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十五郎穴 (再訪) ひたちなか市中根

文献

  1. 茨城県考古学協会 2010「茨城の考古学散歩」東冷書房

虎塚古墳の横穴式石室の壁画を見学後に史跡に指定された十五郎穴横穴群を散策。7年半前に訪れた時のルートは立ち入り禁止で迂回したら指渋(さしぶ)支群も見学できた。

十五郎穴横穴墓群指渋(さしぶ)支群
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十五郎穴横穴墓群館出(たてだし)支群
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国指定史跡 十五郎穴横穴群

指定日 令和6年2月21日

所在地 茨城県ひたちなか市中根3490-イほか

十五郎穴横穴群は、古墳時代末から平安時代(今から1200〜1400年前)に築かれたお墓です。十五郎穴横穴群のように台地の崖に横から穴を堀り、作られている墓を横穴墓といい、群集していることが多くあります。横穴墓は玄室・羨道・前庭部などから構成されており、古墳の横穴式石室と類似した構造になっています。

十五郎穴横穴群は北から大きく「指渋(さしぶ)」「館出(たてだし)」「笠谷(かさや)」の支群に分かれています。この地域には凝灰岩の露頭がみられ、ここに横穴墓が築かれています。これまでの調査の結果274基の横穴墓が確認されており、 全体では500基を超える横穴墓が築かれていると考えられ、東日本を代表する横穴墓群と考えられます。

これまでの発掘調査により、人骨のほか鉄製の直刀や蕨手刀、帯執り金具の付く刀子、鉄鏃、鉄釘、勾玉や切子玉など玉類、須恵器などが出土しています。出土遺物の一部は「十五郎穴横穴群出土遺物」として県指定文化財に指定されています。

「十五郎」という名称は虎塚古墳の「虎」とともに「曽我物語」の登場人物に由来するものと考えられます。

令和7年 ひたちなか市教育委員会

文献

  1. 公益財団法人 ひたちなか市生活・文化・スポーツ公社 2016 『ひたちなか市生活・文化・スポーツ公社文化財調査報告42:十五郎穴横穴墓群ひたちなか市教育委員会

ツタウルシ(ウルシ注意)
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文献

  1. 茨城県考古学協会 2010「茨城の考古学散歩」東冷書房

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