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浅間山古墳 (再訪) 高崎市倉賀野町

安楽寺周辺の古墳巡りの続き。

浅間山古墳(綜覧古墳番号倉賀野1)、番号530[現状:○、墳形:前方後円、全長171.5m、埋葬施設:不明(未調査)、国史跡]
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国指定史跡 浅間山古墳(せんげんやまこふん)

浅間山古墳は、烏川左岸の段丘上に位置する四世紀後半から五世紀初頭に築造された前方後円墳です。墳丘は前方部が二段、後円部が三段の築造で、斜面には葺石があります。墳丘周囲には内堀と外堀の二重周堀があります。内堀は馬蹄形で、その外側に葺石を持つ中堤(ちゅうてい)が築かれ、さらにその外側に外堀が廻っていることが確認されています。

同一段丘上には、前方後円墳大鶴巻古墳・小鶴巻古墳、円墳の大山古墳・庚申塚古墳などの古墳及び方形周溝墓が多数築造されており、浅間山古墳周辺地域が古墳出現期から五世紀後半にかけて充実した墓域を形成していたことがわかります。

浅間山古墳は築造時、東日本で最大の前方後円墳でした。現在も太田市に存在する太田天神山古墳(墳丘長210m)に次いで県内第二位の規模を誇り、高崎市内で最大規模のものです。

浅間山古墳の規模

  • 墳丘長 :171.5m
  • 前方部 :長さ66.3m、高さ5.5m
  • 後円部 :長さ105.0m、高さ14.1m
  • 内堀の幅:30.8m(前方部)、31.3m(後円部)
  • 中堤の幅:9〜10m
  • 外堀の幅:56〜65m
  • 全長  :南北332m、東西210m(外堀を含む古墳の全体の規模)

 ※ 令和3年5月現在の調査結果による推定規模

所在地  高崎市倉賀野町三一三他

指定   昭和二年四月八日

追加指定 令和3年3月26日、令和3年10月11日

指定面積 39348.35m²

高崎市教育委員会

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文献

  1. 群馬県教育委員会 2018「群馬県古墳総覧2017(第2版)」

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