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幡山古墳群 常陸太田市幡町

常陸太田市立機初小学校に移設保存された幡山古墳群の横穴式石室を見学。

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幡山古墳群

機初(はたぞめ)小学校のある幡山の台地には大昔から人々が住んでいました。「常陸国風土記」によれば、崇神朝に美濃国からこの地に織物を織る長幡部(ながはたべ)族が移り住んできたことが記されています。

常陸太田市内には県内で二番目に大きい前方後円墳梵天山古墳」をはじめ、数多くの古墳があります。この幡山の台地には前方後円墳一基、円墳十五基、台地の南斜面には横穴群百六十二基が作られて いました。幡山の古墳は今からおよそ千ニ〜四百年前の長幡部一族の身分の高い人のお墓と見らています。石を積み重ねて石室とよばれる部屋を作り、そこに死んだ人を葬り、周囲に土を盛って前方後円墳や円墳の形を作っています。

昭和五十一年の調査では、石室の中から刀や玉など葬られた人が身につけていたものがみつかりました。

ここには発掘した二基の古墳の石室部分を日立木材地所株式会社の協力により復元しました。

平成三年七月

この後、幡バッケ横穴墓群も見学した。

文献

  1. 茨城県考古学協会 2010「茨城の考古学散歩」東冷書房

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