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大覚寺山古墳 千葉市中央区生実町

千葉市埋蔵文化財調査センターのそばの大覚寺山古墳で墳活。

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大覚寺山古墳

千葉県指定史跡 千葉市生実町

全長約66mのこの前方後円墳は小さな丘陵上に占地する。発掘未調査で内部構造は不詳であるが墳丘形態立地条件等によく古式古墳の様相を残し、西暦5世紀代に築造されたと推定される。

昭和45年史跡として保存された。

昭和49年1月31日建立

千葉県教育委員会 千葉市教育委員会

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大覚寺山古墳

千葉県指定史跡、指定日 1971年3月26日

大覚寺山古墳は、市内最大・最古の前方後円墳です。1969年に宅地造成のために山林を伐採した際に、初めて前方後円墳であることが明らかになりました。後円部の直径が前方部の最大幅よりも大きく、後円部が前方部よりも高いこと、低地を臨む台地上の自然地形を利用して造られていることなどの特徴から、築造年代は4世紀後半の古墳時代前期と推定されています。

これまでに本格的な発掘調査は行われていませんが、2001年に実施したレーダーによる埋蔵物の探査の結果から、後円部に埋葬施設と推定できる施設の存在が確認されました。周辺地域における古墳の分布や、大覚寺山古墳の大きさや形状などの特徴から、この地域を支配していたリーダー格の人物が葬られたと推定されています。壊されることなく、いにしえの姿をよく残し、学術的に高く評価できることなどから、県指定史跡に指定されています。

2023年3月 千葉市教育委員会

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後円部の先に陪塚?
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文献

  1. 房総の古墳を歩く編集委員会 2006『房総の古墳を歩く 改訂版』芝山町立芝山古墳・はにわ博物館友の会

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