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能満寺古墳 長南町芝原

2024年の古墳納めは、能満寺古墳。

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千葉県指定史跡 能満寺古墳(のうまんじこふん)

昭和50年11月14日 指定

能満寺前にある旧熊野神社跡地内丘上に位置する全長73.5メートルの前方後円墳である。

昭和22年明治大学考古学研究室によって発掘調査された。後方部から、舟型木炭槨(木炭で木棺を被覆するもの)が検出され、銅鏡、銅鏃、鉄製鉇(やりがんな)、ガラス玉等が出土した。

築造年代は、墳丘の形、埋葬方法及び出土遺物から、5世紀初頭のころと推定されている。東日本における発生期の古墳であり、この時期の古墳としては県内最大規模のものである。

平成3年3月 千葉県教育委員会 長南町教育委員会

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能満寺古墳(のうまんじこふん)

【境形】前方後円墳【主軸長さ】73.5m【前方部前端部幅/高さ】 26.5m/4m

【後円部直径/高さ】 47.5m/6.5m【時期】古墳時代前期【埋葬施設】木炭槨(もくたんかく)

房総半島太平洋岸の前期古墳としては最大級の前方後円墳です。築造は4世紀で、北西約1.5kmにある油殿1号墳よりも古いものと考えられます。前方部端部がやや削平されている以外、遺存状態は良好に保たれています。

昭和22年(1947)、明治大学によって後円部墳頂が発掘調査され、ほぼ中央で主軸方向に沿って長さ7.5m、幅2mの木炭槨が検出されています。この木炭槨は底面に舟底状の傾斜が認められることから「舟形木炭槨」と呼ばれています。木棺材は遺存しておらず、使用された木棺の種類は不明です。遺物は鉄刀・鉄剣・銅鏡・ガラス玉・ 鉄製工具類・銅鏃等の副葬品のほか、祭祀に使用されたと思われる土器破片が出土 しています。

平成7年(1995)には財団法人総南文化財センターによる墳丘周縁の確認調査が行われ、周溝に相当する遺構が後円部東縁にしか認められないこと、裾部の一部を除いて盛土によって構築されていることがわかっています。

平成27年3月27日 千葉県教育委員会 長南町教育委員会

文献

  1. 房総の古墳を歩く編集委員会 2006『房総の古墳を歩く 改訂版』芝山町立芝山古墳・はにわ博物館友の会

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