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玉村町15号墳石室 玉村町歴史資料館

群馬県玉村町の古墳巡りのラストは玉村町歴史資料館に移設された玉村町15号墳石室。

玉村町15号墳(綜覧古墳番号玉村町15)、番号191[現状:×、墳形:円墳、径約18m、埋葬施設:袖無型横穴式石室]、石室を移築保存
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『上毛古墳綜覧』玉村町第15号墳の移築石室

古墳名     『上毛古墳綜覧』玉村町第15号

古墳原位置   玉村町大字角淵2762

発掘調査年月日 昭和41(1966)年12月19日〜29日

復旧施工期間  昭和42年(1967)年10月8日~16日

調查復元指導  群馬大学教育学部史学第2研究所

玉村町に古墳が出現したのは古墳時代前期で、今から1600年以上昔です。軍配山古墳や三角縁神獣鏡が出土した稲荷山古墳などがその頃に造られたと考えられています。その後も古墳の造営は続き、6世紀(今から約1500年前)になってから、急激にその数を増やしていきました。

昭和10年の県下一斉の古墳調査によれば、玉村町には53基が『上毛古墳綜覧』に記載され、その後、新たに発見された古墳を含めると、現在では約150基を超えると考えられてい ます。

しかしながら、昭和30年以降の土地改良などにより、今ではその姿はほとんど地上から失われてしまいました。

この移築された石室は、農業構造改善にともなう土地基盤整備事業により本来は調査後削平される予定のものを移築したものです。比較的遺存状態が良好で、この地域における後期の石室の特徴を多く残していることから、移築復原をすることとなりました。

石室には、6世紀中頃に噴火した榛名山二ツ岳から産出した軽石(角閃石安山岩)が、用いられ、3面ないし5面を削り交互に積んでいく互目積みを採用しています。また、四隅には1石をL字状に整形し組み込むなど、高度な技術も使われています。

填形    円墳(約径12m)

主体部   無袖型横穴式石室

      玄室長 3.30m、玄室巾 [奥]1.18m  [奥]1.60m [前]1.50m

      羨道長 2.40m、羨道巾 [奥]1.50m  [前](1.20)m

      不明

使用石材  [玄室]角閃石安山岩 [羨道]角閃石安山岩安山岩
出土遺物  [石室]鉄鏃片、刀子片

      [墳丘]円筒埴輪・須恵器片

時期    6世紀後半

平成12(2000)年 玉村町教育委員会

文献

  1. 群馬県教育委員会 2018「群馬県古墳総覧2017(第2版)」

玉村町歴史資料館の常設展示も鑑賞した。

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