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苗間神明神社 ふじみ野市苗間

ふじみ野市の苗間(なえま)明神神社を参拝して、煉瓦造りの燈明台(常夜灯)を見学。

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苗間神明神社(なえましんめいじんじゃ)

江戸時代の地誌である『新編武蔵風土記稿』には、この神明神社は苗間村の鎮守であり、東側近くにあった浄禅寺(廃寺)の管轄下にあることが記載されています。

当社も各地に祀られている神明神社同様、伊勢神宮天照大神の神霊を移し祀り祭神としています。しかしながら創建の時期については、それを記す記録が無いため正確な創建時期は不明です。また同じく『新編武蔵風土記稿』に、 苗間村には、神明神社と併せて浄禅寺の管轄の神社として天王社(現八雲神社)、第六天社(現古六天社)、天神社、稲荷社、熊野権現社が村民により祀られて いる、と記されていますが、これらの社はいずれも明治時代以降、神明神社境内に合祀されています。

本殿の背後には樹齡四百年と推定される樹高約二十五メートルの大けやきが、また社殿西脇には明治初期の建造とされる煉瓦造の常夜灯があり、いずれもふじみ野市文化財に指定されています。

「神木家由緒覚」この文書は、神木家が苗間村を開いた証拠となる記録類が火災で焼失したために、あらためて、神木家の来歴を書き連ねたものです。冒頭に、「村内惣鎮守」である神明神社の神事祭礼(3月20日)の時には、まず、神木家の元祖弥勒郎が屋敷内に勧請した第六天で神楽が行われることが古来からのならわしであったと記されています。(神木喜一家文書)

ふじみ野市教育委員会 ふじみ野市文化財審議委員会

燈明台(常夜灯)
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ふじみ野市指定文化財 苗間神明神社の燈明台

高さ6メートル、屋根以外のすべてをレンガで積み上げた燈明台です。基台の上に板張りの塔を建て、頂上の部屋の四方に窓をあけ、中に燈明を設置する江戸時代以来の燈明台を踏襲したものです。明治期、当時の苗間村の村内安全を祈願して、神明神社に奉納されたものです。明治の文明開化後の新しい時代を象識するレンガ積みのものとして風格があり、近隣にも類例をみないものです。

けやき
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ふじみ野市指定文化財天然記念物 苗間神明神社のけやき

所在 ふじみ野市苗間三七一

指定 昭和五十三年四月一日

このけやきは、苗間神明神社の神木で、樹高十七メートル、目通り周囲五メートル、根回り十メートル、枝張り九・五メートル、樹齢は約四百年。市内で最大規模の樹木です。

けやきは、ニレ科の落葉高木。大木となる性質があるため、関東地方では、防風林として人家の周囲によく植えられています。このため、昭和四十五年には埼玉県の木に指定されるほど親しまれている木です。

けやきは、萬葉名を槻(けやき)といい、古くから六槻(いつき・ いわつき)と呼ばれ神聖な樹木とされてきました。

このけやきは近年、車輌交通量が増加している県道大井・志木線の北側にありますが、境内には杉その他の樹木が植栽されているため、排気ガス等の影響は現在のとこころ見られません。また、日照などの条件も良く、育成環境はきわめて良好といえます。

平成十三年十一月 ふじみ野市教育委員会 ふじみ野市文化財保護審議会

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