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オトカ塚Ⅱ遺跡現地説明会 (1/19) 玉村町下茂木

1月19日に開催された群馬県玉村町のオトカ塚Ⅱ遺跡(おとかづかつーいせき)の現地説明会に参加した。オトカ塚古墳は、6世紀後半に築造された玉村町域最大級の前方後円墳とされ、1884年(明治17年)に地元住民が発掘し環頭大刀・耳環・玉類などの副葬品が出土。オトカは御稲荷の音読み。キツネを意味する。1935年(昭和10年)の調査時は芝根村第2古墳とされていたが、墳丘に稲荷小祠があり、 言い伝えでは、昔、 キツネ(オトカ)が生まれて付近の家畜に被害があり、村民が赤飯を献じて難を逃れたことからオトカ塚と呼ばれるようになったとのこと。1991年(平成3年)の宅地造成に伴う調査で江戸時代の井戸から、国内最大級の馬形埴輪の破片が出土。 オトカ塚古墳の墳丘は削平されていて、くびれ部と後円部は住宅地、前方部は耕作地になっている。これまでの調査で、オトカ塚古墳の墳丘下から4世紀後半から5世紀初頭の住宅跡や方形周溝墓(方墳?)がみつかっている。今回は、オトカ塚古墳の北側の町道103号線の道路拡幅等の事業に伴い発掘調査している。調査の結果、従来、前方部端とされた部分は中堤もしくは外堤となり、推定全長は86.5mから75mに変更となる見込み。前方部北側側面で長さ11mにわたる葺石が確認された。葺石には赤彩された板石が1点含まれ、方形周溝墓もしくは方墳の箱式石棺などの石材が転用された可能性がある。前方部前面の周溝の堤付近に少量の円筒埴輪、後円部北側の周溝からは多くの埴輪片がみつかった。

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オトカ塚古墳は、文献[2]では「番号172、現状:×、墳形:前方後円墳、全長:86.5m、埋葬施設:不明(削平)、綜覧古墳番号芝根村2」また、前方部のオトカ塚遺跡方形周溝墓は「番号34、現状:×、墳形:方形、全長:約21m✖️約18.5m、埋葬施設:不明(未調査)」

文献

  1. 玉村町遺跡調査会他 2003 『玉村町埋蔵文化財発掘調査報告書62:オトカ塚遺跡 :大型馬形埴輪が出土した古墳玉村町教育委員会
  2. 群馬県教育委員会 2018「群馬県古墳総覧2017(第2版)」

 

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