉見町茶臼山古墳(28m)、上円下方古墳は、川越市南大塚山王塚古墳(40m)、熊谷市宮塚古墳(20m)
全国古墳編年集成
全国古墳編年集成の「武蔵の古墳編年」と、本庄早稲田の杜ミュージアムの企画展「埴輪―本庄とその周辺地域における埴輪の導入から終焉まで―」の「古墳時代の実年代案」を比べると、古墳出現期は50年くらい前倒しになっている。