漆山古墳の周辺の古墳を散策。
佐野村28号古墳、番号1638[現状:x、墳形:圓型、(25尺)]





定家神社



定家(ていか)神社は、鎌倉時代初期に活躍した歌人藤原定家(ふじわらのさだいえ、1162〜1241)を祭神とする。定家は『新古今和歌集』『新勅撰和歌集』の二つの勅撰集の撰者を務めるなど、当時を代表する歌人である。一般に「ていか」と呼ばれることが多い。
定家神社に伝わる社宝のうち以下の四点が高崎市の重要文化財として指定されている。
一、定家大明神緣起一巻
定家大明神の由来を記したもので、筆者は冷泉為茂。奥書に元様七年(1694)の年号がある。為茂は藤原定家の子孫にあたる。
八丁の鳥子紙に在原業平の和歌四七首が書写されており、藤原定家の筆と伝えられている。在原業平(825〜880)は平安初期の歌人。六歌仙の一人で、『伊勢物語」の主人公とされる。
一、宮部義正独詠短冊一巻
宮部義正(みやべよしまさ)により詠まれた和歌が記された短冊三一枚を巻物一巻に装丁してあるもので、各短冊には義正の記名がある。宮部義正は享保一四年(1729)に高崎藩の名家に生まれ、藩の要職を歴任した。歌道を冷泉為村(れいぜいためむら)に学び、三藻と号した。寛政四年(1792)没。なお、女流歌人として有名な万女(まんじょ)は義正の妻である。
一、源武邨奉納和歌一首
源武邨は坂上(井上)武之のことであるという。坂上武之は高崎藩士で、烏涯または柳窩主人と号した。和歌・漢詩にすぐれ、漢詩集に「山野春光」がある。天明四年(1784)に83歳で没した。
所在地 高崎市下佐野町(定家神社)
指定年月日 昭和63年2月17日
平成23年3月25日設置

定家神社の由緒
御鎮座地 高崎市下佐野町清水
定家神社は鎌倉時代に活躍した歌人中納言藤原定家を祭神としています。現社殿は江戸時代中期 元文四年(1739年)に造営されました。
例大祭秋10月19日 春3月28日
佐野村30号古墳、番号1640[現状:○、墳形:圓型、(70尺)]





佐野村32号古墳(下佐野遺跡Ⅰ地区D区9号古墳)、番号50[現状:x、墳形:円、直径約15m、横穴式石室]





文献